表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

それが、彼のため 後編

 カーテンの隙間から朝日が漏れて、部屋の中へと射し込んでいた。


 薄目を開けていたが、それも何となく気怠くて、もう一度目を瞑った。


 時間になったらリンちゃんが起こしに来てくれるだろう。


 昨日あんな事があったせいで、なかなかと寝つけなかったから眠たいし。


 そのまますぐに二度寝してしまった。






 腹部の痛みで目が覚める。


 内側からの痛みじゃなく、外部から与えられた痛みだ。


 激痛というほど痛くはなかったが、目を覚ますのには十分な威力はあった。


 痛みの原因を探るために布団の上を見ると、目覚まし時計が落ちていた。


 それ以外に変わったものは無いので、これしか考えられない。


 そして、腹の上に勝手に目覚まし時計が落ちてくるなんてことは、まずありえない。


 つまり…。


「リンちゃん? おはよう」


 カチューシャは机の上。


 だが、おそらくこの部屋の中にいる。


 少し待つとシャーペンが動きだし、空中からメモ帳の紙が舞って落ちた。


 拾い上げてみると、いつもみたいに丁寧な文字が書かれていた。


 『おはようございます』


 …心なしか、その言葉が冷たく感じられる。


「えっと…目覚ましを、落とした?」


 なんとか言葉を選んだつもりだったが、結局、今の状況をそのまま言っただけだった。


 また少し待ち、再び空中から舞ってくるメモ帳の紙を拾い上げた。


 『ごめんなさい。手が滑ってしまって』


 これはわざとだ。


 わざとやった時に使う嘘だ。


 やはり昨日の一件が問題だろう。


 どういう風に切り出したらいいものか。


 普通に謝るのが一番効果的なんだろうけど…。


「気にしなくていいよ。誰でも失敗しちゃうことくらいあるからさ」


 言い出せない。


 部屋を出ると、すでにテーブルの上には朝食が準備されていた。


 まだ湯気の立っている出来たての朝食だ。


 それらを、よく味わいもせずにささっと胃の中まで押し込んでしまい、非常に早く片付いてしまった。


 味わおうと思ったところで、こんな状態じゃ分からなかっただろう。


「今日も美味しかったよ」


 『ありがとうございます』


 もうそろそろ学校に行かないといけないので、着替えなどの諸々の準備を済ませた。


 いつもと変わらないようで、全く違う。


 俺の気のせいであれば、それが一番いいことなんだけども。


「それじゃあ行ってくるね」






 気が付いたら学校に着いていた。


 ずっと考え事をしていたら、道中の事が記憶にない。


 足だけが勝手に学校に向かってくれていた。


 ありがたいといえばありがたいが、問題を解決するための方法が見つからない。


 解決するために考え事をしていたはずなのに。


「昨日、大丈夫だったか?」


 教室に入るなり、さっそく友人が話しかけてきた。


 後悔先に立たずとはまさにこのこと。


 鍋パーティーなんてやらない方がよかった。


「まぁ、どちらかというと大丈夫じゃない方向だ」


 おもにリンちゃんとの関係が。


 友人はそれだけを聞くと昨日の女友達二人のところに向かっていき、何か話をしている。


 何だろうか?


 別に謝ってもらおうとか、そういうつもりはなかったのだけど…。




 そのまま時間は進んでいき、結局、今日一日の授業が終わるまで例の三人が謝りに来るなんてことはなかった。


 だとしたら、いったい何の話をしていたのか。


 また鍋パーティーとかの計画だったら絶対に断るが。


 帰ろうと教室を出ようとした時に、ようやく後ろから話しかけられた。


「大丈夫じゃないって本当? それなら…」


「いや、謝らなくてもいいよ。ジョークで言っただけだからさ」


「あ、あのね、そうじゃなくって。一度お祓いとか行ってみた方が良いんじゃないかなと思って」


 お祓い…?


 それって、あのヒラヒラの紙みたいなやつがついた棒でシャカシャカやられるやつか?


 霊的なものにどれだけ影響するのか分からないが、良い影響はないだろう。


 リンちゃんは地縛霊で俺に憑いているわけじゃないから、効果はないと思うが。


 危ない橋は渡らないのが正解だろう。


「そんなのいいって。いくらいわく付き物件だからって、気にしすぎだろ」


「普通はそういうの気にするよ。少しでいいから行ってみようよ」


「遊びに行く感覚でさ。俺達もついていくからよ」


 人が行かないと言っているのに、なぜ粘ってくるのか。


 さっき話してたのは、きっと俺はお祓いに行かないだろうから、なんとか行かせる手段を考えてたのか?


 だが、これはさすがに危なすぎる。


 最悪、リンちゃんが消えるなんてことにでもなったら…。


「どんなに言っても行かないからな。お祓いなんてバカバカしい」


 話を切り捨てて帰ろうとすると、肩を掴まれて再び引き留められた。


 空いた手でその手を払って強引に教室から出ていき、早足で歩いた。


 明日と明後日は休みだし、週明けには変な事も言ってこなくなるだろう。


 なおも後ろから呼び止める声が聞こえたが、俺が足を止める事はなかった。





「ただいまー」


 いつもみたいにメモ帳が飛んできて、リンちゃんがお出迎えしてくれる。


 やっぱり俺が気にしすぎているだけなのだろうか?


 『おかえりなさい。今日もお疲れ様です』


 どう見てもいつも通りだ。


 では、なぜこんなに違和感を覚えるのか。


 リンちゃんとの関係はギクシャクさせたくないし、胸のわだかまりを捨てきってしまいたい。


 だが、口にはなかなかと出せず、とりあえず部屋に戻って着替えることにした。


 着替えている最中、閉めたはずの部屋の扉が開いた。


 もちろん、そこから入って来るのは一人しかいない。


「え、ちょ、リ、リンちゃん…?」


 無言で俺の後ろまでやって来ると、そのままの状態で動かなくなった。


 都合よく解釈するとこの状態はもしかして、後ろから抱き付かれているという事だろうか?


 今までそんなこと一度もされたことなかったのに、このタイミングでしてくるなんて。


 俺の気のせいなんかじゃなかったのかもしれない。


 昨日の事が、やはり関係しているとしか思えない。


 しかしこの状況をどうしていいのか分からず、俺はただ固まっていた。


 しばらくそうしていると、やがてリンちゃんの方から解放してくれた。


 そして何も言わずに部屋から出て行ってしまった。


 …いったい今のはなんだったのか。





 『晩ごはんできましたよ』


 運ばれてくる晩飯。


 作りたてで温かい料理と、すぐ隣にいるリンちゃん。


 なんだか、今日のリンちゃんは積極的な気がする。


 原因は分かっているが、こういう行動に出るのかが分からない。


 全く悪い気はしないんだが。


 むしろ嬉しいくらいだ。


 こんなに積極的なら、もういっその事このままでいい気がしてきた。


 『一人で食べられますか? 私が食べさせてあげますね』


 なんだこの興奮できる文章は。


 本当にリンちゃんなのか?


「…誰かと入れ替わったりしてないよね?」


 浮いた箸が唐揚げを一つ掴み、俺の口へと運ばれてきた。


 食べてもいいのか!?


 こんな夢みたいなことが現実であってもいいのか!?


 口を開けると、唐揚げの味と熱さが夢でない事を証明してくれていた。


 涙を流しそうになりながらその唐揚げを味わっている時に、ようやくこの行動の意味が分かった。


 急に頭が冷静になり、口の中のものを素早く飲み込んだ。


「リンちゃん…ごめん。気付かなくって」


 おそらく、驚いた顔をしているだろう。


 浮いていた箸が床に落ちて、軽快な音を立てた。


「リンちゃんにしてもらうのが一番だよ」


 確証はないが、あの鍋の時のシーンを見ていたのだろう。


 そのシーンを見てやきもちを焼いたのだと思う。


 妙に積極的だったのも、そのせいって事だとすれば辻褄が合う。


 『ごめんなさい…』


 俺には見える、リンちゃんの泣き顔が。


 そっと両手を背中に回し、抱きしめるような体勢にした。


 俺の胸の中で、リンちゃんが泣き止むまで、作ってくれた晩ご飯は冷めてしまったが、ずっとそのままでいた。







 カーテンの隙間から朝日が入り込む。


 目覚まし時計を見ると、いつも休日に起きる時間よりも早い時間だった。


 自分で起きるだなんて、いつ以来だろうか。


 リンちゃんと出会った当時は、まだ起こしてもらうなんて事してもらわなかった気がする。


 それがいつの間にか…。


 まぁ、たまには早起きもいいだろう。


 三文ほど徳をするかもしれないしな。


 部屋を出ると、机の前に浮かぶカチューシャ。


 動かないという事は、まだこちらに気が付いていないようだ。


 さっそく三文の徳が得られそうだ。


 足音を立てずにゆっくりと近づいて、驚く姿を拝もうではないか。


 慎重に…慎重に、あと少し…。


 広い家ではないので、本当に短い距離だったのだが…。


 急に、危険を察知した草食動物のような動きで、カチューシャがこちら向いた。


 爪先立ちの状態で立ち止まる俺。


 動き出すメモ帳とペン。


 『おはようございます。今日は早起きですね』


 バレてしまっては仕方がない。


 大人しくリンちゃんの隣に腰を下ろした。


 落ち着く間もなく、家のインターホンが鳴った。


 いったい、こんな時間に誰が何の用で来たというのか。


 通販で何か買った覚えもないし、回覧板か何かだろうか?


 とりあえず出てみない事には分からないので、不審に思いつつも玄関を開けた。


「ういっす!」


「は?」


 なぜ、玄関の前に友人が立っているのか。


 それも、前のメンバーも揃って。


「寝起きかな?」


「やっぱり早すぎだよ…」


「…何しに来た」


 後ろにいる老人も気になる。


「……」


 目を合わせると、背筋に悪寒が走った。


 足元を見てみると、友人が玄関の戸を足で押さえている。


 明らかに不自然な格好だ。


 昨日の話と、今日いる老人。


 繋がらないわけがない。


「な、今ちょっとくらい時間あるだろ?」


「ない。帰ってくれ」


 閉めようとすると、やはり足を入れてきた。


 ここまで来たら、もはや話し合いではどうにもならない。


「開けろ!」


 友人もそれが分かっており、女友達二人も加わって玄関の戸を引っ張る。


 さすがに三人がかりで来られたら勝てるわけもなく、大きく戸は開けられた。


「なにすんだ! やめ、やめろこの野郎!」


「大人しくしろ! お前、こんなとこに住んでるからおかしくなっちまったんだよ!」


 俺がいつおかしくなったというのか。


 昨日の話から察するに、こいつらが連れてきたババアもロクな奴じゃない。


 なんとかリンちゃんを逃がさないと…。


「重々しい空気じゃ…いま祓ってやろう」


 懐から、よく見るあの紙のヒラヒラしたやつが付いた棒を取り出した。


 何をするつもりか嫌でも分かる。


「放せ! クソ野郎!」


 三人といえども、二人は女だ。


 それだけの力では、さすがに押さえられはしない。


「ここまで憑依されていると、先に元を断たねばならん。家の中から強い気を感じる」


 棒を持ったババアは駆け足で家の中へと侵入していった。


 六本の腕を強引に振りほどいて後を追いかけようとするが、それをさせまいとしつこく腕が絡んでくる。


「やめろおぉ! 邪魔するなクソ共! 死ね! どけ!!」


「押さえられません! 早くしてください!」


 蹴りを数発入れて女二人は怯んだが、こいつだけは怯まない。


 顔面に右手の拳を飛ばすが、簡単に止められて捻られた。


 残った左手で殴り飛ばそうとするが、相手の方が早かった。


「あと少しで終わるから少し大人しくしやがれ!」


「意味分かんねぇことばかり言ってんじゃねぇよ!!」


 体勢もままならないまま、目的と手段が逆にならないように冷静になった。


 あくまでも目的は、家の中に入っていたババアを止める事だ。


 時間稼ぎされている場合ではない。


 男を無視して、俺もリンちゃんの場所へと急いだ。


 しかし、そう簡単には行かせてくれない。


 左腕を引っ張られて、場所を入れ替えられた。


 廊下の中央に仁王立ちされ、意地でも通さないつもりだろう。


 クソッ! クソが!




 物が落ちる音が、騒がしい空間でもよく聞こえた。


 一瞬にして体から力が抜けていく。


 間に…合わなかった…?


 嘘だろ?


 少し前まで、驚かそうと企んで、逆に見つかって…。



 家の中から、棒を持った老人が戻ってきた。


 その棒を俺に向けて数回振りながら、なにかを呟いている。


 お祓いでもしてるつもりか?


 バカバカしい。


「もうお祓いは終わったんですか?」


「あぁ。後はゆっくりと休ませてやりなさい。治療も忘れずに」


「ありがとうございます」


 バカ同士が会話してやがる。


 冗談か、そうでなければ夢であってくれ。


「これでもう大丈夫だね」


「安心して生活できるよ。本当に助かってよかった」


「俺達は友達だからな。殴ったことくらい、今回は水に流しといてやるよ」




 こうして、いわく付きだった物件は、ただの優良物件へと変わった。


 今までの思い出も、全部、きれいさっぱりなくなった。

なんとか月末に間に合いました。


「玄関先に騒いでるのに、なんで誰も来ないの?」等の質問は御法度です。

なんかそういう都合の良い感じです。


途中でやめておけば、ただのハッピーエンドで終わったのに…。

リンちゃんが消えるオチだけを先に考えていたので、その部分までは適当です。

ノリだけで書き始めない方がいいという教訓になりました。


後味悪いですが、次回作があるかどうかは未定。

場合によっては、これで完結。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ