監視カメラ
廊下側の浴室の扉の前で一呼吸。
ふぅ……。
身体の力を抜く。頭をぐるりと回して肩をほぐす。
もう一度深く深呼吸。
俺は意を決して、扉を開けた。
家中に張り巡らされた監視カメラが目の前を覆う。
そちらに視線をやらないように気を付けているが、
どこまで成功しているかは分からない。
努めて普通を演じる。いや、仲の良すぎる兄妹家族を演じる。
リビングのソファーに千秋がいた。
リビングにも死角がなく、
監視カメラが俺たち兄妹の一挙手一投足をにらみつける。
妹の隣になるように身体を埋める。
ぐにょり、と歪んだソファーに引き寄せられて、
本を読んでいた千秋が少しだけ俺に寄り掛かる。
ちょっと迷惑そうな顔で俺を見上げて、
体勢を立て直す為に俺の身体を押して、もう一度座り直す。
近づくでも離れるでもない距離。
仲の良い兄妹としての適切な距離。
「また一緒にお風呂入ってたでしょ。キモい」
まるで気にしていない風にして、千秋は言った。
視線は本に固定したままで、続ける。
「一緒にって言っても水着着てるしさ」
「そうじゃないよ。
ふつう、高校にもなったらお風呂なんて一緒に入らないでしょ」
千秋の言葉の裏には、嫉妬とかそういった類のモノは込められていない。
敢えて言うなら軽蔑だけれど、その度合いも薄い。
嫌いな食事を目の前にして「うへー」と顔をしかめている。
そんな感じだ。
「千秋ちゃんも一緒に入る?」
「やだ」
すげなく返された。
俺は風呂場での朋夏との会話のせいで、どうにも演技に入りきれない。
家の監視カメラを見てしまわないように、目を瞑った。
身体全体の火照りが抜けず、頬が熱い。
首の後ろに血がドクドクと流れ込んできて、頭がぼーっとする。
ふーっと長く息をはいて、身体の力を抜いてソファーに埋没させる。
ゴールが見えると、途端に疲れてしまう。
緊張感が切れてしまった。
今回は何か月続けたんだっけ? もう疲れた。
明日でこんな生活ともおさらばだ。
どのくらい休憩期間を貰えるんだろう。長いと良いな。
いっそのこと、こんな事もうやめてしまえばいいのに。
俺たち兄妹のことを監視して何になるっていうんだ。
もう何年続けてると思ってるんだ……。
一体、何のためにこんな事を繰り返しているんだろう?
……朋夏の考えに引っ張られ過ぎだ。
俺は目を瞑ったまま頭を振る。
もうほとほと疲れた。
明日を過ごし切れば、もう当分息の詰まる生活ともおさらばだ。
このままずっと眠って、
起きたら月曜日になってしまえば良いのに。
ぼんやりと考えながら、
俺は意識が掠れていくのを感じて、それに身を委ねた。
***
身体が重い、と思って目を覚ます。
ソファーで寝るなんて不用心をしたせいで、
いつの間にか朋夏が伸し掛かってきていた。
俺にはタオルケットがかけられていて、
俺の膝を使って朋夏が膝枕を堪能している。
隣には千秋がいて、まだ本を読んでいる。
ぼんやりと霞む目で時計をみやるとまだ22時ちょっと手前だ。
「どいて朋夏」
言葉がカタチにならなかったのか、
朋夏は俺の顔を見上げたけれど首を傾げた。
もう一度言うのも億劫だったので、朋夏の頭を手でどかす。
少しの抵抗をされたものの、素直に退いてくれた。
「もう寝よう」
頭に鈍痛を抱えながら、今度ははっきりと言う。
「えー」と朋夏が声をあげるのを無視して、俺は階上へ向かう。
千秋も読んでいる本をカラーボックスに閉まって、
後ろからとてとてついてくる。
「せっかくのお休みなのに」
という朋夏の言葉を聞き流して、
部屋に入って俺は耐えていた睡魔に身を委ねる。
すぐに意識が途絶えてくれた。
土曜日終了。
何の変哲もない。
でも、どこか桐原家の面々がそわそわした様子の日曜日が過ぎ去る。
父親から終了の連絡を受けた時点でほぼ終わりのようなものだし、
少しくらい演技に粗が見えてしまってもいいだろう。
いつもは大体22時に寝ているが、みんな、21時には布団に入ってしまった。




