ヤンデレ覚醒
「ねぇ、お兄ちゃん。
今日、部室で唯さんに触られてたのどっち?」
「左」俺は短く答える。
一旦、俺の腕から離れるとスクールカバンから取り出した
アルコールティッシュで俺の左腕をごしごしとこする。
それが終わると、また俺の右腕を身体全体でしがみつくように絡め捕る。
非常に歩きづらいが注意しても聞かないのでさせたいようにさせる。
「薫が右腕触ってたけど、こっちはいいの?」
ふと、気になったので聞いてみる。
「あの子は男だから別にいいよ。でも、もっと朋夏の事も構ってね。
お兄ちゃんが部活辞めたくないって言うから、
せっかく朋夏も同じ部に入ったのに、全然構ってくれないんだもん。
今日は抱きついてくれたから嬉しかったけど!」
「分かった、気を付けるよ」
「ねぇねぇお兄ちゃん。今日は何食べたい?
お兄ちゃんの好きなモノ、なんでも作ってあげるよ?
何か食べたいものあるかな」
歩きながら「なんでもいいよ」とだけ答えて、リビングへ。
思った通り、次女の千秋がテーブルにいた。
中学校の教科書を広げて、宿題をしている。
既にお風呂に入ったのだろう、所々に英字の柄が入ったパジャマ姿だ。
長い髪の毛を後ろで結って、ポニーテイルにしている。
「ただいま、千秋ちゃん」
教科書に目を落としていた千秋が顔をあげて、
朋夏が抱き着いている俺を見て冷めた目を投げかけてきた。
「おかえり。またひっついてんの?
兄妹なのにキモいよ、2人とも」
「千秋は黙ってて。いいのよ、お兄ちゃんが嫌がってないんだから。
ねー?」
それには答えず、千秋の前の席に座る。
朋夏はキッチンへと向かった。
掛け時計を見ると既に18:30過ぎだった。
「千秋ちゃん、今日は学校どうだった? 楽しかった?」
「楽しかったよ、いつも通り」
「何か変わった事はあったかな?」
「特にないよ。……前から思ってたけど、おにぃって親みたいだよね」
「そう思ってくれてもいいよ。
何か俺にできることがあったら、なんでも言ってね」
うん、と頷いて千秋は詰まらなそうに目の前の宿題に戻っていく。
父親代わりになれたらいいな、と頭の片隅で思った。
もちろん、そんな事は高校生で人生経験の薄っぺらい
俺には到底不可能な話だろうけど。
黙々と宿題をしている千秋を眺める。
その視線が嫌だったのだろう、千秋は「もうお風呂湧いてるよ」と、
俺に入浴を促してくる。
見ていたい気もするけれど、気が散って邪魔になるのだろう。
俺は言外の言葉に従うことにした。
風呂から出る頃には既に朋夏によって作られた夕飯が完成間近だった。
「もうちょっと待っててね」と、眉根を下げてすまなそうにする朋夏に
「急がなくても大丈夫だよ」と笑いかける。
朋夏もそれにつられてか、嬉しそうに笑った。
千秋は既に宿題を終えたらしく、テレビを見ている。
テレビ番組をよそにテーブルから見える朋夏の背を眺める。
リビングから見えるキッチンでは、
朋夏が忙しなく料理をこしらえている。
3人分。
俺と朋夏と千秋。
兄妹分の料理を朋夏は一人でせっせと調理していく。
何か手伝いたい所ではあるが、申し出ても
「お兄ちゃんは食べてくれればいいの」とかなんとか言って、
毎回いろいろ言われて追い払われる。
俺がキッチンに立った分だけ夕飯の時間が遅くなってしまうのである。




