嫌いな物語
自室から取ってきた台本を千秋に渡すと、目を輝かせた。
文学少女だから、作家先生に憧れを抱いているのかもしれない。
ただA4の用紙をダブルクリップで止めただけなのに。
「あれ? なんか薄いね。
この作品、もっと長かった気がするけど」
「ああ、まだ台本作ってる途中なんだ。
出来た所だけ印刷して、ちょっとずつ演技の練習してんの。
あと、学校の行事の一環だから物語に色々変更を加えてる」
「へーそうなんだ」
ふんふん、とぺぺらぺらとページを手繰っていく千秋。
今回は原作付きだし端から劇用の台本として作っているので、
文章量は少ない。
状況や場所の説明とキャラのセリフ、
演技の基準となるキャラの心情などがメモ程度に書かれているくらいだ。
「結構変わってるんだね。
てか、タイトル変わってない? 『愛妹』が平仮名になってる」
速攻でひとしきり読み終えた千秋が表紙を指差して尋ねてくる。
細い指の先には、「あいまい」と印字されている。
「まだ考えてないけど、その部分をどうにか工夫したいみたいだよ」
「そっかー。そうだよね。この本でやるならねー」
また台本をめくる。
今度はさっきとは違って、丁寧に精読している。
文章を追うスピードが先ほどまでと違って遅い。
やっぱり、千秋はキャラ学だと創作科が似合うだろうか。
でも、兄としては超絶美少女の妹には
キャラクターの華になって欲しい気もする。
別段、身内贔屓ではない。マジで可愛いのだ。
もちろん、朋夏も可愛い。2人とも超愛してる。
けど、2人とも大事な妹だから
その妹を自分の手で汚してしまうなんて有り得ない。
妹が連れてきた彼氏とか婚約者とかを思いっきりぶん殴るのが
俺の密かな夢なのだ。
まじで許さねぇから。
でも、俺は格闘技とか喧嘩の経験がないので、
逆にやられてしまうかもしれない。そしたら、
「こいつは理不尽な目に合うと、すぐ暴力を奮うやつだ! やめておけ!」
とか言って、立場を悪くしてやろうと思う。
けど、いきなり人からぶん殴られるような事があって、
おめおめと引き下がらないで欲しいという気持ちもある。
男らしく、俺をぶん殴ってでも妹さんを貰っていきます。
みたいな気迫が欲しいかも。
矛盾だ。
でも、人間の気持ちってものはいつでも矛盾を抱えている。
なんでも、あっさりばっさりくっきりと分かれている訳じゃない。
だから、朋夏は俺を好きだと言いながら俺の嫌がることをする。
俺を嫌いだと言いながら、今でも俺の袖を掴む。
そして、俺はそれを無視して読書に耽る。
俺は千秋のように小説ばかり読んで過ごしていられないので、
途中で漫画に切り替えたりテレビに切り替えたりする。
その都度、テーブルに座っていたり、ソファーに寝転がったり、
朋夏に勝手に膝枕されたりする。
何とか忍耐力を発揮しながら『愛妹ガールフレンド』を読み切り、
それから結太の台本にも目を通した。
ふむ。
やっぱり、俺はこの作品があまり好きになれない。
全然ピンと来ないのだ。
正直、ダジャレみたいなタイトル名だけ考えて、
それから中身を書いていったとしか思えない。
でも、帯には『圧倒的リアリティで送る』とか書いてある。
リアリティというよりは、
主人公の考えが無駄にだらだら書いてあるだけのようにも思える。
リアリティとリアルがまったく別物である事くらいは知っている。
けれど、この作品にはどちらもないんじゃないか、と思うのだ。
平穏で退屈な1日が過ぎていく。
そんな日常を朋夏が壊した。
「お兄ちゃん、今日は一緒にお風呂入るから」
「は?」