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幼馴染の心配

 家族3人で表に出ると既に唯が門の前で待っていた。

 朝の挨拶をして、合流する。


 唯は、朋夏の晴れ晴れとした表情を見て「あれ?」と小首を傾げたが、

 何も言わずに何も気づかなかったように2人で女の子の世間話を始めた。


 前を行く2人の後ろを追いながら、千秋と隣り合わせに歩く。

 千秋が袖を掴んで来たので、俺は袖から手を離させて、手を握る。

 俺の顔を見上げて、千秋は、にはーと笑った。


 我が家の演技期間ではしっかりした常識人の妹を演じているせいか、

 休憩期間に入ると俺や朋夏にべったりなのだ。

 家に帰れば兄と姉のデレデレっぷり(主に姉だが)を

 ずっと見せられているので、

 愛情表現が固定化されてしまっているのかも知れない。


「千秋ちゃん、ほんとにキャラ学受けるの?」

 まだ受験には早いけれど、この前言っていたことが

 監視カメラの前での建前なのか本音なのかを確認することにした。


「んー。お兄ちゃんもお姉ちゃんもそこだし、なんだか楽しそうだし。

 そうしようかなーって思ってるの」

「そうなんだ。キャラ科と創作科があるけど、どっち?」

「キャラ科かなー。本を読むのは好きだけど、書いたことはないもん」

 そりゃそうか。


 せめて父親と血でも繋がっていれば、

 作家の遺伝子を継いでいる事になるのかも知れない。

 けど、実際は養子なので、

 いきなり書き始めて「覚醒」するなんてのも見込めない。

 まったくの素人がいきなり書き始めて作れるものなのかどうかは

 俺には分からない。


「もし、キャラ科が良いんだったら言ってくれれば手伝うよ。受験」

「ありがと。でも、ちょっと不安もあるんだー。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも簡単に受かっちゃったから、

 落ちちゃったらどうしよう、って」

「千秋ちゃんなら大丈夫だよ。日頃から……」

 千秋から目を話して、前の2人を見る。

 2人は話しこんでいて、こちらの会話は聞いていないようだ。


「……鍛えてる訳だしね。

 それに受験自体もそんなに難しくないから」

「うん……」

 千秋はしょんぼりと俯いてしまった。

 難しくないって言い過ぎるのも良くないのだろうか。


「まぁ受験まで時間もあるしさ。準備だって沢山できるよ」

「入れてもお兄ちゃん、卒業しちゃうんだよね?」

「うん、まぁ。でも、付属の大学行くから隣の校舎にいるよ。

 それに朋夏はまだ3年だろうから、大丈夫だよ」

「千秋もお兄ちゃんと一緒に通いたかったな……」

 言葉がこぼれる。


 千秋とは3歳離れているから、

 中学でも一緒の期間はなかったし高校でもそうだ。

 大学が一緒なら少しくらい被ることがあるけれど、

 その時には俺は就職活動で学生生活所じゃないだろう。

 3年離れていると世代が違う、

 という言葉があるがこういった所から来ているのかも知れない。

 思春期の内に同じ空気を吸って生きていないのは大きい。

 いくら毎日が演技だからって、こんな時の言葉は見当たらない。

 通学路の分かれ道に来て、千秋の背を見送ることしかできなかった。


「ねぇちょっと」

 その後、朋夏と別れた後に唯に声をかけられた。

「ん?」と次の言葉を促してみるが、

 唯は無言でメタ空間である一室に入って行った。

 腕時計で確認すると始業まで、まだ少しだけ時間がある。

 俺も後に続いた。


「どうしたの?」

 後ろ手に扉を閉めて尋ねる。

 自分から誘ったというのに、唯は俯き加減で口を堅く閉じている。

 訝しげに眺めてみるが、態度は変わらない。

「あの、そろそろ行かないと」

 授業が始まる、と言おうとして遮られた。


「朋夏ちゃん、どうしたの? 先週までと全然違うけど」

「え、そうかな。どう違うように見えたの?」

「なんか、すっごく明るくて……」

「うーん、どうだろ。大して変わりはないと思うけど。

 まぁ朋夏も気分屋だからね。そういう事もあるでしょ」

 平坦に答える。

 唯は桐原家の事情を知っている訳じゃない。

 けれど、お隣さんという事で何か察している事はあるだろう。


 元々従兄妹同士だったハズの朋夏がいつの間にか妹だと言われていたり、

 それから突然妹がもう一人増えたり。


 お隣さん同士で、俺たち兄妹が唯の家にお邪魔した事がある。

 けれど、その逆はない。

 毎回断っている。

 もちろん、他の友人たちが桐原の家に入った事もない。

 あのおびただしい量の監視カメラを他人に見られる訳にはいかない。


「休みで何かあったの?」

「ううん、何もないよ」

「ホントに?」

 顔を覗き込むようにして視線を向けてくる。

 俺がいつも身に着けている盗聴器は、今週からしばらくお預けだ。

 喋ってしまっても誰かに怒られることはないけれど、

 でも個人的に話すのは面倒だった。

 話してしまえば、唯は気を使うようになるだろう。


 唯は、既に前からそういう態度が出る事はあるけれど、

 それとは比べものにならなくなる。

 普通に話す事すら叶わなくなるかもしれない。

 こうやって、幼馴染の前でまで上っ面の演技を

 ずっとしなければならなくなるのは面倒が過ぎる。


「本当だよ。

 それに、原因は分からないけど明るくなったんなら良いじゃないか。

 暗いよりずっと」

「それはそうだけど……」

 と言いながら、言葉とは裏腹に唯は納得がいかない表情だ。


「ほら、そろそろ行かないと。授業に間に合わなくなるよ」

 時計を見ると、5分前だ。

 一般教室は隣の隣だから、それほど急ぐ必要はないけれど。

 扉に手をかけて、「ほら、急がないと」と促すと

 唯はメタ空間をくぐって、監視カメラの設置されている廊下に出た。


 カメラの前で、「ふんっ。もう知らないからっ!」

 と大げさに身を翻して俺を置いてすたすたと教室へ歩いていく。


 演技だったのか、そうじゃなかったのか。

 虚構の中でしか語れない真実だってある。

 唯の身振りにどういう意図があったのかは、俺には分からなかった。


「おい、待てって」

 俺は慌てた素振りで唯を追いかける。


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新連載 『転生勇者は魔王の手先!? -チーレム勇者の異世界無双-』 開始しました!

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