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1.出発

 そろそろ出発しよう。


 嶋野 恵(シマノ ケイ)はやっとの思いでそう決心し、祖父の墓前から立ち上がった。この世界には線香も卒塔婆もない。碑銘すらないただの石でできた質素な墓だったが、恵はそこから立ち去るのに長い時間を要した。


 これから恵はたった一人で生きていかなければならない。親類も友人もなく、自分だけで自分を生かさなければならない。幾度となく覚悟していた現実であったが、恵には未だにこの事実を受けきれずにいた。


 「とりあえずは街に出て仕事を探さないとな。」


 恵は無職であった。これまで4年間ほど祖父とともに山を駆けずり回り『訓練』に明け暮れていた。食事は野山で獲った山菜や獣を調理したものがほとんどであり、恵にはこの生活を続ける気はなかった。さらに『使命』の関係から世界中を旅しなければならないかもしれない。ある程度の資金を蓄える必要もある。


 拠点を山から麓の街に移す必要がある、と恵は考えた。自分が全く世間知らずであるのは承知していたが、麓の街ならば何度となく祖父から与えられた『訓練』で足を運んでいる。ほんの数人だが知り合いもいるし何とかなるだろう、と恵は考えていた。それに『訓練』の経験を実践により補完する必要があった。現在の拠点から街まで恵の足で3日ほどかかる。恵は必要な荷物をまとめて拠点を後にした。


 

 「見えてきたな…。今日は久しぶりにベッドで寝れる。…あっ」

 

 3日かけて昼前に街に着いたはいいが、恵はここで宿に泊まる資金がない事に気が付いた。街に入るのは身分証明書代わりの狩猟組合の会員証があるので問題ないが、宿に泊まれなければ拠点として街を利用できない。恵は全くの一文無しであり、長期的な資金繰りよりも当面の資金問題を解決する必要があった。街の目の前まで来てやっと資金の問題に気付いた自分の間抜けに恵は苦笑する。


 「まぁ最悪近場で野宿でもすればいいか。とりあえずは職を見つけなきゃな。」


 恵の希望としては依頼を受けてそれをこなし賃金を得る、というような職だ。一般的な店舗従業員のような時間が固定されるような職は恵のこれからの計画には不適当だ。多少のリスクは承知で冒険者のような仕事を受けるしかない。


 「しっかし人生でまた就活をする羽目になるとはね…。今回は楽に決まりそうだけど。」


 小声で愚痴を言いつつ街の入り口近くにある冒険者組合の事務所に到着。木造二階建てで近くの建物よりも二回りは大きい。隣には練兵場のような空地がある。恵は少し物怖じしつつも両開きのドアを開けた。


 (うわ、なんかゴツくて怖い人ばっかりじゃん…)


 冒険者とはこの世界でも特にリスクの高い職業であり、命のやりとりは軍に所属する者より多い。気性の荒い者も多く、むしろ繊細な人物は向いていないとされている。

 事務所の中で何かを待っている風に男たちがたむろしていた。皆大柄で剣を腰に差している。その中で茶色く退色したような革鎧をまとった大男が恵に絡んできた。


 「よぉボウズ、ここらじゃ見ねえ面だが新米か?」 

 

 恵は荒事が苦手であり、臆病な性格をしていたため事務所にたむろする冒険者たちの雰囲気に一瞬で呑まれてしまっていた。


 「はははい。ちょっと遠くの山で狩人なんてしてたんですけどね、そろそろ一攫千金なんてのに憧れちゃいまして、組合員にならして頂こうかななんて思っちゃったりしなかったり…」


 最後の方は非常に声が小さくなってしまった。


 「ほーん狩人ってことは狩猟ギルドから鞍替えか。冒険者はあんな腰抜けどもにできる仕事じゃねえよ。さっさと帰って兎と戦ってろよ。」


 恵は周囲の男たちからの嘲笑を受ける。危険な魔獣との戦闘が仕事の冒険者は、比較的安全な獲物を狙う狩人を見下す風潮があった。恵もよくそれを承知でいたのだが、思わず正直に自分の身元を明かしてしまった。


 「ははは…嫌だなぁ皆さん、そんなにいじめないでくださいよ。皆さんの邪魔にはなりませんから…今日はとりあえず手続きと簡単な依頼受注だけして帰るんで…。」


 恵の腰くだけな様子に満足したのか、男たちは大笑いしてそれ以上に絡むことはなかった。

 恵は安心して手続きができそうな事務員を探す。


 (ひえぇ…やっぱガラの悪い連中が集まるんだなぁ。でも冒険者組合には入っとけってじいちゃんも言ってたし、なんとか組合員にならないと。)




 恵はしばらく事務所内を見渡して、とりあえずカウンターの向こう側で事務作業をしているらしき中年の男性に話しかけることにした。


 「あ、あのうすみません。組合員になりたいんですが手続きってどうするんでしょう?」


 事務員らしき中年の男性は恵に話しかけられ羽根ペンを止めた。


 「ああ、それならここで出来ますよ。えーっと、氏名と年生年月日、住所と主に使う武器をこの紙に書いてください。」


 「狩猟組合の組合員書でなんか手続きができるみたいなことを聞いてたんですけど。」


 「ああ狩猟組合員の方でしたか、じゃあ証明書をちょっと貸してください。えー…カルロ・ブラウノさん、22歳、武器は…弓矢、と。ん?弓矢だけですか?」


 偽名が疑われるかと少し警戒したが、問題ないようだ。狩猟組合に入るときに祖父に後見人になってもらったのが効いてるようで恵は心中で祖父に感謝する。 


 「あー…狩りばっかしてたもんで。あとは解体用に小刀を使います。」


 「住所がないんですが。」


 ここで事務員は少しだけ目に疑念の色をのぞかせた。


 「ずっと農家の小屋に住まわせてもらってたんですけどね、とうとう追い出されてしまって…。どうせ宿を借りることになるんなら一攫千金を狙って冒険者にでもなろうかなと。」


 ここで用意していた嘘を出す。これで世間知らずの馬鹿な田舎者に見えるはず、と恵は踏んでいた。


 「そうですか、では宿の名前を…ああないなら決まってからで構いませんよ。野宿ですか?ならば大体どのあたりに逗留しているかをここに書いてください。宿が決まったら再度手続きに来るように。じゃあはい、これが仮組合員書です。宿が決まったら仮じゃなくなりますよ。」


 (まぁ実際世間知らずの馬鹿な田舎者だしね。)


 恵は心の中で苦笑した。恵の期待していた通りに事務員は恵を若干見下すような声音になり、手続きは進んでいった。


 「ありがとうございます。これで依頼を受けることができるんですね?」


 「はい、しかし仮組合員書は1ヵ月で失効するので注意してくださいね。再手続きには料金が発生するので留意しておいてください。細かな規則は狩猟組合のものとほとんど同じです。まぁそのうち狩猟組合は冒険者のそれに吸収されるらしいですし特に問題はありませんよね?」


 狩猟組合が吸収されるなんてことはたった今知ったので恵は少し驚いたが、事務員の口調からするに周知の事実の様なので表情は変えずに返事をする。


 「はいわかりました。依頼ってのはあそこの掲示板に貼られてる…」


  細かなことを事務員から教えてもらい、ついでに近場でこなせる薬草採取の依頼を受けて恵は事務所を出て行った。

しばらく主人公はしゃべりません

奥手ですね

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