私を地味だと捨てた王子が、本当は美しかった私に婚約をやり直したいと言っております。
「お前とは婚約解消する。私にはもっとふさわしい相手がいるはずだ」
いきなりそう言い放ったのは、ハルディン第二王子、金髪碧眼の美男で顔だけは良い男だ。
ディアリシア・ファデル公爵令嬢は、扇を手に、まずは呆れ果てた。
「ハルディン殿下はわたくしの家に婿入りするはずでしたが」
「ああ、それは父上が決めた事だ。だが私はこの通り美しい。お前のような地味な令嬢と結婚するのはちょっとな」
確かにディアリシアは、眼鏡をかけ、茶の髪に青い瞳で、それほど派手な令嬢ではない。
そもそも、ディアリシアもハルディン第二王子もまだ、17歳。
王立学園で勉学に励んでいる最中だ。
だから、ディアリシアは派手な見た目はまだ必要ないと思っていた。
勉学に励むのに、派手な見た目はかえって邪魔だ。
ディアリシアの両親は目を見張る程の美男美女。
ファデル公爵夫妻が夜会に出れば、皆、注目する程の美しさだ。
年を経て、父は美しさの中に男の色気を、母も美しさの中により洗練された品の良さを。
それぞれ醸し出していて。
夜会ではいつも注目の的だった。
社交シーズンでない限り、両親は領地に籠って、領地経営に専念している。
そして現在、社交シーズンが始まろうとしていた。だから両親も王都の屋敷に滞在している。
ハルディン第二王子は、
「あのファデル公爵夫妻の娘だから、私は期待したのだ。それなのに、お前は輝く程の美しさの欠片も無いではないか。私はパド王国の第二王子だ。王族だ。私にふさわしいのは美しき婚約者、美しき結婚相手だ。それなのに、お前ときたら地味で冴えない女で私は恥ずかしい」
ディアリシアは頭に来た。
「確かに外見は大切でしょう。しかし、わたくしの中身を貴方は見ていないのでは?わたくしは一人娘です。ファデル公爵家を守っていくために、必死に今、勉強をしている最中ですのよ。勿論、公爵家の娘としての社交もきちっと行っております」
「でも、来月は社交界にデビューする。私はお前なんぞとデビューしたくない。だから婚約解消を宣言する」
「後悔なさいません?」
「ああ、するものか」
そうしたら、留学していたガデル帝国のリゼル第二皇子殿下が声をかけてきた。
「聞いたぞ。それならば、私が婚約者に立候補して良いという事だな。ハルディン」
「勿論だ。こんな冴えない女、お前にくれてやろう」
リゼル第二皇子は、ディアリシアの前に跪いて、
「私との婚約を考えて下さいませんか?貴女の聡明さに私は惹かれておりました。私は第二皇子なので、婿入りには支障ありません。帝国はパド王国とのより深い繋がりを求めております。貴女に利になる婚約になること請け合います」
ディアリシアは微笑んで、
「まぁ嬉しい事を言って下さるのね。まずは父に承諾を。ハルディン第二王子殿下におかれましては、わたくしと婚約解消したいとおっしゃっておりますので。これは決定事項でしょうね。王族が宣言した言葉を取り消す事はなさいませんから」
ハルディン第二王子は頷いて、
「当たり前だ。私はもっと美しい令嬢と婚約することにする」
ディアリシアは呆れ果てた。
「承知致しましたわ。両親にも報告致します。よろしいですわね」
家に戻る時に、リゼル第二皇子殿下が馬車に乗り込み、同行を願い出た。
そのままファデル公爵家にリゼル第二皇子は乗り込んで、
「ハルディン第二王子が婚約解消を宣言しました。どうかお嬢様との婚約をお許し願えないでしょうか。私はこのファデル公爵家に婿入りしたい」
両親はあまりの展開に驚いた。
父がディアリシアに、
「いいのか?本当に?王家に確認するが」
ディアリシアは、
「わたくしの地味な顔が気に食わないと申しておりました」
母が扇を手に呆れ果てたように、
「元々、出来が悪い王子でしたもの。婚約解消を願い出てくれてよかったですわ」
リゼル第二皇子は、ディアリシアに、
「それではディアリシアと私の婚約を」
ファデル公爵は慌てて、
「王家に確認してからだ。後、帝国の皇帝にも、うちとしては帝国と繋がりが持てる事は領地経営に利があるからよいが」
王家に今回の事を確認する書簡を送った。
王宮に来るように呼ばれたので、両親とディアリシア、揃って王宮に出向いた。
国王陛下が、ハルディン第二王子を呼びつけて、
広間で皆で集まり、
「本当か?ハルディン。婚約解消をディアリシアに突き付けたとか」
「本当です。父上。私はディアリシアのような地味な令嬢と結婚したくありません」
「その前にだな。ファデル公爵家は婿入り先として最高の名門だぞ。それなのに?」
「私は美しい女性と結婚したいのです。それが私にとって一番なのです」
「あああ、王妃に先立たれたからって、私が教育をしっかりと見ていなかったのがいけなかったのか」
国王陛下は、ファデル公爵夫妻とディアリシアに、
「申し訳なかった。王族が一度言った言葉は取り消す訳にはいかない。婚約解消をしよう」
ディアリシアは嬉しかった。
そもそも、ハルディン第二王子の事なんてなんとも思っていなかった。
ただただ出来が悪くて、うわべだけしか見ていない愚かな王子だと思っていた。
だから、婚約解消を認められて良かったと思えた。
リゼル第二皇子と正式に婚約が結ばれた。
リゼル第二皇子は黒髪碧眼の美男だ。
共に王国の事を学び、真摯な姿にディアリシアは好意を持つようになった。
リゼル第二皇子殿下なら、わたくしと共にファデル公爵家を盛り立てていくのにふさわしいお方だわ。
リゼル第二皇子と話をするととても楽しい。
彼は知識も深くて、飽きない。
ディアリシアは、
「わたくし、貴方と婚約が結べた事をとても嬉しく思っておりますわ」
とある日、公爵家の庭でディアリシアはリゼル第二皇子の手を握り締めてそう、言えばリゼル第二皇子は、
「私も同様に思っているよ。ところで、今度の夜会デビューをするのだろう?その時のドレスは私に贈らせて欲しい」
「よろしいの?」
「君の髪はわざと茶にしているね。眼鏡も伊達眼鏡だと解っているよ。何故?わざと地味にしているんだ?」
「学園で学ぶ身ですので、あまり目立つと勉学の邪魔になるからですわ」
「でも、今度の夜会デビューの時は、思い切り、君の真の姿を見せて欲しい。ファデル公爵夫妻に似ているのならば、美しい金の髪のはずだ。深紅のドレスを贈ろう。薔薇の花を思わせるような。首飾りも深紅にして、髪に薔薇の花をあしらった髪飾りにしよう。私は黒一色の装いにする。君を輝かせる為に」
「嬉しいですわ。わたくし、貴方の期待に添えるように輝いて見せます」
リゼル第二皇子が顎に手を添えて、そっと唇を重ねて。
初めての口付け。
胸がドキドキする。
リゼル様の事が好き。とても好きだわ。
夜会では彼の期待に応えるように、美しく花開こう。そう思えた。
そして一月過ぎて、夜会の日。
深紅のドレスを着て、髪に赤薔薇の髪飾りを、首元には深紅のルビーの首飾りをして、真っ黒な装いのリゼルにエスコートされ、ディアリシアは会場入りした。
金の髪はキラキラ輝き、深紅のドレスは幾重にも薔薇があしらわれており、あまりの美しさに周りの貴族達から注目が集まる。
「あれはどこのご令嬢?エスコートしている男性も素敵ですわ」
「ファデル公爵令嬢だ。エスコートしているのは隣国のリゼル第二皇子殿下」
「ああ、なんてお似合いな。ファデル公爵夫妻のご令嬢なら、あの美しさも頷ける」
リゼル第二皇子と共に広間の中央でダンスを踊る。
この日の為に完璧にダンスを練習してきた。
だから、決して間違える事はない。
華麗にダンスを踊る。
リゼル第二皇子のリードも完璧だ。
踊っていたら声をかけられた。
「ディアリシアなのか?あの地味なディアリシア???」
ハルディン第二王子が口をあんぐりあけて、こちらを見ていた。
せっかくの美男が台無しだ。
ディアリシアは優雅に微笑んで、
「ええ、ディアリシアですわ」
「詐欺だっ。お前は地味な女だろう?こんな美しい女ではなかったはずだ」
「学園で勉学に励む間はわざと地味にしておりましたのよ」
そしてはっきりと言ってやった。
「リゼル第二皇子殿下はわたくしの内側も見て下さいました。外側だけでなく。それに比べて、貴方は美人と結婚したいからと、わたくしとの婚約を解消しましたわね」
「だって、お前は地味だったから」
「そんな愚かな方とわたくし婚約解消されて良かったと思っておりますわ」
「今からでも遅くはない。私が婿入りしてやる。再び婚約を結んでだな」
リゼル第二皇子が庇うように前に進み出て、
「私と既に婚約を結んでおります。貴方が婚約解消したご令嬢ですから、もう遅いですな」
ハルディン第二王子は悔しそうに、リゼル第二皇子を睨みつけた。
はっきりとディアリシアは言ってやった。
「ですから、もうわたくしはリゼル第二皇子殿下と婚約を結びましたの。再び婚約は二度とありません。どうかわたくしに構わないで下さいませ」
ハルディン第二王子はがっくりと肩を落として、広間を出て行った。
ディアリシアは晴れやかな気持ちで、リゼル第二皇子とダンスを楽しむ。
最高の夜会デビューになった。
ディアリシアは王立学園を卒業した。
リゼル第二皇子との、結婚準備で毎日忙しい。
ハルディン第二王子は、新たな婚約者を探しているらしいが、見つからないようだ。
美人な令嬢でなくては嫌だ発言が、貴族達に知れ渡り、愚かな王子として敬遠されているのだ。
それにハルディン第二王子が婿入りして恥ずかしくない年頃の高位貴族家の令嬢には既に婚約者がいたり、結婚したりしていたので。
ハルディン第二王子は嘆いた。
「ディアリシアの美しさにもっと早く気づいていればっ」
王家が帝国の高位貴族の家に、頼んで、婿入り話をかろうじてまとめた。
ハルディン第二王子より5歳年上の夫が亡くなった女性だ。
しかし、せっかく話が纏まったのに、
屑の美男をさらう変…辺境騎士団にある日、突然、さらわれて彼は戻って来なかった。
国王陛下は嘆いたが、奴等から取り返せはしないので、どうする事も出来なかった。
今頃は、屑の美男として奴らの餌食になっていることであろう。
ディアリシアは今、とても幸せである。
リゼル第二皇子殿下との結婚式が楽しみで。
その時は思い切り、素敵なウエディングドレスを着て、皆に披露しよう。
美しさは真に愛する人の為に見せるものだから。
空は青空。ディアリシアの心は空のように晴れ渡っているのであった。




