女らしさ
「正ヒロインじゃないとしたら、……どんな役をやりたい?」
「そうだなー、
春人くんと結ばれないなら、引っ掻き回す役をやりたいかな。
それから、ちょっとくらいはボクに胸きゅんしてほしいかも。
春人くん、普段冷たいし」
俺の方を見てくすりと小馬鹿にしたように笑う薫。
ちょっと癪に障る。
言いたいことはあったが、作品には関係がないので口を噤んでおく。
「最初は男として出てきて、次に会った時に女として出てくるのとかは?
どうかな、男キャラとして出るのは抵抗ある?」
「え、ないですよ、ぜんぜん。
ボクは男の娘キャラとして出られるなら、なんでもいいです。
それに男から女に切り替わるのって醍醐味の一つだとも思いますし」
この前、『男役をできるのか?』と聞かれた時は、
薫は怒りを露わにしていた。
あの感情は、演技だったのだろうか。
評価対象にならないメタ空間だから、
たった今、本心を言っているのかもしれない。
あるいは、メタ空間だからこそ嘘をついているのか?
薫表情からは読み取れない。
返答を聞いて、結太は思索の中に入ってしまう。
顎に手をあてて、ソファーに身体を沈めて考え込む。
「やっぱギャップ性って良いよね。
『お、あいつちょっと綺麗な顔だな』って思ってた男の子が、
次に女の子の恰好して出てくるの。
そいで、主人公の子は、その男の娘がすっごくタイプで
どぎまぎしちゃうんだよ! 胸きゅんだよね、胸きゅん」
「こいつは男なんだ、惚れちゃ駄目だ! みたいな?」
「そうそう、それ。
そうやって悩んでる所とか見ると、すっごくきゅんとするなー。
春人くんはどう? そういうのある?」
「それはオマエに対してってこと? ないよ、そんなの。
第一、俺お前の男っぽい恰好見たいことないし」
「そっか、じゃぁ今見て」
薫は頭につけていたウィッグを外した。
セミロングくらいだった髪の毛がショートになり、
結っていたピッグテールがなくなる。
「髪型で結構印象変わるもんだな。
けど、服装がそれじゃショートの女の子にしか見えない」
上は女子学生用のセーラー服だし、下はスカートだ。
スポーティな少女といった感じに見える。
「うーん、タイを外してもそんなに印象変わらないよね。
この下は何にもつけてないから脱げないし……」
言いながら薫は首元をちらりと広げて、制服の中を覗き込んだ。
隙間から、黄色いものが見えた。
「お、おい。お前ブラジャーなんてつけてんのかよ!」
「あ、当たり前じゃない。見ないでよー、春人くんのエッチ」
「いや、そういう問題じゃなくて。
……もしかして、下も女物だったりするの?」
すらりと伸びた足に目をやる。
短いスカートに遮られて、下着は見えない。
「当たり前じゃん。
あのね、スカートがはだけちゃった時とか、
下に男物履いてたら変でしょ」
そりゃそうだ、と納得しかけるものの……
しかし、改めて言われると異様にしか思えない。
男の娘という存在自体が異質だという事を今更ながら思い出す。
普段からそれを感じさせないのは、や
はり薫のキャラクター造詣が深いからだろうか。
正直、その辺りの女の子よりもよっぽど女の子らしいのだ。
それは行動の所作であったり、
それから料理が上手とか、そういったスキルであったり。
「もー、見ないでよーエッチー」
俺の視線を勘違いしたのか、薫は頬を赤らめながら
スカートの端を堅く握って視線から守るように腕で隠した。
その恥ずかしがる姿もさまになっている。
「オマエってなんか、女より女らしいというか。
その女らしさへの熱意みたいなのはどっから来るの」
「え? 最高の褒め言葉だよ!」
「いや、ほめてねーんだけど」
「そうなの? 意識せずに女の子を喜ばせるなんて、
春人くんは根っからのハーレム体質なんだね」
「いや、どうでもいいけど。質問に答えろよ」
「ぶっきらぼうなのも、母性本能くすぐられちゃうなー」
「母性なんてねーだろ…………」
「簡単に言うと、俺がオトコノコだからだよ。
もちろん、娘の方のね。
どこまで行っても本物には敵わないの。
だから、もっともっと磨かないと。
せめて好きな人に、女の子として扱ってもらえるくらいにはね」
「それで、そんなに女らしいのか」
「それで、そんなに女らしいんだよ。えへへ」
無邪気に笑う姿を見ると、なんだかむず痒い想いが湧き上がってくる。
いやいや、気のせいだ。気の迷いだ。俺はヘテロだ。
「オマエが急に笑うと、さいっこうに気色悪いのな」
「なにそれひどいよー。
春人くんはもっとボクに優しくしてくれてもいいと思う」
「無理だよ。俺は女性専門なんで」
「ダウト。
よーく考えて自分で答えを出したわけでもないのに、
そういったレッテルを自分に張るのは可能性をせばめちゃうんだぞ!
ボクだって、本当の自分は男なんだろうかって悩んだ末のこれだからね」
立ち上がって、制服を掲げて見せるようにその場でふわりと一回転した。
スカートが目の前で翻る。
「オマエが言うと、すげー説得力あるのな……」
よく考えて自分で答えを出したわけでもないのに、
レッテルを貼るのはよくない。
確かにその通りだ。
ふと目をやると、ソファーに身を埋めていた結太がこちらを見ていた。
「なにかインスピレーションを刺激するやりとりはあった?」
「なんとなくだけど、ぼんやりと見えそうな感じがする。
ありがとう」
「えへへー、すっごく可愛いキャラにしてね」
取り外したウィッグを丁寧に戻しながら薫が言う。
持っているポーチから取り出した卓上鏡で、
真剣に髪の毛の微調整を行っている。
飛び跳ねている髪の毛を撫でつけ終えた薫は、
どうだと言わんばかりに、にっこりとほほ笑んだ。
「どう? 可愛くなった?」
「ああ、そうね」
と投げやりに答えると、薫はいっそう目じりを下げて相好を崩した。