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7.試験・Ⅰ

 基礎体力試験はまずランニングから開始された。それまで部屋に閉じ込められてた恵は、拘束されてから初めて外へ出た。早朝に目隠しをされて連れてこられた先は広大な運動場であった。周囲には木々が生えており、樹海の中の平野部に作られたものらしい。これまで窓もなく、小さな魔力灯が一つしかない部屋いたからか、陽光をまぶしく感じる。山脈も近くに見え、樹海のかなり奥地にあると恵は判断した。


 (こんなに大胆に森を切り拓いちゃって、見つからないのか?)


 体操をしながら恵は疑問に思ったが、試験官であろう褐色のエルフが声を上げた。


 「貴様にはこれから走ってもらう。」


 「はい。あの」


 「質問は許可しない。この練兵場の端を回ってもらう。最初の一周は私が先行して走るので、貴様はその速度で後はそれを私がいいというまで繰り返せ。」


 「はい。」


 試験官が走り出す。試験官は何かの革で出来た丈夫そうな靴を履いていた。恵も様々な爬虫類の皮をなめして、布や木材と組み合わせた自製の靴を履いている。祖父との訓練で靴には特に気を付ける習慣ができていた。


 (一周五kmくらいか?日が沈むまで延々と走らされそうでやだなぁ。)


 エルフの練兵場は縦二km、横〇.五kmほどの長方形だ。恵は飛行機用の滑走路を思い出したが、この世界にエンジンを積んだ飛行機は存在しない。他には恵の収容されていた施設と大きな長屋のような施設が数棟、練兵場の近くに建てられていた。


 (あの長屋、訓練兵の寮みたいなものなのかな?俺のいた建物は中々大きいし教官とかが使うのだろうか。どっちにしろ何かの軍事施設みたいだ。)


 恵は走りながら周囲を観察する。練兵場には小石一つ、草一本も落ちておらず。よく使いこまれていることがわかる。


 (とにかく今日は走るだけか、いつまで走るのか伝えられていないのは苦痛だな。『スペア』に任せるか。)


 それから恵は無心で走り続けた。恵は度重なる祖父の訓練により、意識を手放しながら体を動かす術を覚えていた。山の中を不眠不休で歩き続けていたとき、気が付いたら訓練が終わっていたことがある。訓練中の記憶は残っているが、どこか第三者の視点で自分を振り返るような記憶であった。以降、恵は厳しい訓練を表層意識の代わりにこなしてくれた、無意識下の自分を『スペア』と呼ぶようにしている。恵はどこか虚ろな瞳で走り続けた。

 




 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 試験は午前中は体力測定、午後は知能測定のスケジュールで進行した。恵は重い金属の棒を担ぎながらひたすら走らされたり、匍匐前進で練兵場の端から端へ延々と往復させらた。これまで体力維持のための簡易的なトレーニングしかしていなかった恵は連日のように筋肉痛に苦しめられた。試験は一日おきに行われ、休憩日が一日挟まれた。恵は午前の体力測定は何とかこなしていたが、午後の様々な頭を使わされる試験の結果については自信がなかった。おおまかな情報しか載っていない地図を広げられ、これだけの戦力でこの街を攻略するならばどうするか、このような場合の領土紛争はどのように解決するのが最上か、補給基地はどこにどの程度の規模で配置すればよいか…等、恵が考えたこともないような軍事的な能力を求められる試験には苦労した。逆に要人護衛や襲撃の計画の立案、情報網の構築など祖父に教えられた事が活かされる場合もあった。


 (今日で一ヵ月目か…俺はどう評価されているのだろう。)


 恵はその日の試験を終え、部屋でベッドに寝そべりながら考える。今日の体力測定は金属製のスコップでひたすら自らがすっぽり入れそうな穴を掘り、試験官がそれを確認した後に埋めなおす、ひたすらこの作業を繰り返し行わされた。よく踏み均された練兵場の土は固く、恵は身体中を真っ赤にしながら穴を掘った。土系統の魔法が使えるならば土を柔らかくすることもできるのだが、恵は魔法は苦手であった。体を清潔に保ったり、料理に毒物が混入されていないか検査したりはできたが、大きな魔力を消費する魔法は使えなかった。


 (拷問かよ…あっテテ、腰に響いてやがる。午後の試験も自信がなかったし…不採用とかだと俺はこの先どうなるんだ?『使命』とやらが何かは知らんがひたすら下っ端らしく水運びとかやらされそうで嫌だなぁ。)


 突如としてドアが開かれた。夕飯の時間にはまだ早い。試験官は全くその存在を恵に悟られずに恵の部屋まで来た。素直に来ればいいのになぜ気配を消すかな、と恵は心中で愚痴を垂れる。


 試験官の隣にもう一人褐色のエルフがいた。試験官より若く、恵には二十歳前後に見える。


 「次回からは森で試験を行う。こいつの昇格試験も兼ねているので、二ヵ月間一緒に過ごしてもらうぞ。互いに自己紹介しろ」


 は?と恵が思う間もなく若いエルフが口を開く。


 「ルトロ一等哨戒兵候補だ。これから二ヵ月間よろしく頼む。」


 「あ、ああ。俺は、」


 本名を名乗るかどうか迷う。偽名を使うことにした。


 「カルロ・ブラウノ、色々あってここにいる。よろしく頼む。」


 「ああ、ケイ・シマノ。二ヵ月間とはいえ我々は一心同体だ、ともに頑張ろう。」


 ばれてんのかい、と恵は小さく毒づく。


 「では今日からルトロ一等候補と貴様は同様の試験を受けてもらう。試験は三日後から再開するので、それまで親交を深めておけ。」


 そう言うと試験官はその場を去って行った。部屋には恵とルトロが残される。ルトロは寝袋のようなものを持参していた。


 「ではケイ…ケイと呼んでもいいかな?我々は互いの事を名前以外何も知らない。情報交換をしよう。」


 先に話しかけたのはルトロだった。


 「私から話そう。私はこれまでオークの集落を監視する任務に当たっていた。…そうだ、君が矢を放ったあの集落だ。君を事前に捕捉出来なかった無能者だが、その後の対応が良かったのか昇格試験を受けることになった。それまでの成績が優秀だったのも原因かもしれない。」


 ルトロは一拍おいて、続ける。


 「だから、森林地帯での行動には自信がある。訓練の内容が何かは私にもわからないが、荷物にはならないだろう。」


 「まぁ俺も集落で君の存在には全く気付いていなかったし、君の反応が見たくて矢を放ったんだ。やっと今君を知ったよ、優秀なのは本当みたいだ。…俺を捕獲したのも君なのか?」


 「それには答えられない。私がケイに話していいことは限られている。」


 「そうか…俺のこれまでの試験の成績については知っているのか?」


 「ああ、知っている。」


 「じゃあ俺の能力もある程度は知っているよな。体力面では試験結果の通りだ。森林地帯でも、君に気付かれずに行動する程度の能力はある。」


 どことなく恵の口は軽い。同格の相手と会話するのは久しくなかった。


 「で、俺は君たちの種族についてほとんど知らないことだらけだ。答えられる範囲でいいから教えてくれないか。」


 「いいだろう、質問してくれ。」


 恵としては話せる範囲の事を全て話してほしかったのだが、目の前のエルフにその気はないらしい。とりあえず恵は知りたいと思うことを全て質問してみることにした。


 「えー、じゃあまずは君たちの種族の名前を…」


 「答えられない」


 「君たちの種族の目的…何か目指していることは?」


 「答えられない」


 「女性ばかりに会うんだが男性は何をしている?」


 「答えられない」


 「種族全体の総数、総人口は…」


 恵の質問はその全てが拒否された。恵がこれまで疑問に思っていたことはほぼ出尽くしたところで、質問を少しだけ変える。先ほど初めて聞いた単語に関してだ。


 「君は一等哨戒兵候補って紹介されていたけど、その階級は何を表しているんだ?」


 「ケイに教えられる範囲で答えると、我々自らを守るため警備隊のような組織の階級だ。三等哨戒兵候補、三等哨戒兵、二等哨戒兵候補、二等哨戒兵、一等哨戒兵候補…がある。ケイに教えられる範囲はここまでだ。」


 「それぞれに与えられる任務は?」


 「二等哨戒兵は森の警備、哨戒が任務だ。一等哨戒兵候補はより高等な階級に昇級するための試験が受けられる。それ以外の階級については答えられない。」


 「ルトロはその試験中って訳か」


 (ってことは、より高い階級もあるわけね…教えてくれないんだろうけど。ここまで言うんならそんなに隠していることでもないんだろう。)


 「森で試験を行うって話だったけど、どこらへんの森なのかな?」


 「私の推測だが、現在地の東の森だと思う。」


 「まぁ俺にはここが樹海のどこら辺なのかもわからないんだけどね。」


 しかし恵はおおまかな位置は掴めていた。山脈の麓でオークの集落群の奥地、樹海の最深部だろう。


 「その東側の森にはどんな生物が生息しているんだ?」


 「危険なものは殆ど生息していないが…詳細は答えられない。」


 「食糧や水は確保できるのか?」


 「できる、とだけ言える。」


 その後、森の地形や注意すべき点等を質問したが、ほとんど回答は得られなかった。恵が他に何か知りたいことはと考えていると、試験官が夕食を持ってきた。座っていたルトロが即座に立ち上がり、胸を右拳で叩いた。これがこっち流の敬礼なのか、と恵は夕食の方に注意が向きつつ思った。


 

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