愛妹弁当
座学や演技実習をやっている内に、時間が過ぎて昼の休み時間が来た。
昼は食堂のスペースを借りて、唯や創作科の結太、
それから妹の朋夏とそれに引っ付いてくる薫で一緒に食べている。
食堂の入口で唯と結太と別れて、席を探す。
既に朋夏と薫がフロアにいたようで、俺を見かけると手を振ってきた。
俺と朋夏と薫は弁当で、俺の分は朋夏が作ってくれている。
薫は自分で作っているらしい。
どちらも手製なのに見栄えも味も抜群で、結婚したいくらいの腕前だ。
「お兄ちゃん、手はちゃんと綺麗にしないと駄目だよ」
朋夏がアルコールティッシュで僕の手と手首辺りを拭く。
左腕は特に念入りに。今朝、唯が触れた部分だ。
昼食を買いに行った唯と結太が合流してから各々自分の食事を始める。
「はい、春人くん。ボクのも食べてね」
薫がおかずの幾つかを俺の弁当箱に入れてくる。
ついで、結太のごはんの上にも同じように自分のおかずを載せた。
俺たちはお礼を言う。
「ありがたいけどさ。オマエはそれでいいのかよ」
「いいの、いいの。ボク小食だし。
食べてもらいたいから余計に作ってるだけだもん。
こんなに食べたらスタイル崩れちゃうからね」
薫が何かする分には、朋夏もああだこうだと言い出さない。
前に唯が気まぐれで弁当を作ってきた時があった。
俺に「食べてみなさい」とおかずを寄越したら、
烈火のごとく朋夏が怒ったのだ。
曰く、
「お兄ちゃんは私の料理をおいしく食べないといけないから、
他の人の料理を食べるなんて許さない」とかなんとか。
正直、助けられている面もある。
朋夏がまだ中学校にいる去年に1度だけ唯の弁当を
(無理やり)食べさせられたことがあるが、非常にまずいのだ。
卵焼きをまずく作れるなんてある意味で才能だな、
というのが俺の感想だった。
「おいしい?」
聞いてくる薫に素直に感想を述べる。正直、うますぎる。
あまり贔屓をし過ぎると、
朋夏が癇癪を起すので朋夏へのフォローも忘れず、感謝を口にする。
「薫ちゃん、なんでそんなに料理が上手なの?」
唯が羨望の目で薫を見る。
「だって、愛情がたくさん詰まってるからね」
「料理は愛情じゃない。正確さだ」俺はすかさず言う。
「えー、ボクはすっごく愛情込めてるよー」
「愛情とかそんな曖昧なモノは付加価値だ。調味料だ。
愛情だけじゃ駄目なんだ、そこの所は分かってほしい。
料理の基本はそこじゃないだろ、な?」
「そんなの全然ロマンチックじゃないよー」
「料理はロマンじゃなくて、化学なんだ」
既に料理が上手な人が「料理は愛情だ」と言うのは構わない。
けれど、まずい人間がそんな事を言い出すのは駄目だ。
愛情があるというのなら、
まともに食べられるものを作ってから言って欲しい。
愛情込めて作ったんだから、お前も愛情込めて美味しいと言え、
なんていうのは間違ってる。絶対に。
つーか、味見くらいしろマジで。
薫はまだ納得がいかない顔だ。それまで黙っていた朋夏が喋る。
「好きな人に美味しいモノを食べて欲しい。
ってたくさん練習したのが愛情なんでしょ? 別に間違ってないよ」
「あ、そうそう。
ボク、将来の旦那様の為にすっごく練習したんだよ。料理の。
だから、その分たくさん愛情が詰まってるの!」
いや、重要なのは愛情じゃない。と条件反射的に否定しようとして、
けど、俺の言いたいことを違う言い回しで言っているだけだと気付く。
「ああ、うん。そういう事なら納得する」
「早乙女の料理すげーうまいもんな。良い嫁さんになるよ」
「もうやだー結太くんったら。
明日から結太くんの分のお弁当も作ってきちゃおっかなー。
あっ、でも、そしたら春人くんが嫉妬でもだえ苦しんじゃうよね……」
「嫉妬なんてしねーよ。朋夏が作ってくれるし」
「愛情いっぱいつまってるもんねー」
寄りかかってこようとする朋夏を押し返す。
「あたしも練習しないと駄目だね……」
「そうそう。料理は地道な努力が実を結ぶんだよ。
だから、少しずつ頑張れ」
「なによ、偉そうに!
あんただって朋夏ちゃんに作ってもらってるだけじゃない!」
「いや、俺も料理作れるし」
朋夏以外の人間が驚きの声をあげる。
あれ?
結太には創作の参考として話していたような気がするけれど、
勘違いだったのだろうか。
「そんなに驚くことないだろ。
俺だって朋夏や薫ほどじゃないけど、普通に料理作れるよ」
もう一度繰り返すと、全員が朋夏の方を見た。
まだ疑っているらしい。
けれど、朋夏が「うん、お兄ちゃんのお料理もおいしいよ」
というと、みんなは頭をひねり始める。
「じゃ、じゃぁ今度作ってきてみなさいよ」
「嘘じゃないっての。それに弁当は朋夏が作りたがるから無理だよ」
「お兄ちゃんは、私の作ったお弁当食べないと駄目」
すかさず朋夏は言う。
まだみんな半信半疑だが、別に信じてもらう必要もないし、
みんなに披露する機会もないだろう。
朋夏が疲れている時に代わりに俺が料理をするという程度だ。
朋夏や薫ほど上手な訳でもないし。