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3.集落

 


 翌日の夜が白けてきた頃に恵は目を覚ました。しかし完全に夜が明けきるまですることはない。夜目を必死に凝らして地図と格闘する。自分の大まかな位置を想像する。まだ最高位に危険とされる生物の領域からは程遠いいだろうと結論付ける。川を越えて少し進めば赤コブ熊の領域だろう。食事を獲り少し早めに出発する。


 (おっ、この葉っぱは…さっき見つけたこの木の根っこと合わせて…)


 恵は度々足を止め草木を採取しながら進んでいく。毒薬はできるだけ現地のものを合成して作るべき、というのが恵の祖父の教えだった。葉と木の根をすり潰して混ぜ合わせ、少量の水と合わせて煮ると麻痺薬ができる。


 (麻痺薬を作れそうだな。あんま即効性はないけど矢に塗って狙撃すれば赤コブ熊くらいならなんとかなるだろ。今日野営する時にでも作っておこう。)


 赤コブ熊は森林地帯に住む大型の熊の一種で、首の後ろに赤く硬いコブがあるのが特徴だ。雑食で人も襲う危険な生物だが、縄張りの外にあまり出ないので縄張りさえ避ければ出会うことはない。


 (ま、万が一ってこともあるしね。一応用意しておこう。)


 樹海に入ってから恵は周囲に非常に神経を尖らせており、赤コブ熊の領域の風下にいることもあって奇襲を受ける心配はほぼなかった。


 上手く赤コブ熊の領域を大きく迂回し川沿いを2日ほどかけて進むと当初予定していた調査地点が近づいてきた。そこは川が近く、不確かな地図を読む限りおそらく小さな盆地になっており、小さな村くらいならば作れそうな場所であった。


 (あれ…なんか変なにおいが)


 調査ポイントが近づいてくるにつれて漂ってくる生物の臭気。恵は荷物をその場に置き、弓矢と短剣だけを持って手近な樹に登り臭気の元を観察する。


 (驚いた…マジで村があるとは…。)


 はたして調査地点は小さな盆地になっており、樹に登った恵は若干だが盆地を見下ろす格好となる。盆地には原始的な、小屋ともいえない屋根だけの家屋らしきものが十数軒建っていた。

 しかし、


 (ってオークじゃねえか…なんだってこんなとこに連中の村があんだよ…。)


 それはオーク――豚面で大柄の亜人――の集落であった。


 オークは二足歩行し道具を使う程度の知能はある亜人だが、一般に亜人とは認められていなかった。理由は非常に攻撃的なことが挙げられる。オークは普人種や他の亜人族をよく襲う。魔法も使えず知能も低いので組織だって反撃すれば決して強い相手ではないのだが、なぜ襲ってくるのか理由は判明していない。食料や武器の略奪が目的とされているが、ごく小さな食料も武器もない寒村も襲われ住人が老若男女関係なく皆殺しに遭うことも多い。人類とオークは天敵同士であり、人類側はオークの拠点を発見した場合はできるだけ速やかに冒険者の集団や軍隊を派遣する。

 

 恵もオークのことは知っており、この村は避けて次の地点に移ろうと考えた。


 (しかしおかしいな…こんな森の中じゃ連中だって生き辛いだろうに、なんだってこんなとこに集落がある?なぜ俺の情報収集に引っかからなかった?規模も小さいみたいだし、なんかおかしいぞ。)


 恵は妙にオークの集落が気になったが、考えても栓の無い事と割り切り集落を大きく迂回して次の地点へ移動を始めた。狩りにでるオークの集団と遭遇しないように注意しなければなくなったので、恵の負担が少しだけ増える。


 しかし恵は次の調査予定地点でもオークの集落にぶつかることとなる。またその次の地点でもオークの集落にぶつかり、樹海に入って2週間調査を進めて得た結果はオークの集落を7つ発見したことのみであった。



 

 (どうなってんだよこの森は。なんでこんなオークの群生地が今までほっとかれてたんだ?)


 恵は7つめに発見したオークの集落から半日分ほど離れた位置に野営の準備をし、頭を抱えていた。

地図には7つの赤い点が示されておりまるでここから先は通さないと主張するかのように森の奥地への進入を阻んでいる。


 樹海に入って二週間と数日。最初に発見したオークの集落は樹海入口からわずか3日ほどの距離しかない。冒険者の狩場でもあるこの樹海でこれだけのオークのコロニーがなぜ今まで放置されてきたのか恵は理解できなかった。


 (そうだ、まるで何かを防衛するように集落が連なっている。これまで見てきた集落間では互いに交流はなさそうだ…けどオークの行動範囲から言ってこの集落群を抜けるのは難しいぞ。)


 ひとしきり地図とにらめっこをしているうちに恵は一つ閃いた。


 (いや、そうか防衛線じゃなくて警戒線か、このオークの集落群は。だがオークにそんな知能があるとは思えない…何か他の勢力、部族がオークを利用してるのか?だとしたらそれぞれの集落に何かしらの見張りみたいなのがいるはず…ん?じゃあ俺もその『何かしら』にもう捕捉されてんのか?やばくね?)


 少しずつ危機感が恵を襲いだす。しかし恵は樹海を進行中、最大限に周囲を警戒していた。何か他の生物からの追跡を受けているとは恵には考えづらかった。


 (向こうも俺のことを発見してないのか?いやいやそもそもオークを利用してる奴がいることが決定したわけじゃないし…けどこの集落の配置は明らかに何かを守って…いやだからそれは仮定に過ぎない訳で…)


 恵は野営地で頭から湯気を出すほどに考え込んでいく。


 (いや、悩みすぎるな…今俺がとるべき行動は二つだ。一旦街に戻って再度情報を集めるか、それともオークの集落に何かアクションを起こして反応を探るかだ。どっちにしろこの集落群を無視はできない。いや普通に無視して他の地域に移ってもいいんじゃないか?川の三角州あたりに長期的な拠点を作ってそこから……いや……でも……)


 さらに散々悩んだ末に恵はただ単純に自身の行動をどうするかを決めるべきというごく初歩的な結論に至った。

 

 (今俺が取るべき選択肢は3つ…

 

 A.オークの集落群を無視して大きく迂回して別の地域の調査にあたる。

 B.一旦街に戻り再度情報収集。場合によっては他の街でも情報を集める。

 C.オークの集落のどれか1つを重点的に観察。場合によっては威力偵察を試みる。結果次第で集落群を  突破しさらに奥地を調査する。

 

 以上のどれかだな。)


 


 (普通に考えればまずB案の後にAまたはCなんだけどな…)


 恵はなぜか自分が強烈にC案を望んでいることに困惑していた。恵は自分でも自分のことを臆病で慎重なものと捉えていたが、なぜこの中で最も冒険的な案を実行したがるのかがわからない。


 (もしかしてこれ『使命』に大きく関係してるのかもな。)


 表層意識は安全重視で一旦街に戻り情報を集める事を勧めているのだが、深層意識では強烈に今すぐ集落の調査を望んでいる。


 (ま、いいか。とにかく慎重に事を進めればいい。)


 結局恵はC案を取った。早速地図を眺めてどの集落を観測するかを勘案する。

 長くなるな、と恵は心のどこかで思い始めた。



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