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4.偵察

 

 たっぷり一週間ほどかけて集落を観察した結果、恵はおおまかではあるがオークの生態を把握していた。火をおこす知能も技術もないオークは日が沈むと就寝し、夜明けとともに起床する。昼間はもっぱら食糧や水の収得にあてているようだ。


 (食糧探しが面倒だな。まるで定期パトロールじゃないか。)


 オークの食糧捜索は大別して二種あった。一つは水の確保で、オークの足で三時間ほど移動したところにある川を往復する。比較的若いオーク達が担当しており、五~六匹のグループが三回ほど川と集落を往復して集落の水瓶に水を貯める。

 

 厄介なのが木の実や虫、肉類等を狩るグループで、決まった巡回路がなく不規則に森を移動している。こちらも一グループ雄が五~六匹のものであり、水輸送のグループと違うのは朝早くに集落を出発し夕方が近づいてから集落に帰還する。四グループほどがそれぞれ別の方角を担当し、食料を探している。


 オークの大柄な体格から一日に相当な量の水と食料を消費するので毎日この巡回は行われている。集落はこれまで恵が見つけた七つの中で最大の規模であり、五十匹ほどのオークが生活していた。その中の三十匹ほどは森に入っているので二十匹ほどが集落に常に留まっている。リーダーらしいでっぷり太ったオークと雌オークがほとんどであり、数匹の雄オークであった。どうも狩猟グループには数日おきに休憩日があるらしい。婚姻の概念はオークにないらしく、村に残ったオークはもっぱら特定のパートナーを定めずに性交に励んでいた。


 「おおう…今日も昼からお盛んだな…。」


 恵は樹上から集落を監視しつつ独りごちる。オークの本能をむき出しにした性交は恵にとって不快でしかなかった。


 (どうも言語は持ってないみたいだな。鳴き声での簡単な意思疎通しか出来ないみたいだけど。しかし言語思考ができない割には中々効率的な生態なんじゃないか?)


 恵にはオーク達が知能が低いと思われる割には食糧や水の確保、繁殖や休憩の配分が合理的に見えた。


 (やっぱり何者かに統制されてる様にしか見えないんだよなぁ…巡回範囲も上手く他の集落のそれと重ならないようになってるみたいだし。)


 五十匹のオーク群を維持するには大量の食糧が必要で、食料の捜索範囲も広大なものとなる。食糧が減るであろう冬はどうしているのか恵は不思議に思った。年配の年老いたオークがいないのも気にかかる。


 (集落と出稼ぎ班との連絡はどうやってるんだろう?)


 集落群を突破し樹海奥地に進行するには把握しておきたい疑問だった。集落と巡回班との間に何らかの連絡手段があるならばより慎重に行動せねばならなくなり、現在のように食糧を現地調達で済ますことも控えなければならない。そうなれば街に戻って食糧を買い漁る必要があり、荷物が大幅に増え進行速度も比例して大きく鈍化する。逆に連絡手段がなく、巡回班がそれぞれ完全に独立しているならば集落群をオークに気付かれることなく素早くすり抜けることができるだろう。恵にはその自信があった。

 

 (どっちにしろちょっかい出して反応を見るしかない…か?)


 唐突に祖父だったらどうするんだろうと恵は思った。自分の何倍も生きて何倍も頭の良い祖父ならどのような行動をとるだろう?


 (俺より頭の良い人のこと考えてもしょうがないか。この俺がこんなことに執着するようなんだしきっと『使命』が関係しているんだろう。やるしかないか)


 恵はしばらく考えた末、翌日の昼ごろに「ちょっかい」をかけることを決めた。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 




 ルトロ二等哨戒兵は大いに驚愕した。


 ルトロの担当しているオークの集落に突然一本の矢が射ち込まれた。一匹のオークに命中したそれは何らかの毒物が塗布されていたようであり、矢が当たったオークは泡を噴いて痙攣している。ルトロは集落を見渡す位置に作られた樹上キャンプでその様子を目の当たりにしていた。


 (どこからだ!?我々の哨戒網には何者も掛かっていないぞ!)


 少しの混乱の後、すぐに状況を分析する。


 集落南から飛来した矢は一本。矢の刺さり具合から見て弓は狩猟用、強い弓ではないだろう。入射角からしてそう遠くない位置から発射されたらしい。矢には何かの毒物が塗布されていた模様、効きが早いようだが詳細不明。一刻も早く矢を回収したいが、敵が注視しているであろう集落に身を晒すことはできない。敵の数も不明。恐らくだが敵の偵察行為の一種で、敵は今もどこかでオークまたはルトロ達の反応を伺っているのだろう。敵がルトロ達『部族』の詳細をどれだけつかんでいるのかはわからない。


 ルトロは素早く自分の所見をまとめ、状況と合わせて付近の哨戒兵と本部の監視官に魔導連絡機で通報する。すぐさま本部から命令があり、一帯の哨戒兵に厳戒態勢が敷かれた。


 その後オークに矢が発射された方角と、その方角に狩りに行くようにオークにしか見えないよう設定された魔導信号を送る。知能の低いオークは複雑な指令が理解できない。ルトロは簡単な指令しか送れないことに苛立ちを感じる。


 (賊の捜索は一等候補と退役兵か…できれば私も参加したいが今の任務は解かれないだろうな。)


 ルトロはまだ見ぬ賊の捜索・追跡任務に若干胸を躍らせたが、すぐに頭を振り払って現実に戻る。まだかけだし新兵の自分には荷が重いだろう。


 魔導連絡機に通信、驚いたことに本部の監視官からであった。集落の監視はペアに任せてすぐさま本部に出頭せよとの命令であった。


 (本部に出頭?前線哨戒基地ではなく?)


 ルトロの脳裏に疑問がいくつか浮かぶ。が、本部の命令は絶対である。ペアのペトゥラ二等哨戒兵に連絡し、集落の監視を頼む。付近の哨戒は次の交代要員を早駆りさせて対応する。


 ルトロはそのまま本部へと駆け出した。ルトロら二等哨戒兵ならば不眠で2日半ほど駆ければ本部へと到着する。木々の上を巧みに移動しながらルトロはこれからの重労働を想像し、少し顔を歪ませた。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 




 恵はオークの集落に麻痺矢を発射した後、素早く移動を始める。恵は射点から二時間ほど移動した樹上に小さな観察拠点を構築していた。木の枝と葉で作られた小さな拠点は居住性は良くないが、隠密性は高かった。恵は素早くその拠点に身体を丸めて潜り込み、オークの集落を観察する。オークは未だに混乱していたが、恵の移動中に4匹ほどがそれぞれ木の槍等の粗末な武器を携えて、恵が矢を放った地点の方角に出て行った。恵はオークの警戒班は無視し、集落とその周辺を油断なく観察する。


 (…特にオーク以外の生き物は見つからないなぁ。まぁいたとしても向こうも俺みたいに身を隠してるのかな?)


 恵は静かに干し肉を頬張りながら考える。


 (しかしオークの連中まっすぐに狙撃点に向かって行ったな。オークってこんなに頭良かったのか?俺の弓の腕が下手くそなだけかもしらんが。)


 恵は射点を特定されないようできるだけ弾道が山なりになるように矢を放った。そのような射撃は風の影響を受けやすく、また何かを狙い撃つなどほぼ不可能なほど難易度の高い射撃であったが、放たれた矢は運よく一匹のオークの肩口に命中した。 恵としては当たっても当たらなくても良かったのだが、できるだけ自分の位置を知られないように放った一矢であっただけにオークの行動はやや不可解であった。


日が沈んでくる。オークの捜索班は既に集落に戻っており、その他の動きはほぼなかった。


 (あと三日ほど観察して動きがなかったら一旦街に帰ろう…この調子じゃ全く無駄なことしちゃったみたいだな…矢だってタダじゃないのになぁ)


 恵はすっかり暗くなった周囲を見渡し、樹から降りた。オークは夜になるとすぐに寝てしまうので、恵はやることがない。


 (仲間が欲しいなぁ…。今度街に戻ったら奴隷でも…ってそんな金ないか。)


 恵は夜間でも交代して集落を監視する仲間を欲しがった。こんなとこまで来てやっと仲間の必要性に気づく己の間抜けに苦笑しつつ、目を閉じる。はた目からは自分は樹の根にしか見えないだろう、恵は安心していた。




 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆






 「で、この普人種の男が下手人か。」


 フォトロト・セパロ南部監視官は呆れた様子ですやすやと眠る捕縛された男を見下ろしていた。


 「はい。隠れるのは得意なようですが痕跡隠しは少し詰めが甘いですね。少々自信過剰というか油断して寝ていたのでそのまま麻酔をかけて連行しました。」


 薄暗い石牢の中でフォトロトと一緒に男を見下ろしながらもう一人の女が答えた。


 「わかった、詳細は報告書で頼む。明日の昼までな。」


 フォトロトの命令に了解と答えた女は石牢を出て行った。

 男の身長や体重、所持品などをまとめた簡易的な書類を眺めつつ、フォトロトは小さくため息を吐いた。


 「なんだってこんなバカそうな男を基地ベースに連れてこなきゃならんのだ…エルダーは一体何をお考えなのか。」


 バカそうな男―――嶋野恵は自分の置かれた状況を全く知らずに、一人気持ちよさそうに寝息を立てていた。

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