愛妹ガールフレンド
リビングのテーブルに座って千秋は本を読む。
俺は教科書を読む気がしなかったので、
部屋の隅においてあるカラーボックスから本を取りだした。
そこには千秋が近い内に読む本、読んだ本が押し込まれている。
手に取った本は、『愛妹ガールフレンド』。
タイトルだけで、どんな内容の本なのか察しがつく。
カラーボックスの2段目にあったから、
これは千秋にとって、最近の読了済みの本なのだろう。
俺もこの本は読んだことがある。
というより、キャラ学の人間で読んだことがない人間はいない。
キャラ学のOBの作品の中で知名度が高いので、
1年の時に課題図書として読まされるからだ。
作者は桐原冬人。
読書が好きな人と話をすると、
「自分の名前と作者名が似てると運命的なものを感じる」と言う人がいる。
でも、俺にはその気持ちはよく分からなかった。
桐原春人。
確かに似ている。
けれど、親近感も湧かないし、ましてや運命的な感覚など皆無だ。
朋夏が風呂から出てくるまでのわずかな時間で、
俺はその本を1/3ほど読み終えた。
日頃から本を読む習慣がない俺にとっては驚くべきスピードだ。
きっと、本の内容が薄すぎたせいだろう。
あるいは俺たちの今の状況に酷似し過ぎていたせいかもしれない。
未だに上機嫌な朋夏が風呂から出てきて髪を乾かして、
家族の団らん的なものが始まる前に俺は席を立った。
「ちょっと眠い」
とだけ言って、椅子をテーブルの下に戻すと、2人の妹も同様にした。
階段を連れ立って歩いていき、各々が自分の部屋に入っていく。
俺が部屋に入る直前で、朋夏が「あっ」と声を出した。
まだ充電をしていないからだろう。
俺は振り向きもせずに、後ろ手にドアを閉めた。
電気もつけずにそのまま布団に潜り込む。
眠いなんて嘘で、頭はさえていた。
いやそれも嘘だ、頭の中はぼんやりと曇っている。
玄関で、俺の唇に触れたのは朋夏の親指だけだっただろうか。
思い出せなかった。
頭の中で、
俺と朋夏がまるで抱き合うかのように寄り添っている映像が見える。
なぜか俯瞰した形の映像で、ななめ上から自分を含めた2人の映像だ。
ドラマのワンシーンのような。
朋夏の親指が俺の唇に触れている。
それがはっきりと見える。
けれど、その後の情景を思い出そうとすると、
その映像はノイズが混じったように掻き消えてしまう。
コンコン、と耳元で壁を叩く音がした。
隣の部屋から壁を叩かれている。
朋夏の部屋は、壁を隔てて寄り添うように、ベッドが設置されている。
小気味良い音を立てながら、壁が不規則的に鳴る。
あまりにも長く続くので、モールス信号かな? と思った。
でも、俺にはそんな事は分かる訳もない。
その音が止むと静寂が訪れた、のだと思う。
コンコンという音が頭の中で響いたけれど、
俺にはそれが現実の音なのか、
頭の中でだけ鳴り響く音なのか判別がつかなくなってしまった。
目を開けているのか閉じているのかさえも分からない。
分からないことなら沢山ある。
俺の現実、俺の思考、俺の空想、俺の物語。
頭の中が全部ぐちゃぐちゃになって、気づくと俺は眠りに落ちていた。
落ちていたんだと思う。
本当の所は、もちろん分からない。