異常な学校と生徒
しばらく歩いた後、学校の門の前で唯が立ち止まる。
俺と朋夏もその隣に並んだ。
門の向こうを見渡すと、
校内には監視カメラがたくさん設置されているのが分かる。
創作科棟に近づくに連れて、カメラはなくなっていくけれど、
キャラ科棟の方は逆に多くなっていく。
常に見られていることを意識するため、
常にキャラクターであることを自覚する為だ。
「この学校、やっぱりやり過ぎじゃない? 頭おかしいよ」
唯が校内の監視カメラを指差しながら、ため息を吐いて言った。
「まぁまぁ」俺は言いながら唯を宥める。
「学校での演劇を評価するのにも使ってるし。
あのカメラの映像を見て、スカウトする人もいるみたいだし。
仕方ないんじゃないかな」
「でも、だからってやり過ぎよ」
「否定はしないけどね」
今度は3人でため息をつく。
「じゃぁ、行きますか」
唯は深呼吸をした後、校門をくぐる。
俺たちも後に続く。
「早くついてきなさいよ! 本当に、どんくさいわねっ!」
唯が俺の左腕を掴んで引っ張る。
右腕に抱きついていた朋夏が反抗を始める。
「お兄ちゃんに触らないでくださいよ! なんのつもりなんですか」
と言い争う2人をなだめつつ、
突っ込んだ恋愛の話題に曝されそうになったら
「え? 今、なんて言ったの?」とか惚けつつ、教室へと向かう。
「お兄ちゃんに手を出したら、絶対許さないから!」
別れ際、殺意すら視線に込めて朋夏が唯を睨み付ける。
真剣過ぎる目線に俺も唯もぎょっとする。
「当たり前でしょ、こんなやつ。ただの幼馴染なんだから」
唯は気丈に反論した。
朋夏と別れた後、俺と唯はホームルームを行う為の一般教室へ向かう。
一般教室では、専攻も異なる雑多な生徒が各教室に割り振られていて、
普通の学校生活のようにキャラクターに関する大枠を学ぶ。
俺と唯は同じ一般教室の所属で2-Aだ。
大体の教科はここで習って、
自分で選択した専攻科目などは特別教室で習う仕組みになっている。
教室に入ってクラスメイトに挨拶を済ます。
席に着くとななめ後ろ席のビッチちゃんこと
八代香苗が声をかけてくる。
ボブな髪型を茶に染めていて、ちょっと不良っぽいけど、そこがよい。
ラノベ研の同じグループだが、よくサボる。
「おはよう、桐原くん。今日も彼女同伴なんだね。うらやましいなぁ」
俺と、隣の席に座った唯を交互に見ながら揶揄するように言う。
「おは……「そ、そんなんじゃないわよ!」
挨拶をかき消されたので、もう一度「おはよう」と言い直して、
机にカバンをかけてから八代に向き直る。
八代はニヤニヤと楽しそうに笑っている。
「相変わらず唯ちゃんは素直じゃないね。
なんでもない男女が一緒に登校してくる訳ないじゃない」
「そ、それは……」
「唯とは家が隣同士だし、幼馴染だからね。
それに、1年の妹と仲がいいから一緒に3人で登校してるんだ」
ちょっと説明的かなと思って、
教室の隅のカメラの方に視線を向けてしまった。
あまりよくない行為だ。セリフも、視線も。
カメラの前では、学生を自然に演じなければならない。
そうよそうなのよ、と唯が早口で同意するのを聞いて、
意識をカメラからクラスメイトに戻す。
「ふーん、幼馴染ねぇ。
ってことは、桐原くんって本当に今フリーなの?」
「うん。誰とも付き合ってないよ」
八代の笑みがさらに深くなる。
けれど、瞳はまるで獲物を狙う猫のように鋭い視線だ。
「じゃー、私、彼女候補に立候補しちゃおうかなー」
唖然とする唯を目の端に捉えながら、俺はおかしそうに笑う。
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ。彼氏に悪いからね」
「え? 前の彼ならもう別れたよ。一昨日に。だから私も今フリーなの」
「え、そうなんだ。ごめん、知らなかったから……」
悲しい事を思い出させてしまって申し訳ないと表情で訴え、
身体の前で「ごめん」と手を合わせる。
それを見て、八代は乾いた笑みを見せた。
「いーの、いーの。でも、そうだね。
傷心ちゅーだから、桐原くんに慰めてほしいかも」
「ごめん。知らなかったとはいえ、本当に無神経だった……。
何か協力できることがあれば、言ってもらえれば手伝うよ」
「へ?」獲物を狙う猫は、一瞬できょとんとした顔になった。
「付き合ってくるの? 私と」
「俺にできる範囲だけど、何か協力するよ」
「ちょっと、なに馬鹿な事を言ってるのよ!」と唯が俺の肩を掴んでくる、
「いやいやいや、彼氏になってくれんの? ってこと」
俺は八代に悲しい視線を向ける。
「何言ってんだよ、八代さん。彼氏と別れてショックなのは分かる。
けど、それを手近な人間で埋めるなんてダメだよ。
絶対後で後悔するから」
八代は眉根を寄せて疑問符でも浮かべるように頭をひねる。
「えっと、つまり……どういうこと?」
「もし前の彼氏とヨリを戻したいとかなら応援するし、
新しい出会いを探したいなら手伝うよ」
「それがつまり、桐原くんってことにはならないの? 新しい出会い」
目をぱちくりさせる八代。
「気持ちは嬉しいけど、でも、そんなのダメだよ。
もっと真剣に考えなきゃ。ね? そうだろ?」
力強く言う。
八代は混乱したような表情のまま、唯の方に視線を移す。
唯も同じような表情を浮かべて、二人で視線を合わせた。
どういうこと? わからない。
そんな言葉が聞こえてきそうだった。
二人で頭をひねって、目で会話している。
「こりゃ、唯ちゃんが苦労する訳だね」
ため息をつきながら八代は机の上に上半身を投げ出す。
「うんうん」なんて言いながら、
心底同意しますとばかりに身体の前で腕を組んで唯は頷く。
「もしかして、知らないうちに唯も傷つけてた?
ごめん、気づかなかったよ。もし、俺にできることが何か……」
唯に口をふさがれた。その上、俺を睨みつけてくる。
「重症だね、これは。思ったより大変そうだ」
そんな八代の言葉を聞きながら、
俺は唯がいきなり怒り出した理由を考える。
演技をする。




