1.あの世?
めんどくさくて(+私の力不足)本編中で説明できなかった世界観とかをこんな感じでやってきたいと思います。
俺は会社に向かって歩きながら出社を楽しみにしていた。
(今日からやっと一人前の社会人だ。新部署でのあいさつも考えたし、今日からバリバリ働くぞ!)
両親の顔がふと浮かぶ、就職が決まった時、息子がまた一つ大人になったことを誇りにしていた。俺はこれから親孝行をしようと決意する。まずは初任給で回転しない寿司屋に連れて行ってやろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ん?あれ!?何だここどこ!?」
俺は出社中だったはずだが、いつの間にかどこだわからない森にいた。全く理解できない現象に脳みそが最高潮に混乱する。
「バッグは?てか服も違くなってるし!」
通勤時に身に着けていたものは全て無くなってしまい、代わりに何の素材でできているか分からない質素な無地の服に着替えている。
それどころか
「てか肌が白く…腕の黒子もなくなってるし」
まるで自我だけ保ったまま身体だけ別の物になったような感覚。猛烈に鏡が見たいが当然持っていない。
「何が起きてるんだ…てかここほんとどこ…?」
周囲には木々が無数に生えており、地面はなだらかな斜面のようだ。どこかの山らしい。服が薄いこともあり少し寒い。
ガサリ、何かがすぐ近くで動く音がして俺は思いっきりビビりながら、その方向に振り向く。獰猛な獣とか出てくるなよ、と願う。
「君、こんなところで何してる。」
四十代後半程の中年の男だった。何かの獣の皮製のようなごわごわした物を羽織っている。
「あ、あの!すみませんここは一体…」
俺はここまで言ってやっといきなり現れた男が日本人ではないことに気付く。日に焼けてはいるが白い肌で、鼻が高い。髪は金色と茶色を混ぜたような色だった。
「あーえーっとウェアーイズ…ってさっき日本語話してたか。す、すみませんあのここはどこなんでしょう?」
男は山奥らしき場所に軽装備で立ちすくむ俺を訝しげに見ていたが、少し笑うと、こう言った。
「ふむ。君の状態には心当たりがある…少し歩いたところに私の小屋がある。着いてきなさい。」
「は、はぁ…わかりました」
この男を信用ししていいものかと思ったが、今の俺は何も持っていない。物盗りなどではなさそうだ。
「心配せずとも、危害は加えないよ…少し昔話をするだけだ。」
男は俺が警戒していることを瞬時に看破する。それより昔話だって?俺は何一つ理解できない現状のこと知りたいのだが。
男はそのまま歩き出した。質素で地味だが丈夫そうな靴を履いている。俺は何も履いていない、素足だった。
十数分ほど歩き、質素な山小屋が見えてくる。この男の住処なのだろうか?
男に促されて俺は山小屋に入る。ベッドとテーブルと椅子、それと何かの道具箱と何に使うか分からない道具類、それぐらいしか物ない小屋だった。電線や水道メーターすらないがトイレや風呂、キッチンはどうしているのだろう。
「座りなさい。白湯しか作れないが身体は温まるだろう。」
そう言って男は一旦小屋から出る。キッチンは外にあるのか、不便そうだなぁ。と思っているとすぐに男は小屋に戻ってきた。手には二つの粗末なマグカップがあり、中身は分からないが湯気が立っている。この一瞬にどうやって湯を沸かした?
「飲みなさい…心配せずとも毒など入ってないよ。君を昏倒させて私が得られるものなど何もないだろう?」
確かにそうだ。寒かったので素直に飲む。癖はあるがただの沸騰させた水らしい。
「君の出自には心当たりがある…懐かしいな。」
「いや、懐かしいも何も僕は日本人ですよ…さっきまで○○県の××市にいたんです。気が付いたらよくわからん山によくわからん身なりになっていたんです。眠らされて身ぐるみ剥がされて捨てられたんでしょうか…一体ここはどこなんでしょう?」
「ふふ…いや笑うのは失礼だな。今から君には全く納得し難い事を言うが心して聞きなさい。すべて事実だ。」
男はマグカップに少し口をつけ、再度口を開く。
「この世界には日本などという国はない。今我々がいるのはオスロタニア王国という国の辺境の山中だ。」
「は?」
としか言えない。何言ってんだこのオッサン?ドッキリかと思ったがぺーぺーの中小企業の新米社員にこんな大がかりなドッキリを仕掛ける組織がいるとは思えない。
「既に信じられない様だな…話を続けよう。先ほど言った通りここには日本などという国はない。アメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパ諸国、全て無い。全く『異世界』と言っていいだろう。地球とは大きさと自転周期以外は何もかもが違う天体だ。」
頭が痛くなってきた。どうもこの目の前の中年男は正気で言っているらしい。狂っているのは俺の方なのか?
「…いきなりそんなこと言われて、信じられる訳がないでしょう。」
「うむ、君の言う通りだ。君から見れば私は狂人だろうな。…そうだな、地球には『魔法』が無かったな、それを見せよう。」
魔法?魔法って映画とか漫画の世界に出てくるあれか?俺はいよいよ目の前の男の正気を疑い始めた。
「見てろ…それ、どうだ」
男は人差し指に注目するよう言うと、男の人差し指に小さく火が灯る。当然それだけでこの男のいう事を全て信じることなどできない。マッチかライターを隠し持ってるんじゃないか?下らない手品だ。
「えっ、マッチでも持ってるんじゃ」
「持ってないだろう。触ってみるか?本当の火だ…火傷するから勧めないがね」
男は火の灯った手を握ったり開いたりして俺に示す。掌の表にも裏にも何の仕掛けも見当たらない。火に触ってみようとするが触る前に熱でわかる。一体何を燃料にしているのかは分からないがこれは火だ。
「で、ですがそれだけでここが地球じゃない…『異世界』などと信じられる訳ではありません。」
「ま、そうだろうな。気にするな、そのうち分かる。地球からの移転者はそうなっている。」
「そのうち分かるじゃ困るんです!研修明けにいきなり無断欠勤とか冗談じゃないですよ!」
目の前の男に大声を出してもしょうがないのは分かっているが、どうしようもない。俺は混乱していた。
「そう案ずるな…何年かかるか分からんが上手くやれば会社にも間に合うさ、恵くん」
「え?なんで俺の名前を?」
「君にはまだまだ話すことが沢山あるが…まずは君の『使命』と『期限』、『能力』が分かってからだな。今の君は卵から生まれたばかりの弱弱しい雛のようなものなんだよ。この世界について知るより先に自分のことを知る必要がある。」
「いや、もう、理解できないことだらけですよ…自分が何をしたらいいのかすらわからない」
俺は小さく声を出す。本当に何が起こっているのか全く分からない。唯一分かるのは目の前の男が自分の助けになりそうという事だけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
二日たった。俺はいくらか絶望しながら自分と自分が置かれた状況について理解していった。水瓶に張られた水面を覗くと自分の顔が変わっていたことも助けたのかもしれない。まさしくここはファンタジー世界だ。黒い髪の毛以外俺らしさはどこにもない。
「うむ、自分の『使命』と『期限』は分かったようだね。『能力』とその『代償』についてはまだ分かってないようだが…」
この男は俺の頭の中を覗けるのか?
「はい、なんと言えばいいのか分かりませんが…こう、ふと頭に浮かんできました。『ある部族の悲願を叶える』、『期限は二百年』です。」
「なんともあやふやな『使命』だな…あと、その『使命』と『期限』については出来るだけ…いや絶対に他人には言わない方がいい。君はこの世界の人々からすると純然たる『異世界人』なんだ。」
「はい、わかりました。…この『使命』とやらを『期限』内にこなせば元の世界に帰れるんですね?」
「そうだ。少なくとも私はそう思っている。逆に『使命』の達成が無理な状況に陥ったり、『期限』内に達成できなかったりする場合は…まぁ普通に寿命という形で死ぬだろうな」
「それは嫌ですね…日本にはまだやりたいことも残ってますし、家族や友人もいます。何としても帰りたいのですが…」
そこで俺はふと思った。この男は何者なんだろう?今更疑問に思うのもなんだが、俺の名前を知っていたり、地球の事を知っていたりと謎が多い。
「あの…あなたも元『地球人』なんでしょうか?どうして私の名前を知っていたのでしょう。」
「それはな…」
男はそこで少し迷うような表情になる。だがすぐにその表情を打ち消し、続けた。
「私たちの『ルール』も教えておこうか。君の名前については私の『能力』によるところが多い。私は君が現れる百五十年ほど前に『こちら』に来た。出身国は日本。地球からは大体一度に十人ほどの人々が『こちら』に連れてこられる…」
静かに、落ち着いた声音で男は俺に語り出した。
十人ほどの人達がこの世界に強制的に連れてこられ、それぞれが違う『使命』と『期限』、『能力と代償』を持たされているらしい。国籍はアジア系が多く、様々な年代(大体二十世紀半ばから二十一世紀半ばまでとのこと)から連れてこられるらしい。それらの人々の中の最長の『期限』が近くなるとまた地球から新しく人々が拉致されてくる。まだ確認できただけでこの男で二世代目、俺で三代目だそうだ。『使命』、『期限』、『能力と代償』は全くのバラバラで、課せられた『使命』に釣り合わない『期限』や『能力』というのもままあるらしい。
「ま、私は非常に強力な『能力』を持っていたが『使命』はついぞ果たせなかったがね…私の寿命が近づいてきたから君が連れてこられたのだろう…それにしても恵くんに会うことになるとは…無作為抽出かと思いきやそうでもないのかもしれんな、ふふふ」
「で、あなたの『能力』は何なんです?ていうか能力以前に私の事をご存知の様ですが…」
「もう後数年で死ぬだろうし言ってもいいだろう。私の『能力』は『のぞき穴』と言ってね、他人の現在の名前や年齢、身長体重に体調や…まぁその他諸々全ての個人情報を強制的に閲覧できる『能力』だ。」
さらっと言っているけどとんでもなく強力そうな『能力』だな。それで俺の名前や元日本人だということを知ったのか。
目の前の男は何でもないような素振りで話を続ける。
「私も地球に家族を残していてね。しかし私がこちらに来たのは死ぬ直前だったからな。あまり未練もないんだ。戻ったところですぐ死ぬだけだろうしな。」
「ん?はぁ、そうですか」
唐突な自分語りに俺は少し困惑したが、目の前の男はあまり気にしていないようだ。
「妻の名前は大井 佳枝…まぁ妻は私がこちらに来る五年ほど前に他界してしまったがね。娘が一人いて名前は文香、その夫…私の義理の息子の名前が嶋野 恵吾、その息子、私の孫の名前が…」
急に家族のことを語り始めたかと思えばその名前らには全て聞き覚えがあった。それも当然だ、それらは全て俺の家族だったのだから。
「えっもしかしてあなたは…」
「そうだ。私の名前は大井 英治。平成二十二年、西暦二〇一〇年にこちら側にやってきた、君の祖父だ。」
「えぇっ!俺のじいちゃんは俺が十歳くらいのときに病院のベッドで…」
「ほう、そうなっているのか。また文香を泣かしてしまったな。」
「いやいや俺も泣いてたよ!あんなに俺の事可愛がってくれてたじゃないか」
「そうか…じじいの愛情でも恵くんに伝わっていたのは嬉しいな。」
ん?いやいやなんで俺信じちゃってんだ。この男の『能力』が本当ならばこの男に俺の個人情報は全て筒抜けなのだからこれだけで判断するのは早計だろう。
「いや…いやいやいや待ってください。確かに大井英治は私の祖父で、先にあなたが挙げた名前もすべて私の家族です…しかしこれだけであなたが私の祖父と考えるのは早計でしょう。あなたの『能力』が本当ならば私の過去を知るのも簡単でしょうし」
「ん、確かにそうだな…まぁ私の能力は現在時点の情報しか知りえないのだが…。そうだな、あれは恵くんがまだ八歳の頃だったかな?恵吾くんに…恵くんはお父さんに叱られて、私に…」
それから目の前の男は滔々と孫との思い出を語り始めた。甘えられたこと、甘やかしたこと、遊びを教えたこと…全て俺の記憶の中にある祖父と一致した。
「そこであまりにも恵くんが可愛かったから、本当は文香に禁じられていたんだが私は恵くんにとっておきの羊羹を…」
「わかりました、わかった、わかったよ…確かにあんたは俺のじいちゃんみたいだ…しかし信じられない。見たところ四十台のおっさんじゃないか。俺の見た最後のじいちゃんはヨボヨボで病院のベッドでよくわからんホースまみれだったぞ」
「ああ、言ってなかったか?地球人は連れてこられるうちに働き盛りの肉体を与えられるんだ。私もこちらに来た時は二十代ほどの肉体だったからな。」
「ああそうだっけ、老化もかなり遅く進行するんだっけか。だから百五十年経ってもその姿なのか…」
「精神は老化しないから安心しなさい。…成長はするがね。」
まだ二十二歳の俺には成長と老化の違いが分からない。
「で、だ。これからの話だが私はあと五年ほどで死ぬ。これはもう動かしようのない宿命だ…しかしここにちょうどよく現れた可愛い孫に、私が地球やこの世界で得た技術・技能を伝授したいと思っている。どうかな?私がここに生きたという証を残したいんだ。私に君の五年間をくれないか」
俺はふと考える。俺はこの世界について未だほとんど何も知らない。魔法があるようだがどういうものなのか想像もつかない。百五十年この世界で生きてきた祖父の知恵を伝授されるのは全く悪くない気がする。『期限』は二百年もあるんだ。五年くらいは勉強に当ててもいいだろう。
俺は二つ返事で祖父の提案を了解した。会社での研修時に習った、『何らかの契約を結ぶときはその条件や内容を三度読み、更に上司や先輩と一緒に読んでよくよく確認すること。』という教えはこの時すっかり俺の頭から抜け落ちてしまっていた。
チート無しとか言ってましたけどこれ結構チートですね




