髪は女の命なの
食器の片付けは俺の仕事だ。
身の回りの世話は何でも朋夏がやりたがるけれど、
一人に家事を集中させる訳にもいかないので分担を守らせている。
朋夏は長風呂に入っていて、
千秋はリビングでテーブルに座って本を読んでいる。
テレビは既に消えているので、
俺の食器を洗う音だけがカチャカチャと響く。
寝ている時間を除けば、朋夏が風呂に入っている間だけが
うちでも唯一静かな、というか安寧とした時間だ。
洗い物が終わったので、千秋の対面に座って俺も読書を始める。
読書と言っても、学校の教科書に載っている課題図書を
読んでいるだけだけれど。
やがて、長い時間をかけて身体を清めてきた朋夏がテーブルに
ついて俺の椅子にひっついてくる。
髪をタオルでくるんで、その上からドライヤーを当てている。
ゴーッという音が五月蠅いけれど、
いつもの事なので俺も千秋も既に慣れっこになってしまった。
特に音を気にせずに文章を読み進めた。
「朋夏のドライヤー、えらく長いのな」
男の俺からすると信じられないくらい長い時間のドライヤーを
かけ終わった後で朋夏に声をかけた。
「長い髪を綺麗に保つのって難しいんだよ? ほら、触って触って」
促されるままに髪の毛に触れてみると、
サラサラとしてすごくさわり心地がよい。
乾かしたばかりだからなのか、瑞々しさがある。
「確かに」と目をつむって気持ちよさそうにしている朋夏に告げる。
朋夏は得意そうな顔をして「でしょ! よかったぁ」と嬉しげだ。
千秋が本から顔をあげて、ちょうどこちらを向いていたので、
失敬して千秋の髪の毛も触ってみる。
もみあげの辺りだ。
すーっと流れるような肌触りがして、こちらも中々良いものだった。
朋夏と違って、俺のことを不審な目で見てくるので
ちょっと心が痛むのが玉に傷だけれど。
千秋は女の命である髪の毛を触られているというのに、
すぐに興味を無くして読書の方を再開し始める。
相手にされずにスルーされて、お兄ちゃんはちょっとショックだ。
「ねぇ、朋夏の髪もちゃんと触って!」
俺の手を取って、髪の毛をさするように上下に動かしてくる。
絹のような肌触りだ。
いや、触り比べたら、絹よりもこちらの方が心地よいかもしれない。
朋夏は腰くらいの高さまで髪の毛が伸びているが、
毛先も乱れておらずピンと下に伸びている。
「どうかな? ロングの方が好きなんだよね?」
自信満々に問うてくる朋夏に「うん」と素直に答えた。
「お手入れが大変なんだー」とよく言っていたので
「ショートの方が好きになったかも」と言ってみたことが昔ある。
そうしたら、その場で鋏を入れようとしたので焦って止めた。
まさか、自分で断ち切ろうとするなんて思ってもみなかったのだ。
「後で美容院に行くつもりだけど、
早くお兄ちゃんの好みになりたかったから」と言っていた。
「伸ばす方が大変なんだから、ちゃんと好みを言って!」
と、その時は物凄い勢いで怒られた。
正直、髪の長い朋夏しか思い出せないので、
どっちが似合うのかは分からない。
けれど、怒られた通り伸ばす方が大変なのだろうし、
俺の好みでその長年の苦労を途切れされる訳にもいかないので
ロングが好みということにしている。
まぁ、どちらにせよ朋夏には今の髪型が似合っているので、
同じことなのかもしれない。