女の子に囲まれて登校
学校へ行く支度をして階下のリビングへ行くと、
2人の妹は既にテーブルについていた。
「おはよう、千秋ちゃん」「おはよう、おにぃ」
「お兄ちゃん、結構早かったね」
とニヤけ顔でからかう朋夏を無視して、席に着く。
千秋が怪訝な顔を俺に向けてくる。
大げさに反応しても怪しいのでなんでもない表情を維持して、
トーストにバターをぬりぬりした。
トーストの熱で溶けていくバターのように
慎みやかに暮らしていくのが俺の夢だ。
食事と歯磨きを済ませて先に玄関で待っている妹たちに合流する。
朋夏が例の如く後ろから抱きついてくる。
充電中ってやつだろう。
千秋がこちらに目を向けて「おねぇ、キモい」
と言いながら口を尖らせて、なぜか俺の方をジト目で睨んでくる。
ははーん、と俺は閃いた。
学校では鈍感系主人公なんてものを専攻しているけれど、
実は超敏感系である所の俺はすぐに察しがついた。
手のひらを伸ばして、千秋の頭に手を載せる。
そして、優しく撫でてあげる。
千秋は視線だけを動かして頭を優しく撫で上げる俺の手のひらを見て、
徐々に表情を和らげていく。……はずだった。
俺の脳内シミュレーションではそうなった。
けれど、現実の千秋は面倒くさそうに制服のポケットに
つっこんでいた手を取り出して、俺の手を払った。
「キモいからやめて」そして、無慈悲な一言。
あ、あれ……。
千秋はこんな子じゃなかったはずなのに。
どこでボタンを掛け違えたのだろう。
反抗期? 反抗期なの? 問いかけようにも、
千秋はぷいっと擬音が出そうなくらいこぎみよく顔をそむけてしまった。
フィクションの世界ならいず知らず、
現実的にはこれはリアルに拒絶を表しているのだろう。
超敏感系の俺にはそれが分かる。分かってしまう……。
不機嫌な末っ子と、ご機嫌な長女、呆然な長男。
朋夏のやつが充電とやらを終えるまで、
俺はこの気まずい空間を耐え忍んだ。
3人で外に出ると、お隣さんの唯が門の前で待っていた。
朋夏に視線をやると、一瞬眉根を寄せて唯を睨み付けた後、
「おはようございます」と大声をあげて、唯に駆け寄った。
俺と千秋はその後についていく。
唯に挨拶を済ませて、通学路を歩き始める。
千秋は中学校だけれど途中まで一緒だ。
朝は騒がしくなくていい。
帰路と違って喧しい演技の練習に巻き込まれてなくて済むからだ。
2人の女子高生と女子中学生(と言っても、その内2人は妹だが)に
囲まれて優雅なものだなと自分で思う。
けれど、物語とは違って現実はあたふたと女の子を
とっかえひっかえする訳にはいかない。
そもそも妹に手を出すなんて有り得ないし、
お隣さんと一緒に登校することもそれほど珍しいことでもない。
小学校の頃にやっていた、集団登校の延長線だ。
別段、深い意味もない。
ハーレムなんて、そうそう有りはしないのだ。
キャラ学では、(創作を前提とした上での)より
リアルな関係性や演技が求められる。
だから、幼馴染の唯とは一緒に演劇をすることが多いし、
彼氏彼女を演じる事が多い。
演技の中の関係性をそれが終わった後で引きずる人も驚くほど多い。
朋夏にしたって、リアル妹だからという理由で
この数か月よく一緒に恋愛劇をやった。
実妹になり、義妹になり、恋人になり、
関係性が深化して様々な結末を辿る。誰かと奪い合うこともある。
血が通じているから、いないから。
色々な場合分けの中で他のヒロインと対立する。
演技にのめり込めば込むほど、実際の感情と区別がつかなくなる。
つまり、俺の今の状況はそういう事だ。
そこに付け入るなんて卑怯な真似を、俺はできない。
隣にいる千秋に目を向ける。
もし千秋がキャラ学に入学することになっても、
俺は入れ替わりにキャラ学を卒業する。
演劇で俺の妹役を押し付けられることもないだろう。
もちろん、他の役に付き、のめり込み、
演技と感情の堺が分からなくなってしまう事もあるかもしれない。
その時は、俺が外側から出来る限りのアドバイスをしよう。
兄として、あるいは父親代わりとして。
俺の視線に気づいたのか、千秋が見上げてこちらを見返す。
ふっと息を吐いて肩の力を抜き、千秋の頭に手のひらを載せて撫でる。
人前だからだろうか、先ほどのようにバシっと振り払うことはなく、
静かに俺の手首を掴んで離させた。
俺はそのまま千秋の手を引き寄せて、手を繋ぐ。
千秋はため息をつき、好きにしろとでも言うようにまっすぐ向き直った。
通学路の分かれ道に来てしまった。
俺は繋いでいた手を離して、
「気を付けてね」と声をかけて千秋が去っていくのを見守る。
他の2人も同様に声をかけて、千秋の背を見る。
角を曲がって見えなくなってしまった所で、歩みを再開させる。
「なんかちょっと可哀想だね」唯が呟いた。
俺もちょうどそう思っていたが、
頷いてしまうのも千秋に失礼かなと思って聞き流す。
「でも、家に帰ったらずーっと一緒だからね。ね、お兄ちゃん?」
朋夏がふざけた調子で俺にカタチだけの笑みを向ける。
「どうかな」と俺は肩をすくめた。
「そう考えると、3人とも一緒に住んでるんだよね。
兄妹だから当たり前だけど。でも、それじゃあたしが可哀想じゃない」
「お兄ちゃんは朋夏のモノだから!」
おどけた調子で俺の腕を取って抱きつく。
「か、勝手にすればいいじゃないっ!」
唯は歩調を速くしてずんずんと突き進んだ。
「お、おい、待ってくれよ」
腕にぶら下がった朋夏を引きずるようにして、俺は唯を追いかけた。