父からの電話
それは嘘だ。
世の中は目まぐるしく変わる。
流石にそれは大げさな物言いだけれど、
少なくとも桐原家の日常が、がらりと変わる予兆が起きた。
電話が鳴ったのだ。
相手は父親だった。
「誰からの電話―?」
すかさず千秋が聞いてくる。気のないような言い方だった。
「お父さん」
「なんだって?」
「元気でやってるか、ってさ」
「ほかには?」
「それだけ」
「そう」
会話が途切れる。
千秋は気のないようなフリをしながら、
失望みたいなのを隠しきれなかったようだ。
少しだけ口を尖らせている。
そんな千秋の葛藤とは、また別だけれど朋夏も最近機嫌が悪い。
それを「どうしてだろう?」と
ばっさりと切り捨てられる程には俺は鈍感ではない。
フラグ回収イベント、
とでも言うべきイベントの選択肢に俺は失敗したのだ。
もちろん、
フラグとかイベントとか選択肢とか言ったものは現実には存在しない。
そこにあるのは、人間の想いだ。
選択肢なんていう無味乾燥なものじゃない。
相手の求めるコミュニケーションを取れば
(安直な選択をするなら俺が謝れば)、元の鞘に収まるだろう。
ついでに言えば選択肢を間違えたからと言って、
ある地点までロードする(戻る)ことはできない。
一度言葉を発したら、それを完全に基に戻すことなんてできない。
父親から電話が来ることは、凄く珍しい。
これはコミュニケーションイベントになりうる、
と思って朋夏に声をかける。
「朋夏、父さんから電話あったよ。
元気でやってるか? って」
「そう」
超そっけなかった。
千秋と違って、朋夏は父親にまるで何も期待していない。
千秋に比べれば、俺や朋夏は父親との交流が長いからだろう。
長かった、というのが正確だけれど。
たまーに電話一本寄越すくらいのものなのだ。
父親から電話が来るだけで喜べる程、もう子供でも無垢でもなかった。
風呂に入ってご飯を食べて寝る。
結太が作った演劇の練習をしている内に平日はばーっと過ぎてしまう。
土曜日が来た。休日は苦手だ。
学校に行かなければならない、という用がないから、
自発的にならないとどんどんだらけ切ってしまう。
もっと言えば、この所まったくうまくいっていない
朋夏と四六時中過ごすというのは、俺をげんなりした気分にさせる。
でも、俺は間違っていない。そして、朋夏は間違っている。
もう高校生にもなったのだから、
そろそろ新しい一歩を踏み出さなきゃいけない時期なのだ。
うちの部活は文科系だから、ってのは関係ないと思うけれど、
休日に部活で集まるようなことはない。
長期休暇だと文芸合宿とか言って集まって
ただ騒ぐだけの旅行をしたりもする。
けれど、ただの週末にイベントを執り行うほど金銭的余裕はない。
やる事もないから、家からすら出ない。
大抵、本を読むか漫画を読むかアニメを見るか映画を見るか。
選択肢はそれくらいだ。
俺ら兄妹は大抵の活動をリビングで行う。
別にそう決められている訳ではないけれど、
それぞれ部屋の中に閉じこもっていたら、
一生出てこないんじゃないかという暗さを内に秘めているからだ。
今日の俺は小説を嗜む事にした。
『愛妹ガールフレンド』をペラペラとめくる。
俺は勉強熱心なのだ。
「おにい、またそれ読んでるね。そんなに気に入ったの?」
千秋が聞いてくる。
「そうじゃないけど、これ学校の今度の劇でやるんだよね。その練習」
「キャラ学って、そんな事もやるんだ」
「っていうか、こんな事しかやらないよ。
千秋ちゃんも去年来てくれたじゃん、文化祭。
あれの出し物の練習なんだ」
「あーあったね。おにい結構面白かった。
でも、まだまだ先じゃないの?」
「文化祭はまだまだ先だけど、準備とかに時間かかるからね」
「文化祭ってお休みの日にやるんだよね?
千秋、今年も見に行こうかな」
「是非来てよ。俺も朋夏も喜ぶよ。
創作科の友達が舞台用の台本を鋭意製作中で、
まだ、どうなるかまだ分からないけどね」
「へー凄いね。台本とかって今見れる?」
ん、と答えて俺は席を立つ。
申し訳程度に俺の袖を掴んでいた朋夏の手を
「ちょっと、ごめん」と謝って、離してもらう。




