ダメダシ
「おつかれさまでしたー」
みんなが想い想いに今の演技についてああだこうだと話を始める。
見ていたギャラリーも参加して、
先ほどの劇中の喧しさとはまた違った喧騒が聞こえ始める。
「どうでした? 監督」
俺は結太に話かける。
周りには人が集っていない。
輪に参加せずに一人物思いにふけっていたようだ。
自分の思索から戻ってくる時間をたっぷりおいて、結太は話し始める。
「原作があるからかな。するするとは出てくるんだ。
自分でもびっくりする程、スムーズに物語を紡いでいけてる。
でも、なんか違和感がある」
「それは演技が? それとも台本が?」
「台本だよ、もちろん。春人たちの演技は一級品だ。
『今のは違うな』って思っても、
ちょっと口を出せばすぐに反映してくれる。
問題なのは台本の方だよ」
「何がそんなに不満なんだ?
するする書けるのは迷いが無い証、とか言ってなかったっけ?」
「そうなんだけどさ。でも、なんか違和感がある訳。
原作が好きな作家だから、気にし過ぎてるのかもしれないけど」
そう言って、台に置かれていたハードカーバーの本を取った。
『愛妹ガールフレンド』という大きなタイトルのすぐ横に
『桐原冬人』と作者名が印字されている。
本から目を上げると、結太は遠くを見る目になっていた。
視線は本に注がれているが、見ているのは本の表紙だけじゃなく、
その中身なのだろう。
本を読んだ時に見えた光景や感じた考えを反芻しているのかもしれない。
そんなに良いモノかね、と思った。
演技をするのに必要だし、つい先日最初から精読した。
1年の課題図書で読まされた時と同じように、
その本はすぐ読み終わってしまった。
別に大した作品だとも思えなかった。
テンポはよかったとは思ったけれど、
それは早く読めるというだけの意味で、後に残るものは何もない。
俺にとっては。
わざわざ原作に選んだくらいだから、
結太には違った風に映ったのかも知れない。
創作科の彼とキャラ科の俺。
同じ本でも見る視点などがまるっきり違ってしまっているのだろう。
作品に対しての質問を続けよう、と思っていると、
演じていた役者の軍団が近寄ってきた。
「ちょっと、仲里くん。
いくらなんでもこの扱いは酷いんじゃない?」
台本をばしばしと叩きながら八代が吠える。
「なんで、私んとこだけ役名が『ビッチ』って書いてあんのよ。
おかしいでしょ。
それに、役回りだって嫌な所を全部押し付けられてるんですけど!
どうなってんの、有り得ないよ。馬鹿にしてる!」
それだけ捲し立てて、八代は結太を睨み付けた。
興奮しまくっている八代をしり目に結太は冷静そのもので応じる。
「馬鹿にしてる訳じゃないよ。単なる役柄だ。
物語のキャラクターは過剰であった方がいいんだよ。
そうじゃないと他のキャラとかぶって誰が誰だか
認識して貰えなくなるからね。だから、これでいいんだ」
ただ、と結太は続ける。
「役名に『ビッチ』って書いたのはふざけ過ぎた。
ごめん。
いつもそう呼ばれてるから抵抗ないのかと思って……」
「んな訳ないでしょ!」
「まぁまぁ、香苗ちゃん落ち着いて。
役割の酷さって言ったらボクも相当だしさ。
喧嘩を止めようとして、
馬鹿にされて泣いているパターンしかないんじゃないかな、ボク」
「それだって、早乙女ちゃんいじめてるのって、ほとんど私じゃない。
嫌な所ばっかり押し付けられてるよ、うわーん」
まじで「うわーん」とか口で言って、八代は薫の胸に寄り掛かる。
よしよし、と薫が胸にうずまった頭を撫でる。
八代は泣き真似が殺人的にうまいので、
わざとだと分かるように「うわーん」とか言ったのかもしれない。
その様を見て、割と良い所の役どころを与えれている朋夏や唯は、
口を噤んでしまう。
紅音先輩は例によって、一団を見渡してニヤニヤしているだけだ。
部長なのに、役に立った試しがない。
紅音先輩の言葉を借りれば、「見守ることも年配者の仕事の内」
とかなんとか言ってたけれど、そんなの方便だと思う。
たった1歳しか違わないのに〝年配者〟面されても困るというものだ。
それに、年上を敬えという考え方を否定するつもりはないけれど、
敬えるような年上になって欲しい。