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夫が妹を妊娠させ、両親は祝福しています。では、全員まとめて破滅してください。

作者: よみなぎ
掲載日:2026/11/04

「おめでとう、エミリア! これで我が家にも孫ができる!」


父が満面の笑みで杯を掲げた。


「本当によかったわ。身体を大切にするのよ」


母は妹の手を握り、涙ぐんでいる。


「ありがとう、お父様、お母様」


妹のエミリアは幸せそうに微笑んだ。その隣には、私の夫が座っていた。


「これからは私がエミリアと子供を守ります」


夫のロベルトが誇らしげに宣言した。


私は紅茶をこぼしかけた。


「……待ってください。エミリアのお腹にいる子供の父親は、ロベルトなのですか?」


「そうよ、お姉様。もう三か月になるの。私たち、本当に愛し合っているのよ」


「……ロベルト、本当なの?」


「ああ」


「いつから?」


「君と結婚する前からだ」


四年前、私はロベルトと結婚した。


彼の商会を支え、いつか二人で事業を大きくしようと思っていた。


その夫が、結婚前から私の妹と関係を持っていた。


「どうして私と結婚したの?」


「当時の商会には資金が必要だった。君との結婚は、経営上どうしても必要だったんだ」


「つまり、私のお金が必要だったから?」


「そんな言い方をするな!」


父が不機嫌そうに口を挟んだ。


「過去のことを蒸し返してどうする。今日は新しい命を祝福する場だぞ」


母も頷いた。


「そうよ、クラリス。エミリアは昔から身体が弱かったの。ようやく幸せをつかんだのだから、喜んであげなさい」


「お姉様なら、きっとわかってくれると思っていたわ」


エミリアが微笑む。


私は四人を見た。


誰一人として、謝ろうとしなかった。


「……私には、何をしてほしいのですか?」


父が当然のように答えた。


「ロベルトと離縁してもらう。エミリアと正式に結婚させるのだ」


「私の気持ちは?」


「姉なのだから、妹の幸せを優先するべきだろう」


その瞬間、胸の奥に残っていた何かが切れた。


この人たちにとって、私は家族ではなかったらしい。


「……わかりました。離縁いたしましょう」


四人の表情が明るくなった。


「そうか! わかってくれたか!」


「ええ。愛し合う二人を引き裂くわけにはいきませんものね」


私は微笑んだ。


「ただし、財産の清算は契約どおりにお願いします」


ロベルトの笑顔が消えた。


「……財産の清算?」


「あなたの商会にお貸しした金貨八千枚。半年後が返済期限ですね」


「なっ……!」


私は父に顔を向けた。


「それから、お父様。伯爵家にお貸しした金貨五千枚も、同じく半年後が期限です」


父の手から杯が滑り落ちた。


「ま、待て! クラリス! そんな大金を一度に返せるわけがないだろう!」


「四年間の猶予がありましたよね?」


「それは……!」


ロベルトが立ち上がった。


「クラリス! 君は私の商会がどうなるかわかっているのか!」


「返済できなければ、担保を処分することになりますね」


「そんなことをすれば商会が潰れる!」


「そうですね」


父も叫んだ。


「伯爵家だって破産するぞ!」


「ええ。そうなるでしょうね」


「お前は家族を見捨てるのか!」


「いいえ。皆さんには愛があるのでしょう?」


「……何?」


「愛する人と一緒になれるのですもの。お金の問題など、きっと乗り越えられますわ」


エミリアの顔から笑みが消えた。


◇


離縁は十日後に成立した。


私は祖母から相続した個人財産を持ち、王都に所有する建物へ移り住んだ。


そして、社交界の友人たちに離縁を報告した。


「まあ、クラリス様。突然どうなさったの?」


「夫と妹が四年前から愛し合っていたそうなの。今は二人の間に子供もできて、とても幸せそうよ」


「……四年前?」


「ええ。私が結婚する前からですって」


友人は絶句した。


「ご両親は、何と?」


「大喜びでしたわ。妹の幸せのために、私に離縁するよう勧めてくださったの」


その日のうちに、話は社交界へ広まった。


数日後、父が私のもとへ怒鳴り込んできた。


「クラリス! お前は何を考えている!」


「何のことでしょう?」


「ロベルトとエミリアのことだ! なぜ社交界に言いふらした!」


「離縁の理由を尋ねられたので、正直に答えただけですが」


「おかげで伯爵家は笑いものだ! 取引先の貴族からも距離を置かれている!」


「まあ」


私は首を傾げた。


「愛し合う二人が結ばれたのですもの。おめでたい話でしょう?」


「不倫だぞ! しかも姉の夫を妹が奪ったのだ!」


「お父様は祝福していらしたではありませんか」


父は口を閉じた。


「ご自分で祝福した結婚を、今さら恥だとおっしゃるのですか?」


「……家族の恥をさらすなと言っている!」


「では、最初から私に謝ってくださればよかったのでは?」


父は顔を真っ赤にした。


「お前は父親に逆らうのか!」


「もう伯爵家から独立しています。私の発言に、お父様の許可は必要ありません」


私は扉を示した。


「お話が終わったなら、お帰りください」


◇


次に、ロベルトの商会から連絡が来た。


「クラリス様! ロベルト様が、すぐにお会いしたいと!」


私は代理人に確認した。


「私の保証は、すべて終了していますね?」


「はい。離縁に伴い、契約で定められた保証の終了手続きを済ませました」


「では、問題ありません」


ロベルトの商会は、私の信用を利用して取引を広げていた。


私が紹介した取引先も多い。


ただし、離縁後も私が商会の信用を保証し続ける理由はなかった。


私は取引先に、今後はロベルトの商会の債務を保証しないと正式に通知した。


取引を続けるかどうかは、各社の判断に任せた。


結果は早かった。


それまで後払いで商品を仕入れていた商会は、前払いを要求されるようになった。


信用取引を打ち切る商会も現れた。


ロベルトが私の仕事場へ押しかけてきたのは、その三日後だった。


「クラリス! 君のせいで仕入れができなくなった!」


「私のせい?」


「君が保証をやめたからだ!」


「離縁したのですから、当然でしょう?」


「今までどおり保証してくれればいいだけだ!」


「私には何の利益があるのですか?」


「元夫を助けるのに、利益など必要ないだろう!」


私は少し考えた。


「ロベルト。あなたは、私と結婚する前からエミリアを愛していたのですよね?」


「ああ。それがどうした!」


「では、商会が苦しいときも、彼女が支えてくださるでしょう」


「エミリアに商売のことなどわかるわけがない!」


「でも、愛があるのでしょう?」


ロベルトは黙った。


「愛し合う二人なら、きっと力を合わせて乗り越えられますわ」


「……君は本当に、冷たい女だな」


「そうですか。では、温かいエミリアのところへお帰りください」


◇


さらに一か月後。


商会の帳簿を調べていた代理人から、報告が届いた。


「クラリス様。ロベルト様がエミリア様に贈られた別邸と宝飾品ですが、購入資金は商会から支出されています」


「商会名義の財産ですか?」


「別邸は商会名義です。宝飾品についても、贈与ではなく商会の備品として処理されています」


「つまり、エミリア個人の所有物ではないのですね」


「はい。商会の資産です」


私は頷いた。


「では、担保の確認に必要な財産として、正式に調査を進めてください」


商会は返済期限まで半年しかない。


その間に、資産が勝手に処分されては困る。


私は代理人を通じ、契約で認められた範囲で財産の保全を求めた。


数日後、エミリアが泣きながらやってきた。


「お姉様! ひどいわ!」


「どうしたの?」


「別邸を取り上げられるなんて! あれはロベルト様が私に贈ってくださった愛の証なのよ!」


「でも、商会の所有物なのでしょう?」


「そんなの関係ないわ!」


「関係あるわよ。商会のお金で買ったものなのだから」


「お姉様にはお金があるじゃない!」


「ええ。だからこそ、自分のお金と他人のお金は区別しているの」


エミリアは唇を噛んだ。


「宝石まで返せなんて、あんまりよ!」


「商会の資産なら、返して当然でしょう?」


「愛の証なのよ!」


私は微笑んだ。


「愛の証を手放しても、愛そのものは残るでしょう?」


「……!」


「ロベルトはあなたを愛しているのでしょう? 宝石がなくても、幸せになれるわ」


エミリアは何も言えなくなった。


「それとも、宝石がなければ愛せないの?」


「そんなことないわ!」


「よかった。それなら安心ね」


◇


半年が過ぎた。


社交界で信用を失った父は、新たな融資を断られ続けていた。


ロベルトの商会も仕入れが滞り、売上が急減していた。


別邸と宝飾品は商会の資産として整理されたが、他の借金も多く、返済資金は足りなかった。


そして、約束の日が来た。


私は代理人から報告を受けた。


「ロベルト様の商会からは、金貨八千枚の返済がありませんでした」


「伯爵家は?」


「金貨五千枚、こちらも返済されていません」


「では、契約どおりに」


代理人が頷いた。


商会の主要店舗と倉庫は、私の貸付金の担保になっていた。


伯爵家の王都の屋敷と領地の収益権も同じだ。


担保の処分によって私の貸付金は回収されたが、二人には他の債権者への借金が残った。


ロベルトは商会を失い、父は屋敷と領地の経営権を失った。


二人とも破産した。


◇


「クラリス!」


ロベルトが私の応接室へ飛び込んできた。


その後ろには、エミリアもいた。


二人とも以前とは見違えるほど質素な服装だった。


「君は本当に人の気持ちがわからない女だな!」


私は紅茶を置いた。


「あなたよりは、人の気持ちがわかるつもりですよ」


「何だと?」


「例えば、四年間も不倫していた元夫が、その不倫相手を連れて金を無心に来たときの気持ちなら、今まさによくわかっています」


ロベルトは言葉に詰まった。


「それから、エミリア。あなたの気持ちもわかるわ」


「……な、何よ」


「裕福な商会主の妻になるはずだったのに、商会は破産。実家も破産。頼れる人が誰もいなくなって、とても困っているのでしょう?」


「お姉様……!」


「でも、安心して。お金がなくても、愛があれば幸せになれる。それがあなたたちの気持ちでしょう。よくわかっているわ」


私は二人に微笑んだ。


「どうぞ、お幸せに」


ロベルトは唇を震わせた。


「……君は、本当に冷たい女だ」


「そうかもしれませんね。ですが、あなたは私より愛情深い女性を選んだのでしょう?」


ロベルトは何も言えなかった。


エミリアが泣きながら叫んだ。


「お姉様にはお金がたくさんあるじゃない! 少しくらい分けてくれてもいいでしょう!」


「そうね。十分にあるわ」


「だったら!」


「でも、あなたたちに使うお金は、もう銅貨一枚もないの」


私は立ち上がった。


「お二人とも、どうぞお帰りください」


アンナが二人を見送った。


扉が閉まる音がした。


私は窓の外を眺めた。


王都の空は、今日もよく晴れていた。


◇


半年後、ロベルトとエミリアが離婚したという噂を聞いた。


商会を失ったロベルトは仕事を転々とし、エミリアは実家へ戻ったそうだ。


だが、父と母も屋敷を失い、狭い借家で暮らしている。娘を養う余裕などないらしい。


愛があれば幸せになれると言っていた二人は、金がなくなると互いに責任を押しつけ合うようになったという。


私は少しだけ笑ってしまった。


あの人たちの愛は、ずいぶんとお金がかかるものだったらしい。


◇


「クラリス様! 新店舗の開業、おめでとうございます!」


新しい商業施設の開業を祝う宴で、従業員たちが杯を掲げた。


「ありがとう。皆さんのおかげよ」


回収した資金を使って始めた事業は、順調に成長していた。


以前ロベルトの商会で働いていた従業員も何人か雇っている。彼らは真面目で、仕事熱心だった。


「クラリス様、次の店舗の計画について、ご相談があるのですが」


経理責任者が声をかけてきた。


「もちろん。聞かせて」


アンナが隣で微笑んだ。


「クラリス様。本当に楽しそうですね」


「ええ。楽しいわ」


自分で稼いだお金を、自分で選んだ人たちのために使う。


自分の人生を、自分の意思で決める。


私は窓の向こうに広がる王都を眺めた。


夫と妹に子供ができたと聞かされたあの日、私はすべてを失ったと思った。


けれど、実際には違った。


失ったのは、私を大切にしない人たちだけ。


そして手に入れたのは、自分の人生だった。


「さあ、次はどんな商売を始めましょうか」


私は笑顔で、次の計画書を開いた。

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