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臆病者の地方工作員  作者: ポリタンクふじき
manager is always chuckling
11/12

1.アーステ

 きっかり二週間で恵とルトロはオスロタニア王国第二の都市、アーステへ到着していた。


 「確かにトラリアとは大きさがまるで違うな。どうだ?初めて見る他人種の街は」


 恵はそう横にいる黒髪・ ・()女性・ ・に話しかけた。


 「う、うむ。何というか、うん…圧倒されるな。これからはしばらくの間ここで生活し、任務をこなさないとならないのか…。ところで私の風貌はどうだ?おかしくはないか?」


 ルトロは道中で何度も行った問いを繰り返す。


 「何もおかしなところはないよ…しかし便利なもんだなぁ、君たちの魔法ってのは。」


 ルトロは『黒い上位種(ハイ・エルフ)』独自の魔法、『幻影仮面』により、風体を大きく変えていた。白髪は真っ黒になり、褐色の肌は白く、尖った耳は普人種のように小さく丸くなっていた。顔の造形については余り変化はなかったが、まさかこの女性が森人種(エルフ)の一種だと看破する人間はそうはいないだろう。魔力探知にも引っかからない、まさに秘伝の特殊魔法であった。


 「ふふん、そうだろう。我々が何代にも渡って研究してきた特殊な魔法だからな。熟練の哨戒兵ならば顔形、更には性別や体のサイズも変えられるんだ。」


 「おう…そこまで言っていいのか?どうせ俺には使えないから関係ないが」


 唯一の欠点は魔力消費が非常に特殊な点がある。この魔法を使用している場合、他の魔法の魔力消費が二十倍程にもなってしまうらしい。攻撃魔法を発動することなどまず不可能であり、戦闘は出来るだけ控える必要があった。もっとも、『幻影仮面』は戦闘を避けるための魔法でもあるのだが。

 

 身体を清潔に保つ身体洗浄魔法や、小さな火を発生させる程度の魔法しか使えない恵にとっては、まさに雲を掴むような魔法であった。


 「あぁ、私が知っていることなら君も知っているべきだ。エルダーもそう仰っていただろう?」


 「まぁ、そうだな。秘密にされるよりは嬉しいよ。…そろそろ街だな。俺はまず冒険者組合に移転届を出す。君は少し待っていてくれ。」


 「ん、わかった。その後はミレ商会とやらの本店を探すついでに、少し街を見学しよう。市街がどの様な構造になっているのか気になる。」


 「賛成だ…まず冒険者組合の事務所を探さないとな。街の外れにあることが多いんだが…」


 恵とルトロはアーステに入る。まずは冒険者組合事務所を目指す。事務所はアーステの東側にあった。アーステ郊外に『陵墓』があるためそこで活動する冒険者も多く、事務所はトラリアよりも数倍は大きいものだった。


 「じゃあ俺はちょっと転入手続きしてくる…君も来る?」


 「そうだな。野蛮な盗掘者どもの溜り場を見るのも一興だ。」


 エルフはなんとも高慢な言葉を吐き、恵について事務所に入っていった。君たち――いや俺たちも『陵墓』攻略を目指す冒険者とそんなに変わらないだろと少し笑う。


 「なんかトラリアより上品な気がする…金回りがいいのかな?」


 外装もトラリアのそれより大きく豪華だったが、内装も小奇麗だった。トラリアの事務所の薄汚れた野蛮さは一切ない。たむろする冒険者も洗練されていて、装備も質がよさそうだった。恵はカウンターで何かの作業をしている若い女性職員に話しかける。


 「すみません。トラリアから今日ここに来たんですけど転入手続きがしたいのですが。」


 「はい、アーステへようこそ。トラリア事務所の転出届の提出をお願いします。」


 「え、そんなん必要なんすか。」


 まるで祖国の市役所のようだ。意外とこの世界もしっかりしていると恵は少し焦る。冒険者組合は荒くれ者の多い冒険者をまとめる組織でもあり、その組合員の管理も重要な職務の一つでありこの世界にしてはかなり厳重だ。


 「ええ、必要ですよ。組合員になるときに説明されるはずですが?」


 「えっ、されたっけなそんなの…」


 「…ちょっと組合員証を拝見してもよろしいですか?」


 恵はバックパックから組合員証を出し、事務員に渡す。


 (うーんあの中年のおっさんそんなこと言ってなかったよな…?田舎だから仕事が適当なんだろうか)


 「カルロ・ブラウノさん…ああ、狩猟組合出身の方でしたか。…うーんそれなら説明されてないのもしょうがないかな。今回は特例として転入を認めますが、次回からは必ず転出届も忘れずに。」


 転入認めてくれるようで恵は安心する。祖国の役所ほどにはしっかりしていなくてよかった。


 「そちらの女性も転入ですか?」


 ルトロの事を忘れていた。恵は急いで言い訳を考える。人馴れしていないこのエルフに喋らせるわけにはいかない。


 「あー、外でナンパしてきたんです。美人でしょう?」


 興味深そうに事務所内を観察していた隣のエルフが、視線で厳しく恵を批難する。


 「…そうですか。あまり事務所に部外者を入れないように。ではアーステでの成功をお祈りしています。」


 若い女性事務員は幾分か軽蔑した様子で恵達を追い払った。



 「何がナンパだ、私を見くびるなよ。ナンパとはどういう意味の言葉かぐらいは知っている。高潔な我々種族を侮辱するのか」


 事務所から出たルトロはごく小さな声で恵をなじる。道の喧騒は大きく、隣にいても聞きづらいほどの声量だがはっきりと剣呑さは恵に伝わっていた。


 「悪かった、悪かったよ。人馴れしてない君を喋らせたくなくて、とっさに出ちゃったんだ。悪かった。…うん、それよりアーステを観光しよう。食文化は君たち種族が他種族に劣っている数少ない要素の一つだ。勉強しようじゃないか。」


 恵も小声で誤魔化す。早急にルトロの機嫌を直さなければならない。


 「…ふん、まぁいい。アーステの市街を偵察するのも仕事の内だからな。だが日が暮れる前にはミレ商会へ行くぞ。」


 なんとか誤魔化せたようだ。恵はとりあえず昼食を摂ろうと適当な料理店か屋台を探し出す。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 「ここがミレ商店だ。」


 夕方ごろまでアーステ市内を歩き回り、ルトロの案内で連れてこられたミレ商店はアーステ中心部から少し南にあり、二階建ての大きな建物だった。


 「でかい建物だな…雑貨屋だっけ?」


 「ああ、そうだ。表向きはな…とりあえず入るぞ。」


 そう言うとルトロは扉を開けた。恵は少し腰が引けていたが、ここでビビってもしょうがないだろと自分を叱咤し、ルトロに続く。店内はいくつかの棚に様々な調理器具や食器、工具やちょっとしたアクセサリーなどが陳列されている。ドアのすぐ横には防犯のためか、初老だが厳つい顔の男性が不機嫌な表情で椅子に座っていた。ルトロはその男に何やら耳打ちする。すると男性は小さな声でついて来いと言うと、店の奥へ進んでいった。恵とルトロは男について、店の奥の扉に入る。


 「…そこの階段を上ってすぐ右の部屋に入れ。」


 男はそれだけ言うと扉を開け、戻っていった。扉の奥は倉庫の様だった。恵とルトロは顔を見合わせ、階段を上る。窓が一つしかなく、夕方ということもあって薄暗かった。恵は薄暗い中でくすんだ色になったルトロの肌を見て、ルトロの褐色の肌を思い出した。


 ルトロはいささか緊張した様子で扉をノックする。中から落ち着いた女性の声で入るよう返答があった。ルトロが入りますと声をかけ、扉を開ける。


 「あなた方がお客様(・ ・ ・)ね?お名前を伺ってもよろしいかしら?」


 部屋には中年の、四十台半に見える普人種の女性が一人いた。ややふっくらした頬が裕福かつ柔和な印象を与える。もちろん『幻影仮面』で姿を変えた『黒い上位種(ハイ・エルフ)』なのだろう。机の向こう側に座っており、机の上には書類と羽ペン、インク壺が置かれている。


 「本部・ ・より来ましたルトロ候補です。こちらはカルロ・ブラウノ。彼は本部・ ・の特別な措置により我々の一員となりました。」


 その返答を聞くと中年の女性は少し微笑んだ後、机の引き出しから小さなベルを取り出し、二度鳴らした。

 ベルを鳴らした瞬間に、女性の表情は一変する。それまでの柔和な表情から厳しく射抜くような目つきで恵とルトロを見る。


 「これでこの部屋の防諜は完璧だ…貴様がルトロ一等哨戒兵候補、貴様がケイ・シマノだな?基地(ベース)からの報告書は読んでいる。二人とも優秀だが経験が圧倒的に足りないとな。」


 恵とルトロは一変した女性の雰囲気に身を強張らせる。この女性が直属の上司にあたる人物なのだと一瞬で理解した。


 「市内では中々気を付けていたようだがまだまだ甘い。貴様らが二人そろってここへ来る必要などどこにある?それに視線を動かし過ぎだ。アーステだからお上りの田舎者で済ませられるがここ以外では疑われるぞ。」


 いきなりの説教に二人は面食らった。その後も細かくアーステ市内での行動に注意がされた。一通り注意すべき点が述べられたのか、次に女性は訓示を述べ始める。


 「我々が最も避けなければならない事態は我々の存在の暴露だ。幸いにもアーステには現在、我々のような組織を警戒・対処する組織は存在しない。だが教会騎士団や貧民街を根城にする犯罪組織など警戒しなければならない組織も存在している…これからよく注意し、同時に善良なオスロタニア王国所属のアーステ市民として生活しろ。その上で自分の立場をよく理解し、本来の仕事(・ ・ ・ ・ ・)にも励むように。」


 恵とルトロはベルが鳴らされる前はしなかった、胸に拳を当てる、『黒い上位種(ハイ・エルフ)』流の敬礼と同時に了解と答えた。


 「自己紹介が遅れたな、私はフィルロ・ミレ…まぁもちろん偽名だがな。階級は特一等哨戒兵でアーステ支部の管理を行っている。これからルトロ一等候補はミレ商店で雇う形になる。ケイ・シマノは冒険者組合に入っていたな?では目立たないように自分で生活費を稼げ。」


 (無給かぁ、参ったな。ここらへんの冒険者の稼ぎ場っていうと…『陵墓』しかないか。)


 恵の祖国では考えられなかった雇用形態に、恵は心の中で溜息を吐く。


 「二人とも一年は研修期間だ。特にケイについてはこれから一ヵ月も試験期間内だ。結果が良くなければ基地(ベース)に送り返すことになる。」


 恵はにわかに緊張する。樹海へ戻されたならば『使命』の達成はより困難になるだろう。


 「さて…ここからは個別に話すことがある。まずはケイからだ。ルトロ一等候補は部屋の前で待機していろ。」


 ルトロが退出し、部屋には恵とフィルロのみとなる。


 「これから貴様にやってもらう仕事は、主にルトロ一等候補やそれ以外の人員の補佐だ。場合によっては荒事も覚悟してもらう。…トラリアでは盗賊団を根絶やしにしたようじゃないか?中々見事な手際だったらしいな。」


 恵は驚愕と後悔を混ぜ合わせたような表情になってしまう。できるだけ内心を表情に出すなと祖父によく言い聞かされていたのだが、殺人の記憶は恵には重い。


 「そんな表情をするな…荒事とは言っても我々が殺人を行うことは稀だ。人は死体に群がる習性があるからな。殺人や拷問、誘拐は最終的な解決手段だ。君の精神的な健康は保障しよう。」


 出会って間もない人物に精神が保障されても恵には安心できない。だが、目の前の上司が殺人がもたらす不利益やリスクを承知していることには少しばかり安堵した。


 「宿は手配している。ここから北北東…ちょうど冒険者組合事務所の近くに、『煙草と麦酒』という酒場兼安宿がある。手配は済ませてあるから貴様はそこに住むこと。用があるときはこちらから連絡する。最低でも二日に一度は宿に帰ることと、貴様から我々への連絡は原則認めない。基本的に貴様に降りかかったトラブルは貴様が解決しろ。必要と判断されたならば我々が介入する。以上、命令終わり。復唱。」


 「了解。ケイ・シマノはこれより『煙草と麦酒』に逗留、冒険者として生活します。連絡があり次第対応、私からミレ商会への連絡は原則禁止、私の周辺で起こった事件に対しては出来る限り自力で対処します。復唱終わり。」


 「よし、連絡はおよそ二週間後に入れる。それまでアーステに体を馴染ませておけ。基本的に自由に行動していいが、監視はついている。我々に不利益な行動をとろうとした場合は随時警告・阻止するので留意しろ。それでは退室後、宿へ行け。…これは当面の生活費だ、とっておけ。生活費は自力で稼いでもらうが、貴様は冒険者ではなく『黒い上位種(ハイ・エルフ)』の一員ということを忘れるな。あ、あと部屋を出たらルトロ一等候補をここに入れるように。」


 「ありがとうございます。それでは宿に向かいます。」


 恵はフィレロから幾らかの硬貨が入った袋を渡され、部屋を出る。扉のすぐそばで控えていたルトロに中に入るよう伝えた。


 「中に入れだとよ。…しばらくお別れだ、互いに頑張ろう。」


 「そうか…うむ。ケイも無事でな。」


 それだけ言ってルトロは部屋に入っていった。恵は階段を降り、店の倉庫の裏口から外へ出る。すっかり外は暗くなっており、恵は宿まで急ぐことにした。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 

 「ここが『煙草と麦酒』か…酒場兼安宿なんて言われてたけどほんとにそうなんだな。なんか悪い人の溜り場になってそうでやだなぁ。」


 恵は小声で独り言を言う。指定された宿は大通りから一ブロック外れた場所にあった。近くまで来るとガヤガヤとした喧噪が店内から聞こえてくる。酒場らしく男や女の笑い声や怒鳴り声が絶えないようだ。これからここで寝泊まりするのかと恵はうんざりする。


 「とりあえず入って食事にしよう。客層も知りたいし…」


 恵は頬を叩いて気合を入れ、店へ入った。カウンター席が十席ほど、丸いテーブル席が八席ほどある。席数は合計して四十席ほどで、四割ほどが埋まっていた。店外に漏れていた喧騒からは少ないように思える。恵はとりあえずカウンター席に座り、アルコール度数が抑えめの酒と軽食を注文した。メニューなどないが店の雰囲気からして料金は安めだろう。程無くして木製のジョッキに注がれた蜂蜜酒がカウンターの向こう側にいるバーテンダーから渡される。


 「ほらよ。ウチで弱い酒なんてこれしかねえ。新婚旅行にでも来たつもりか?」


 恵の祖国では考えられない接客態度だったが、恵はさほど驚かなかった。恵がこの世界に来てから五年ほど経っている。


 「下戸なんでな。…今日ここに来たばかりで宿がない。宿を借りたいと思ってるんだが頼めるか?」


 「運がいいな、お前さん。ちょうどさっき一部屋空いたからな、期間は?」


 「ん…二週間だ。いくらだ?」


 「一日十ダラで二週間で百四十ダラだ。」


 「馬鹿に安いな。そんなんでやってけるのか?」


 ダラとはオスロタニア王国の通貨であり、周辺の小国にも流通している。恵が昼間にルトロと食べた屋台の串焼きが一本一ダラであることを考えると、破格の安さと言えた。通常アーステでは宿一泊につき二十ダラ程度かかる。


 「客にもよく心配されるよ…ウチの馬鹿オヤジが血迷って無理やり増築したからな。部屋は狭いわベッドは固いわ壁は薄いわ下はこの通りうるさいわで十ダラでやっと客が入るくらいだ。冒険者組合が近いのが唯一の利点だな。」


 もっともお前さんみたいな貧乏そうな奴には人気だがね、とバーテンダーは付け加える。恵は防犯が気になったが、バーテンダー曰く宿泊客しか二階には通さないとのことだ。


 「…まぁいいかな。見ての通り金に余裕のある方じゃない。食事を済ませたら上がらせてもらうよ。」


 そうしているうちに厨房から肉を挟んだパンが運ばれて来た。


 「酒と合わせて五ダラだ。部屋は階段登って一番奥の右側だ。しばらくはうるさいから寝れないと思うがな。」


 恵は食事が終わらせるとバーテンダーの言う通りに部屋へ向かう。広さは恵が祖国で住んでいた間取り一部屋の単身者用アパートの半分ほどしかない。窓は裏通りに面しており、また雨樋を伝って屋根にも行けそうだ。恵は簡素な鍵を閉め、一通り怪しい物がないか確認した後に古臭いベッドに寝転んだ。少なくとも土の中よりは寝やすそうで、恵は瞼を閉じた。



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