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9.結果と

 試験官は三十日にも渡って恵とルトロが逃げおおせるとは微塵も考えていなかった。捜索隊は待機中の二等哨戒兵と退役した人材の訓練も兼ねて行われた。現役の体力あふれる二等哨戒兵と、様々な経験を積んだ退役兵らが捜索したのだ、必ず見つかるはずと考えていた。


 一週間経って見つからず。試験官は中々やるものだと口を歪めた。二週間でその表情は焦りに変わり、三週間目には遭難したか領域外に出て行ったのではと心配になってきた。


 ルトロ一等哨戒兵候補に魔導発信機を持たせ位置は把握していたが、発信器からの情報ではある地点から微動だにしておらず、流石におかしいと考え始めた。


 三十日目にやっと捜索隊から連絡が入った。本当に試験期間の大半を一定位置から動かなかったらしい。試験官はほっと安心し、同時に二人の報告を楽しみに待ち始めた。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 数日間の治療を終え、体調と精神を回復させた恵とルトロはトレサと面会していた。トレサの横には自称側近のリュセ・ヴァスロも控えていた。恵にとってトレサは単に詳細不明の部族の首長だが、ルトロにとっては雲の上の人のようで、非常に緊張している様子だった。


 「まずは、試験ご苦労であった。森での潜伏試験は非常に優秀な結果だったよ。」


 「はぁ、ありが――」


 「自分にはもったいないお言葉!ありがたくお受けします!」


 恵の横のエルフは大仰な言葉を並べる。感極まったのか目にはうっすらと涙を浮かべている。


 「うむ、結果としては素晴らしいものだった。恵のこれまでの試験結果を鑑みると、君は我々にとって有益な人材の様だ。是非とも我々の一員に加わってほしい。」


 「ありがとうございます…試験は三ヵ月間との話でしたが、これで私はあなた方の一員ということでよろしいのでしょうか?」


 「ああ、ほとんど採用だ。だが試験は予定通り三ヵ月だ。これからは赴任地での試験となる。」


 「赴任地…ですか?」


 「ああ、任地はこの樹海から西にある都市、アーステだ。オスロタニア王国第二の都市だな。君の出身地近くのトラリアよりも三周りは大きな街だぞ。」


 「はぁ…それで私はそこで何をするのでしょう?」

 

 トレサは恵の質問を無視して続ける。


 「説明が前後したが、君の派遣に伴い君にも我々の事を知ってもらう必要がある。全てを教える訳にはいかないが、ルトロ一等哨戒兵候補と同等程度の知識は持ってもらう。」


 「では、『悲願』についても…」


 「ああ、教えよう。また、君の試験結果は中々優秀だったが、対人戦闘力とこの世界についての知識が不足気味だ。それを補完し、我々についての勉強のために一ヵ月間ここで訓練期間を設ける。これは試験とは別だが、真剣に受けてほしい。」


 トレサは更に話を続ける。


 「また、ルトロ一等候補の試験もこの一ヵ月間続けてもらう。君たちは二人一緒にアーステに行ってもらいたいのでね。ルトロ一等候補の試験結果には期待してるよ。」


 「はっ、全力を尽くします!」


 「では、ルトロ一等候補は退出して結構…ケイは残れ。」


 ルトロがきびきびとした動作でエルフ流の敬礼をし、部屋から退出する。


 「ルトロ一等候補生は優秀だ…きっと君と一緒に派遣することになるだろうな。さて、ある程度ではあるが、君に我々の事を教えよう。私からは大まかなことを教えるが、詳細は後日他の者から聞くことになると思う。何が知りたい?」


 「ありがとうございます。では…あなた方『部族』の名前と『悲願』の内容を教えて頂けないでしょうか?」


 恵は幾分か緊張した表情で目の前の首長(エルダー)に訊いた。


 「我々の名前は『黒い上位種(ハイ・エルフ)』。名前の通り森人種(エルフ)の一種であり、その上位種だ。」


 「エルフの一種とはいえ、あの白いエルフ共とは違う。より上位に立つ者であり、より崇高且つ重要な使命を持っている。この使命が君の果たすべき『悲願』なのだろうな。」


 恵ははっきりと自身の緊張を自覚しながら、トレサの言葉を待つ。


 「で、その『悲願』だが…」


 恵の喉が微かに動き、生唾を飲み込む。その様子を見たトレサは微かに微笑み、言葉を続ける。



 

 「ずばり『()()()()』だ。この地上全ての生物の上位に立ち、愚かな他人類共を我々の下に統制する。それが我々『黒い上位種(ハイ・エルフ)』の使命であり『悲願』だ。」




 は?


 恵は間抜けな言葉を飲み込めず、口に出してしまう。恵の目が確かならば、目の前の『部族』の首長(エルダー)は正気の様だし、その側近も同様だ。


 「はははっ、驚いたか?エイジも驚いていたなぁ。君ほど表情には出していなかったが…ふふふ、思い出してしまった、懐かしいな。」


 余りにも壮大過ぎる『悲願』に恵は言葉が出ない。


 「ま、その手法その他については後日だな。…しかしケイは驚き過ぎだぞ。ふふふ、今日はもういい。退出しなさい。」





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 恵はすっかり自室となった狭い部屋で悶々とベッドに丸まっていた。


 (世界征服?世界征服だって?何が『黒い上位種(ハイ・エルフ)』だ、どうかしてるとしか思えない!)


 しかし恵の表層意識とは反対に、無意識下ではなぜか納得している自分がいる。そのことも恵を混乱させた。


 (くそっ、これから俺は世界征服の手伝いをしないといけないのか!?『期限』は二百年らしいが…二百年で出来るのか?) 


 恵が悩んでいると、突然ドアが開かれる。いつもの試験官だった。


 「我々の仲間になったようだな、ケイ。おめでとうと言っておこう。しかし私から見て貴様はまだ足りない部分も多い、今日は我々についての授業だけだが、明日から午前中は格闘訓練だ。最低でも自分の身を守れる程度には強くなってもらわんと困る。」


 ベッドに丸まっていた恵は素早く座り直し、姿勢を正す。


 「分かりました。ではこれからその授業ということですか?」


 「そうだ、ついて来い…ああ、今日からはもう目隠しはしなくていい。」


 恵は試験官に続いて部屋の外に出る。蛍光灯の用に明るい魔導灯がいくつも使われた廊下だ。目隠しがされているとはいえ何度も通った道なので恵には部屋が地下にあることが分かっていた。部屋は地下三階に位置しており、それ以外の地下施設の詳細については恵はわからない。


 「入れ」


 試験官に促されたどり着いた部屋に通される。学校の教室を一回り小さくしたような部屋だった。ご丁寧に机や椅子、黒板のようなものまで用意されてある。


 「では、授業を始める――」





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 授業から『黒い上位種(ハイ・エルフ)』の詳細が教えられ、恵は驚くことが多い。


 多くは森人種(エルフ)と似ていたが、いくつかは決定的に違う。見た目もその相違点の一つだが、恵を最も驚かせたのは『黒い上位種(ハイ・エルフ)には女性しかいない』という事実であった。どうやって生殖活動をして個体を増やしているのかは『黒い上位種(ハイ・エルフ)』上層部しか知らないらしく、当然恵には教えられなかった。


 また、『黒い上位種(ハイ・エルフ)』構成員のライフサイクルも教えられた。

 寿命は個々の魔力量にもよるが、おおよそ三百年ほど。四十歳から全員訓練が始まる。全て『哨戒兵』であり、階級は三等哨戒兵候補から特一等哨戒兵まである。二等哨戒兵候補から森での警備活動等の実戦的な任務に就く。一等哨戒兵候補となると外界へ出て、任務にあたる。一等哨戒兵候補になるまで優秀なものでも二十年近くかかるという事を聞き恵は更に驚いた。あのエルフは六十歳ほどあったのか。


 また現在地も様々な方法で秘匿されているらしい。恵が見つけたオーク集落群もその一つである。普通の人間ならば樹海には多人数で入るため進行速度が遅くなる、よってオークの集落群に辿り着く前に森を警備する哨戒兵に捕捉され、強力な魔獣をけし掛けられる手はずだ。恵は単身で素早く、かつ隠密裏に樹海を進行したため、哨戒兵が捕捉できなかった。

 樹海奥地にある基地も、特殊かつ大規模な魔道具により隠蔽されてあるとのことだ。上空からはただの樹海に見えるらしい。

 更に一等哨戒兵が街に潜伏し、様々な方法で樹海への大規模な探検を阻止している。


 ある程度『黒い上位種(ハイ・エルフ)』について教えられた後、恵が最も知りたがっている馬鹿げた『悲願』の達成方法についての授業の時間が来た。


 「我々の悲願である、『世界征服』の手段についても教えようか。」


 試験官が少しもったいぶった様子で話す。


 「お願いします。チャタゴ教官」


 出会って二ヵ月、ようやく恵は試験官の名前を知った。元一等哨戒兵で外界での任務も負っていたことがあるらしい。二十代半ば程度にしか見えないこの教官も実年齢は二百歳を超えているということだから恵には信じられない。


 「うむ。この世界には『陵墓』というものがあるのは知っているな?」


 「はい、古代人の墓…ですよね?」


 「正確には古代文明の墓、と言った方が正しい。」


 この世界の秩序ができる以前、今から数万年前にも文明があり、その遺物が『陵墓』には貯蔵されている、とされている。『陵墓』は古代人がその文明技術の粋を使って作られたものであり、その構造は迷宮のように入り組み、罠や危険な生物が大量に設置されているらしい。恵はそう聞いている。


 「ごく簡単に言えばこの世界に散らばる『陵墓』の奥地に眠る古代技術を使い、世界征服を成す。これが我らの目標だ。」


 『陵墓』の最奥地にはその『陵墓』全体を管制する部屋があると言われている。最奥地を制圧することで『陵墓』全てを自分の物とすることができるのだ。


 「『陵墓』から得られる古代技術の中でも狙うのは主に三つだ。『陸軍』『空軍』『宇宙軍』、この三つさえあればこの世界は簡単に軍事制圧することができる。」


 「『軍』?『軍隊』がそのまま得られるのですか?」


 恵には全く信じられない話だ。想像もできない。


 「そうだ。古代の軍隊は高度に自動化されており、動く石像(ゴーレム)のような物が歩兵をしていたと我々は見ている。」


 「それは…文献か何かが残っていたのでしょうか?」


 「いや、我々は既に『古代軍』を一つ入手している。『海軍』だ。この基地(ベース)が『陵墓』だったのだ。今から千年ほど前の偉大な祖先が多くの犠牲を払い、入手した。」


 今現在自分が座っているこの部屋も『陵墓』の一部だったのかと恵は知る。信じられない事を次々に伝えられ、少々混乱しつつも恵は言葉をひねり出す。


 「『海軍』…となると船や潜水艦ですか」


 「おお、『鉄クジラ』を知っているのか。そうだ、『古代軍』は貴様の世界の軍隊と少し似ているのかもしれないな。」


 恵は元の世界の軍事技術にはあまり詳しくない。高性能レーダーを使い、互いに見えない距離からミサイルや魚雷を撃ち合うのが元の世界の海戦なのではと思っていた。


 「じゃあ空母とかもあるのかな…あの、私の世界では飛行機と呼ばれているんですが、えーとその、金属の羽根を持った鳥のようなものはその『海軍』の中にありましたか?」


 「悪いが詳細は明かせない。とにかく現在あるどの海軍より精強かつ大量の海洋軍事力を我々は保有している。」


 鉄クジラだか何だか知らないが潜水艦らしき物のことを教えたんだからいいじゃないか、と恵は不満顔だが、チャタゴ教官は話を続ける。


 「しかしどれだけ強力な海軍力でもそれだけで国家を屈服させることはできん。陸上戦力が必要だ。よって優先順位は『陸軍』、『空軍』、『宇宙軍』の順だ。」


 「それらが納められている『陵墓』の位置は分かっているのですか?」


 「いや、まだ確定は出来ていない…しかし『陵墓』は最奥に納められている物でその規模が変わる。アーステ郊外にある『陵墓』の規模は大きい。現在はそこに『軍隊』級の古代技術が眠っているのではないかと我々は疑っている。」


 「はぁ…じゃあこれからアーステに向かう私の任務はその『陵墓』の攻略ですか。」


 とてもじゃないが恵は自分には出来そうにないと思った。世界各地の『陵墓』は小規模なものでも非常に攻略が難しい。恵より遥かに強い冒険者が束になっても最奥に辿り着けないものがほとんどだ。


 「いや、貴様にできるとは思えないしな。何か他の任務だろう…詳しくは私も知らんしな。」


 チャタゴは話を続ける。


 「我々の現在の主な任務には、他人種共に『陵墓』を攻略させないことも入っている。もっとも、『陵墓』が完全制圧された例は非常に少ないがな…また、できるだけ多くの古代技術を収集することも任務の一つだ。崇高かつ偉大な古代文明の遺品を無知蒙昧で野蛮極まる多人種共に触らせることを我々は良しとしない」


 薄々恵は気づいていたが、『黒い上位種(ハイ・エルフ)』はとんでもなく誇りが高く、排他的だ。世界を征服し自分らが多人種の上に立って当然だと思っている。


 「まぁ私の任務に関しては後々別の方から拝命するでしょう…とにかく『黒い上位種(ハイ・エルフ)』は『陵墓』に眠る古代技術の収集、特に『軍隊』の取得を任務にしているんですね?」


 「それと基地(ベース)の守備だな。以前にも話したが二等哨戒兵が森林地帯と山岳地帯の警備を担当し、一等哨戒兵が外界での情報守備を担当している。」


 (じゃあ俺のさしあたっての仕事はアーステでの情報守備とやらか…何やらされるんだろ…)


 

 午前中の厳しい格闘訓練で青痣を増やしつつ、授業を受ける。一ヵ月は瞬く間に過ぎて行った。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 「よぉ、久しぶりだな。試験結果はどうだ?」


 一ヵ月後、運動場にて恵は久しぶりにルトロに再開する。相変わらず恵の行動範囲は狭かったが、授業部屋と練兵場だけは自由に行き来していい許可が出ていた。


 「あぁ、難しい試験だったが何とか合格したよ。これからアーステで一年間任務にあたって、それでやっと昇級だ。」


 「知ってる、一等哨戒兵になれるんだろ。俺はちょっと違う待遇みたいだけどな」


 なんだ、知ってたのかとルトロは少し不満げな顔になった。互いに初めて会った時に比べると随分と打ち解けている。

 

 「勉強したからな…エルダーに呼ばれてるんだろ?俺もだ、一緒に行こう」


 「そうだな…おっと、ケイには目隠ししないとな」


 未だに授業部屋と練兵場以外の場所への往来には目隠しが必要とされている。ルトロは恵に目隠しをすると、手を引き建物の中に入って行く。



 トレサ・ヴァスパロは恵とルトロを見ると、満足そうな表情をし、口を開いた。


 「うん、二人とも一ヵ月間よく努力したみたいだ。これからアーステに向かってほしいが、既にアーステにいる哨戒兵には連絡が行っている。街に着いたらミレ商会の本店に行きなさい。あとは任地の哨戒兵に任せている。」


 了解、と恵とルトロが返事する。


 「ケイはこちら(・ ・ ・)に来てから五年間、エイジからエイジの持つ技術について訓練されてある。さらに街での生活についても外界に出たことの無い哨戒兵よりは知識があるだろう。『黒い上位種(ハイ・エルフ)』流の訓練は受けていないが、それに準じた実力は持っていると考える…外界からの風を入れることも時には必要だろうしな。」


 「ルトロ一級哨戒兵候補も平素の警備活動、昇級試験結果ともに優秀だ。外界での活動は樹海とは違う困難が多数あると思うが、奮闘を期待する。」


 ルトロは首長(エルダー)から褒められて感極まったのか、故郷を出ることからの郷愁からか目に涙を浮かべている。


 二人は側近のリュセ・ヴァスロから二つの荷物を渡された。


 「はい、ここからアーステまでの食糧よ。樹海を出てからアーステまでにもいくつか村があるけど出来るだけ避けて通ってね。貴方達なら二週間ほどでアーステに到着出来ると思うわ。頑張ってね…あ、あと樹海の西端はオスタニア王家の直轄地になっているから迂回した方がいいわ。ケイはルトロ一等候補生に案内してもらいなさい。」


 「うむ、まぁ二人とも優秀だし大事は起こらないだろう。ルトロ一等候補はよくケイを助けてやれよ?では行って来い」


 恵は目隠しをされ、外に出される。練兵場でルトロが口を開いた。


 「哨戒兵としての実力は私の方が上だと確信している…しかし私は外界に出たことがない、ともに助け合って行こう」


 一ヵ月土中で生活しただけでヘロヘロになってた癖に、と恵は言おうとしたが「助け合おう」という言葉には全面的に同意だったので「あぁ、そうだな」とだけ答える。


 そして褐色の女エルフと普人種の男は樹海に入っていった。


 

 

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