6.邂逅
ああ、こいつらに俺は協力すればいいんだな。
恵は直感で二人の女性を見て理解した。
この種族が自分が協力するべき『部族』なのだな、と。
女性は普人種ではなかった。耳が尖っており、森人種かと恵は考えた。
森人種とは主に森に住む亜人種であり、非常に排他的な性質を持っている。深い森に住み、森を愛し、森を荒そうとする者には容赦なく高等な魔法で攻撃する。また非常に長命であり、個々の魔力量にもよるが一般に普人種の数倍は生きると言われている。反面、繁殖力は弱く総数は多くないと考えられていた。
(エルフ…か。しかし俺が聞いたエルフの特徴とは違う…エルフは白肌金髪が多いハズだけど…)
恵の目の前にいる二人の森人種は白肌金髪ではなく、褐色の肌にくすんだ白髪であった。二人とも若く、恵には二十代後半程度に思えた。質素な麻製らしい半袖の衣服から伸びる腕には、恵には意味がよくわからない複雑な模様の刺青が肘あたりまで掘られていた。
(ま、エルフは見た目で年齢がわからんから何歳かは今はどうでもいいか。しかしエルフにタトゥーの文化なんてあったか?まさか洒落やファッションではないだろう。)
「で、どうだ?我々は貴様の探していた『部族』かな?」
背の高い方の女性が恵に問うた。目の前の森人種について考えていたので少し応答が遅れる。失態だと恵は心中で舌打ちをする。
「あ、ああ、そうみたいだ…俺はあんたらに協力する義務があるらしい。」
恵は少し混乱しながらも答えた。清潔なシーツが敷かれた木製ベッドに腰掛けている恵は、二人の女性を見上げる形となっている。尋問の負担が体から抜けていないのか立ち上がることさえひどく億劫だった。
背の高い方の女性は少しの間じっと恵を見つめると、微笑みながら口を開いた。
「嘘は言ってないようだな。ま、どちらにせよエイジの紹介付きだ、埋めるというのは嘘だ。」
あっさり自分の言が信じられて恵は拍子抜けした。自分の『使命』をどう目の前の女性に信じてもらうか苦労すると予想していたからだ。同時に祖父とこの『部族』がどのような関係にあったのか非常に気になった。
「遅ればせながら自己紹介しよう。私はトレサ・ヴァスパロ。この地のエルダーだ。」
「エルダー?」
初めて聞く単語を恵は聞き返した。
「首長のようなものだ。君にとっては最高級の上司にあたる。…まだ予定だがな、以後口に気を付けるように。」
「は、はい。了解しました。」
予想外に位の高い役職だったので恵はすぐに呑まれて敬語になった。
「…まぁいい。で、こっちが」
「私はリュセ・ヴァスロ。エルダーの側近のようなものよ、秘書と考えてもらった方がわかりやすいかもしれない。」
もう一人の女性が口を開く。隣のエルダーよりいくらか温厚な印象を受ける女性であった。
「君を我々の同胞にするかどうかはこれから決める。まずは君がエイジに何を習ったのか、どのような『能力』を持っているのかを把握したい。」
トレサが言った。随分と恵に肯定的な態度であった。それ以外に『能力』のことまで知っているのか、と恵は驚いた。あの祖父が自分の武器を簡単に他人に晒すとは思えなかった。
「三ヵ月ほど試験を受けてもらう。もし我々の同胞に迎え入れることとなったら…まぁこの話は試験の後でいいか。試験は二日後から開始する。それまでに体力と気力を回復させておけ。」
はい、と恵の素直な返事に満足したのか、トレサは微笑みながら続けて行った。
「我々は万年人手不足が続いている。良い結果を期待しているよ。」
自身の所属する組織の弱点の暴露に、隣のリュセが小さく上司を注意した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
試験はまず口頭での面接であった。面接官は五人の女性で、トレサもその中にあったので恵としては余計に緊張する。どのような訓練を受けてきたのか、これまでどのように生活していたか、日本ではどのような生活をしていたか…恵は様々なことを質問されている。『能力』について訊かれた際の返答でトレサの顔が曇った。
「無い…?無いとはどういうことだ?君ら『チキュウ』からの訪問者は皆一つだけ何か特殊な能力を持っているはずだが?」
「はい…なぜだか私にはそれが一切無いようです。」
「エイジに確認はとったのか?」
「祖父も私の能力に関しては『無い』と断言していました。」
「そうか…まぁエイジが言うのならばそうなんだろうな。奴は特に強力な能力を持っていたから君にも期待していたんだがな、無いものはしょうがないか。」
トレサの表情は微笑をたたえたままであったが、他の4人の女性の表情は少し暗くなった。
「ま、大まかに君がどのように過ごしてきて、どのような技能を持っているのかはわかったよ。それを確かめるためにも明日からは運動試験を行う。基礎体力測定に一ヵ月半、実技試験に一ヵ月半だ。並行して知能試験も受けてもらう。今日のところは部屋に帰ってもらっていい。」
今後の簡単なスケジュールを言い渡され、恵は与えられた部屋へと戻った。移動中は目隠しがされており、建物内の様子はほぼわからなかった。部屋は尋問後に起きた部屋であり、ベッドとトイレしかない質素な部屋であった。部屋に戻るなり恵はベッドに倒れこむ。
(あーっ緊張した。試験とやらが明日からか…またあの地獄の特訓みたいなことをやらされるのか、それとも全く別のことなのか。)
盗聴を警戒して恵は心中で考える。
恵は基礎体力には自信があった。この世界に来てから5年間、ひたすら山や森を走りまわされて生活していたのだ。三日間不眠不休で重い荷物を背負い、山や森を踏破することもやらされた。
(基礎体力に関してはまぁ、大丈夫だろう。軍人だってあそこまで鍛えまい。問題は実技試験とやらだ、一体なんの技術を試されるのだろうか。)
もし格闘術や剣術などの戦闘力を求められているのならば、恵はとてもではないが自信がなかった。祖父からはできるだけ争いから離れる訓練を重点的に施されており、対人戦闘の技術は最小限度のものしか教わっていなかった。
不意に恵の身体に悪寒が走った。
(…もし人殺しの技能を求められたらどうしよう。俺にはできないぞ、きっと。)
恵には人殺しの経験があった。トラリア付近で暴れていた十四人の盗賊を思い出す。十三人は処刑人の斧により、一人は恵自身が短刀により命を絶った。上手く頸動脈を傷つけれず、何度も盗賊の喉に短刀を突き込んだ。盗賊の黄色い歯と伸び放題の髭、鼻につく体臭と喉の柔らかい肉と硬い骨の感触はは恵の脳にこびりついている。
(…嫌なことを思い出した。孫に人殺しをさせるなんてとんでもないじいちゃんだな…)
恵はベッドに丸まった。息が荒くなり、鼓動が激しくなる。
奇妙な訓練だった。祖父からの最終試験として行ったそれは、自らの行為を誰にも知られずに盗賊を全滅させること、トラリア住人が誰一人として事件解決の経緯に疑問を抱かない事、最低一人は恵自身が殺害する事が条件であった。
恵は1ヵ月の間にわたってこの訓練を続け、達成した。達成感など少しもなく、自分が人殺しになってしまったことをもう会えない両親に泣きながら謝り続けた。盗賊を全滅させてからまだ3ヵ月しか経っていない。恵は度々この記憶を思い出し、その度に呼吸と鼓動が激しくなる。
(『悲願』とやらが何かは知らんが、とにかくもうあんな精神負荷が高すぎることはしたくないな…)
恵は自分の命が世界で一番大事だと思っていたが、他人の命を奪うことはしたくなかった。
(とりあえずは『試験』とやらの項目に人殺しがないことを祈ろう。)
夕食が運ばれて来るまでひと眠りしようと、恵は静かに瞼を閉じた。




