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沈黙。繋いだてのひら

 唯と別れて、家に帰る。

 いつものように、風呂に入って夕飯を食べて、後片付けを済ませる。


 朋夏が風呂から出てきたタイミングで、

「ちょっと」と声をかけて2人で2階へあがる。

 千秋にも聞こるのははばかれたので、俺の自室で話すことにした。


 朋夏を椅子に座らせて、俺はベッドに座る。


「えっ? えっ? えっ?」

 風呂上りで少し色っぽい朋夏は、不安と期待が

 ない交ぜになったような感じで俺の部屋をきょろきょろと眺める。

 両手は胸の前で組んで口元を隠すように押し当てている。


「あのさ」

 テンパっている朋夏に声をかけると、

「は、はい!」と朋夏は背筋をぴんと伸ばした。


 超敏感系である所の俺は、朋夏が何を考えているのかを大体分かった。

 だから、誤解をすぐに解くことにする。


「部活での話なんだ」

 途端、朋夏は脱力して頬を膨らませる。

 眉根が吊り上り、表情には怒気をはらませる。

 相槌もうってくれず、次は何を口にするつもりなんだとばかりに、

 俺の方を目線で睨み付けてくる。

 愛しのお兄様を前にして反抗的なやつだ。


「もうちょっと、みんなと仲良くしようよ。冷静になってさ」

 具体的には、八代と接する態度をもう少し軟化して欲しいのだけれど、

 ここでやつの名前なんか出したら暴れ出しそうなので言葉を包む。


「やだ」


「やだ、じゃなくてさ。

 同じグループのみんなとくらいは、仲良くしよう?」

「やだやだやだ」

 朋夏は首を左右に強く振る。

 大人びた感じに見えていた幻想が一気に霧散する。

 朋夏は俺の妹で年下で、1歳という現実の年齢差以上に幼い。


「朋夏、ちゃんと聞いて」

 朋夏に近づき、頭の上に手を置いて少し押さえつける。

 朋夏は「うー」とか言って口を尖らせて、上目づかいに俺を睨む。


「お兄ちゃんとしては、朋夏と部活のみんなが仲良くして欲しいんだ。

 喧嘩ばっかりされてると困るよ」

「部活なんて嫌い! 部活なんて辞めようよ? ね?」

「朋夏が辞めたいなら止めないよ。でも俺は続ける」

「なんで? それじゃ意味ないじゃん。そんなの駄目だよ」


「朋夏のことは朋夏が決めな。

 けど、お兄ちゃんのことはお兄ちゃんが決めるの。

 朋夏が決めることじゃない」

 朋夏の表情が歪む。

 その表情は睨み付けているのか、泣き出しそうなのか判断はつかない。


「なんで、そんな事言うの? 朋夏のことが嫌いになっちゃったの?」

「そうじゃないよ。そういう事を言ってるんじゃないの。

 ただ部活のみんなと仲良くして欲しいって言ってるだけ。

 すぐ喧嘩腰になるのをやめて欲しいだけだよ」


 朋夏は押し黙って、じっと俺を見ている。

 悪い癖だ。

 気に入らないことがあると、すぐ黙る。


 沈黙して何かを考えているのなら良いけれど、

 朋夏の場合はそうじゃない。

 自分の都合を通そうと場の雰囲気を悪くしているだけ。

 俺は兄としてその事をよーく分かっている。


 でも、それを理解しているからと言って、

 最良の選択肢や行動を起こせるかどうかは別問題だ。

 台本がなければ俺なんて人並みの考え方しか持っていない。

 物語の主人公のように気の利いたセリフも言えないし、

 先行きは見えず、いつだって不安定だ。


 だから、俺は向けられた視線の居心地の悪さと、

 自分自身の弱さに負けて言ってしまう。


「俺たちは兄妹だ。

 何を心配してるのか分からないけど、それだけは一生変わらないだろ?」

 朋夏の視線は緩まない。

 それどころか、もっと鋭さを増す。


「血なんて繋がってないじゃない」

「だからこそ、だよ。

 俺はお前を見るたびに、朋夏は俺の妹なんだって再認識する。

 そこいらの兄妹みたいな、ただ妹ってだけじゃないんだ。

 そんな『曖昧』なものじゃない」


 朋夏が俺の事を兄だと思ったり、庇護してくれる異性だと思ったりと、

 俺と言う人間の立ち位置を揺らがしてみているように。

 俺は何度も「妹」である朋夏を認識している。


「朋夏の気持ち、……分かってるくせに! なんでそんなこと言うの?」

「俺は朋夏じゃなくて違う人間だからだよ。

 お前がどう思おうが関係ない。

 俺がどう考えてるかは俺が決める。お前とは関係ないんだ。

 そろそろ、分からなきゃ駄目だ」


 また朋夏は押し黙る。

 黙るのは、今言った俺の言葉に反論できないからだ。

 だから黙って次の言葉を待ち、噛みつける部分がないかを探っていく。

 だけど、俺はそれには乗っかってやらない。

 言うべきことはもう言ったからだ。


 もっと色々と言葉を重ねたい気持ちがある。

 けれど、それは言い訳みたいなものだ。

 言うべきことは言ったのだから、

 余計に言葉を重ねて大事な言葉の純度を下げるのはよくない。

 でも、今ここで何もせずに、この場を出ていくには朋夏が可哀想過ぎた。


 俺は朋夏の手をとって、

 椅子から立たせて手を繋いだまま階下へと降りる。

 手を繋いでいる行為自体が言葉の裏にあるメッセージとして伝わればいい。


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新連載 『転生勇者は魔王の手先!? -チーレム勇者の異世界無双-』 開始しました!

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