2.戦力拡充・Ⅰ
恵は朝の陽ざしを感じ、起き上がる。
「くぁ…割といい宿じゃないか…安いし…」
欠伸をしながら壁越しに隣の部屋の様子を探る。大きな男のいびきが聞こえてきた。恵は少し安心し、ベッドに寝転ぶ。
(俺には分からないけどやっぱ監視されてんだろうな…いきなり一部屋空いたのもこの部屋の配置も、少し都合が良すぎる。)
昨日のバーテンダーや従業員の中にも『黒い上位種』や、その協力者がいるかもしれない。同時に、それがどうした、とも思う。恵はアーステに『黒い上位種』勢力がどの程度浸透しているのかすらわからない、どの道味方であるのだからせいぜい素行よく生活していれば問題ないだろうと結論を出した。
(今日から連絡が入るまで冒険者稼業で生活する暮らしになるのか…一人で『陵墓』に行くのも馬鹿らしいし、仲間が欲しい…)
恵は三、四人のパーティを組みたいと思っていた。自分より強く、かつ自分より少し頭の悪い純朴な人間がどこかにいないだろうか?
(…俺より強い奴はごまんといるだろうけど俺より頭の悪い奴ってのはそうそういないかもな。)
恵は苦笑しつつ、ベッドから立ち上がる。なんにせよ行動しなければ始まらない。まずは朝食と仲間探しだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
宿の一階の酒場は夕方から開店らしく、誰もいなかった。裏口から外へ出て、まずは冒険者組合に行こうと恵は考えた。『陵墓』で稼ぐ冒険者たちをよく観察しようと考えたのだ。
程無くして組合事務所に到着する。事務所は朝早くだというのにもかかわらず多くの冒険者で賑わっていた。恵は特に依頼を受けるつもりはなかったので事務所内を壁際で観察することにする。
(やっぱり魔石狙いが多いんだな。他には…げ、魔猿の皮と歯の収集依頼なんてのもあんのか。『陵墓』にはそんな化け物まで出るのか…やっぱり仲間は絶対に必要だな。)
午前中いっぱいを事務所内観察に費やした恵が気付いたことは、殆どの冒険者は依頼を受けずに、魔物から得られる魔石を目的に『陵墓』へ潜るらしい。魔石はランプやコンロの燃料となり、濃度の高いものは高性能な魔道具の燃料にもなる。その需要は高く、魔石を売買する商店には国の認可が必要なほどだ。
また、依頼を受ける冒険者も少数ながら存在した。それらの依頼は殆ど『陵墓』内に発生する魔物に関するもので、恵が何人いようと敵わないような強力な魔物から得られる様々な原材料の収集が多かった。依頼を受けている冒険者は、皆一様に高価そうな装備と食糧などの荷物持ちを担当する屈強な奴隷を持っていた。希少な魔法使いらしき人物も見え、一人で『陵墓』に挑もうとする冒険者は一人もいなかった。
(ん、もう昼か。とりあえず安い定食屋にでも行って、昼食と仲間探しだ。いやその前に装備をそろえた方がいいのか?)
恵は今必要な物を脳内でリストアップしていく。それは、
・仲間
・『陵墓』内部の情報(上の仲間から聞けばいいかも)
・『陵墓』に最適な装備
・『協力者』
というものであった。最後の『協力者』とは、金銭や情報などで脅したり唆したりして抱き込む情報提供者である。恵は祖父の訓練でトラリアに数人の『協力者』を作ることに成功していた。『協力者』を作るにはまず狙った人物の情報を徹底的に集め、その人が持っているなんらかの秘密や弱点、欲望を武器にする必要がある。トラリアで一人の『協力者』を作るのに恵は一ヵ月かかっていた。
(ま、協力者は後ででいいかな、時間がかかるし…うん、まずは仲間だ。上司からもらったお金も結構あるし、『陵墓』探索もすぐにやる必要はない。連絡が来るまでは冒険者仲間を一人くらいは作っておこう。)
恵はそう決意すると、冒険者がよく利用する食堂へと向かって行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
(全っ然ダメだぁ…)
三日後、恵は自室のベッドに寝そべりながら嘆いた。
この三日間、冒険者組合近くの食堂や武器・防具店を回っていたが全くと言っていいほど収穫はゼロであった。冒険者は全て既にパーティを組んでおり、恵のように一人でいる者は皆無であった。また、粗末な短弓しか武器を持っていない恵に話しかける冒険者もいなかった。
(まぁ確かに明らかに弱そうな俺を雇おうなんて考える冒険者もいないよなぁ。実際弱いし…)
恵はベッドに丸まりながら考える。やはり一週間で仲間を作るというのは無理だったか、褐色エルフ達が持っているだろう情報網が使えればいくらでも選べそうなのだが。
(俺から連中に接触するのはダメらしいしな…うーん明日からはちょっと遠出して他の食堂を当たってみるか)
翌日、恵はアーステ西部の食堂にやって来た。アーステ西部には貧民街があり、そこを根城にする犯罪組織も存在している。治安が悪いので宿が安い傾向にあり、そこならば食い詰めた冒険者がいるかもしれないと恵は踏んだ。
(うっ、やっぱりガラが悪そうな人多いなぁ…でも冒険者風の人もチラホラいる…しばらくは西部で探した方がいいかもしれない)
恵は入り口近くのテーブル席から食堂内を観察する。冒険者は革製の鎧などを着込んでいることが多いので、身なりで分かる。店内は日雇い労働者のような男たちが多かったが、安そうな革鎧を着込んだ男たちも少数ではあるが食事を摂っている。そのうち薄いスープと硬いパンが運ばれてきた。
「兄さん、ここらじゃ見ない顔だがどこから来た?」
パンとスープをを運んできた店員が恵に話しかけてきた。恵は店員を見ると身長が二メートルほどもあったので驚いた。店員は竜人種であった。
「こんな身なりでも冒険者でね。ちょっと前にこっちに来たばかりだから俺とパーティを組んでくれる人を探しているんだ…中心部や東部じゃみんなもうパーティを組んでて俺が入れそうなとこがない。」
恵は正直にそう話しながら店員の竜人種が気になった。竜人種は大柄で戦闘力の高い種族だ。皮膚は固い鱗に覆われ、爬虫類然とした風貌を嫌う人も多い。魔法が使えないという欠点はあったが、それを補って筋力や体力は高いので冒険者には向いている種族だ。間違っても場末の食堂従業員が向いている種族ではない。
「ほぉ、そうか。まぁ事務所に近いとこだとそうだろうな。俺も少し前まで『陵墓』に潜っていたんだ。まぁ色々あってここで働いてるが…お前も『陵墓』に潜るなら一人はやめた方がいいぜ。」
恵はこの竜人種の男が元冒険者であったことを知り、少し心が上ずる。しかし竜人種は表情が読みづらく、この男が今も冒険者稼業に未練を持っているのかどうかまではわからない。今の仕事に満足しているのならば仲間にすることは難しいだろう。
「へぇ、先輩だったのか。いや、俺はまだ『陵墓』に行ったこともなくてね…名前を聞いてもいいか?俺はカルロ・ブラウノだ」
「ああ、俺はゲルグッバロト・○×△…」
「え?ゲルグッバロト…なんだって?」
「ああ、すまん。俺らの家名は普人種には発音できないんだったな…まぁ名前はゲルグッバロトだ。ゲルグートと呼んでくれ。」
そこで店の奥、厨房から大声でゲルクートが呼ばれた。ゲルグートは恵にわずかに申し訳なさそうな目をする。
「よろしく、ゲルグート。何か聞きたいことがあったら寄らせてもらうかもしれない。仕事、頑張ってくれ。」
「ああ、お前はいい奴みたいだ。じゃあ、またな。」
ゲルグートはそう言って厨房に戻っていった。恵が俺のどこがいい奴だったんだろうと考えていると、厨房からゲルグートを酷く詰る声が聞こえてきた。 竜人種は力は強いが魔法が使えず、奇抜な見た目から差別の対象となっていることを恵は思い出した。
(これは…優良物件なんじゃないか?)
恵には竜人種に対する差別観などない。むしろ故郷のおとぎ話に出てくるドラゴンを人にしたような見た目をかっこいいと感じていた。
(まぁ見た目だけで決めるのは良くないんだけど…竜人種はべらぼうに強いって話だし、『陵墓』の経験もあるようだし…しばらくストーキングだな。)
厨房に代金を置き、食堂を出る。恵は竜人種の食堂従業員を追跡し、情報を集めることに決めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
恵は三日間に渡り、ゲルグートについての情報を集めた。徹底して尾行し、ゲルグートの住居、生活を調べた。ゲルグートは食堂近くの安宿に住んでおり、かなり質素な暮らしをしていた。しかし未だに剣の手入れを怠らず、自主訓練も行っているため冒険者に未練があることが分かる。なぜ食堂で働いているのかを調べるため、恵は冒険者組合の事務所やその付近の食堂でゲルグートについての情報を集めた。竜人種の冒険者は少なく、簡単にゲルグートについての噂は集まった。
(まさか、なぁ…)
恵は宿のベッドに寝ながら集めた情報を整理する。
ゲルグートは以前、アーステでも有数の大型クラン、『光る斧槍』に所属していたことが分かった。『光る斧槍』は総勢五十名を超すクランで、常に十人以上のパーティで『陵墓』に挑んでいる。ゲルグートはアーステでも最も実力のあるこのクランの、上位メンバーだったらしい。しかし、ある事情が発覚し、ゲルグートは『光る斧槍』を放逐されてしまっていた。その理由というのが、
(同性愛者、ねぇ…)
ゲルグートは同性愛者であった。オスロタニア王国が国教としているテレスタ教では、同性愛者は否定されていた。オスロタニア王国のみならず、大陸に広く普及しているテレスタ教の影響力は大きい。国によっては同性愛者ということが発覚しただけで厳罰が科せられる国もある。
(まぁ竜人種の同性愛はちょっと特殊らしいんだけど…まぁもとから差別対象だった竜人種でなおかつ同性愛者ってんならパーティを追われるのもしょうがない…のかな?)
竜人種の同性愛は他人種のそれとは大きく違い、魔物である同性の古竜種へ性的興味が注がれる。古竜種は竜種の中でも最も強大な種であり、竜人種の憧れと同時に誇りでもある。テレスタ教を信仰していない者が多い竜人種の中でも、同性愛は過酷な差別の対象となる。
(でもこう言っちゃなんだけど好都合ではあるんだよな…俺は竜人種にも同性愛者にも大して偏見はないし、仲間になれる下地は十分揃ってるはずだ。)
恵に同性愛者への偏見は一切なかった。恵の祖国でも同性愛者への偏見はあったが、近年同性愛者への偏見をなくす運動が活発になっており、同性愛者への理解を深める機会が恵には何度もあった。もちろん恵の祖国の同性愛と、竜人種の同性愛は大きく異なる物であるが、セクシャル・マイノリティーへの謂れの無い差別・偏見を恥とする観念が恵の中には育っていた。
(うん、決まりだな。ゲルグートは俺がもらおう。問題はどうやって仲間にするかだな。)
恵としてはゲルグートに恩を売り、ゲルグートから自分を仲間にしてほしいと勧誘が来る形にしたかった。恩を感じている者に対して主導権を握ることは容易い。できれば恵自身がリーダーという形のパーティを組みたい、と恵は考えていた。
(相手に『自分の意思で話しかけさせる』事が重要、だったな、じいちゃん。)
恵は心の中で亡き祖父の教えを噛みしめ、これからの行動を練る。『黒い上位種』から連絡が来るまであと一週間、それまでにゲルグートを仲間にすることを目標にしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいゲル公!ここの皿洗っとけって言ったじゃねえか!」
「すんません。今やるんで。」
そう言うとゲルグートは厨房の流し台に向かった。今の今まで客への食事配りを命じられ、皿洗いの指示ははなかったが、竜人種の店員は文句を言わずに皿を洗う。差別対象の竜人種を雇う場所は少なく、更にベルグートが同性愛者という噂はアーステでも広まってしまっていた。この食堂から解雇されれば一人で『陵墓』に潜らねばならない。ベルグートは『陵墓』の危険性を熟知しており、一人で潜るリスクもよく知っていた。しかし古竜は強い実力を持つ者にしかその姿を現さないと言われており、ベルグートは大規模なアーステ『陵墓』への挑戦を諦めきれなかった。
もっともクランを追われ、新しいパーティを見つけるまではこの職に就かざるを得ない。ベルグートは心の中で深くため息をついた。
「さっさとこの皿出して来い、ウスノロが!」
ベルグートは配膳を命じられ、急いで料理を持って食堂ホールへ行く。まだ昼間だというのに酒を飲んでいる客も多い。ふとこのままこの食堂で働いていると自分もああなるような気がして、ベルグートはその鱗に寒気が走る。料理の乗ったトレーを持っていくと、テーブルにはいつぞやのはぐれ冒険者がいた。
「よぉ、仲間は見つかったか?」
ベルグートは冒険者に話しかけた。自分の種族を差別しない目で見る冒険者は久しぶりであったので、気安く話しかけてしまう。
「いーや、全然駄目だね。まぁ元狩人だし樹海で稼ぐのもいいかなぁとも思い始めたよ」
そうカルロ・ブラウノは苦笑いした。確かに革鎧も付けていないし、装備も小さな小刀だけだ。宿かどこかに弓矢でも置いているのだろう。
「アーステ近くの樹海は王家の直轄地だぜ。樹海で稼ぐならアーステからかなり離れたとこじゃないと駄目だな。」
「そうらしいな。このまま仲間が見つからなければ拠点をどこか小さな村にでも移そうかとも考えてるよ」
「そう…そうか。今日の夜予定がなければ酒でも飲まないか?狩人に戻る前に『陵墓』の話でも聞いてみる気はないか?」
ベルグートは自分でも不思議に思った。なぜ自分はこの冒険者もどきにここまで肩入れしているのだろうか?
「ん、それはいいな。生の『陵墓』の話はすごく気になるし。この仕事はいつ終わるんだ?」
「今すぐだ。昨日給料日だったからな。この仕事を続けるのもやめようと思ってたところだ。ちょうどいい、冒険者組合の近くにいい酒場があるのを知っているんだ。そこに行こう」
そう言うとベルグートは従業員を示すエプロンを脱ぎ去った。それを厨房に乱暴に投げ込むと、厨房からの怒声を気にすることなくカルロとともに食堂を後にした。
書き溜めなくなった




