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第04話 アホ毛は茂みに生える

 

 瞳を焼くような眩い光が収まり、徐々に視力を取り戻した目の前にあったのはボロアパートの六畳間ではなかった。

 

「死に ──── って、ん?」

 

 空高くそびえる木々が生い茂り、木洩れ日が一面を淡い緑色に照らしている。


 呼吸に合わせて湿った土のような匂いが鼻を通り、耳をすませると鳥のような生物の鳴き声が聞こえてきた。


 それはもう〝まさに〟という森の中で……。

 

「夢じゃないよな。──── パンッ」


 軽く叩いた頬にじんわり広がる痛み。


 間違いない。

 俺は太陽の爆発に巻き込まれたはず……。

 なら恐らく ──── ん?


「なんだこれ!?」


 ふと視線を落とすと、覚えのない服が視界に入った。


 白いフード付きのチュニックに、黒地のズボン。それに皮のベルトとブーツまで……まるでRPGの初期装備である。


 知らない場所に。知らない恰好。

 どうやら俺は本当に異世界転移とやらをしてしまったらしい。


「すぅ ────」


 ざわつく心を深呼吸で落ち着ける。

 が、それでも抑えられないワクワクが口をニヤけさせた。


 そりゃそうだろ?


 ラノベやアニメで憧れ、幾度となく妄想してきた異世界という場所に今、俺自身が立っているのだから。これで心躍らないのは男じゃ……いや、オタクではあるまい。


 まぁとはいえ……。

 

「大冒険の始まり ──── ってな話でもないんだよなぁ」


 右に左に前と後ろ。どこを見ても森、森、森、森な景色は、その夢にまでみた異世界を手放しに喜ばせてはくれなかった。

 

 早く妹を探しに行きたいのだが、手がかりは神の言っていたグロリアスという国名のみ。こんな森の中ではなんの役にも立たない情報である。


 まぁ……誰か原住民に会って聞けば分かるだろう。一旦の目標はこの森を出て人に会うことだな。というか、人類が全員転移したはずなのに周りには誰もいないのか?


「おーい、誰かいないかー」


 叫んだ声が、虚しく森の中に溶けていく。


「居ないか……とりあえず適当に歩こう」

 

 一見、地球と変わらない世界。惑星のサイズは三倍ほどだと女神は言っていたが、質量が小さいのだろうか? 重力も特に違和感はない……。

 

「うわ、めっちゃ綺麗」


 森を闇雲に歩いていると、視界がふっと開ける場所に出た。中央には底が見えるほど透明度の高い池が見渡す限りに広がっており、吹く風に合わせて水面に映った木々の緑が優しく揺れている。


 なんとも神秘的な場所だった。


「若っ!? 誰だよこれ……」


 その美しく波打つ鏡面にふっと自分の顔が映った時、俺は目を疑った。そこには全く身に覚えのない男がいたのである。


 二十歳前後だろうか? 特徴のない黒髪とMOB顔……。この服装と相まって、最近ネタ集めのために始めたMMORPGのキャラクリで、何の設定もせずにOKを押してしまった時の主人公そっくりである。


「これじゃ転移じゃなくて転生じゃん……。こんなこと、女神は何も言ってなかったよな?」


 んー……困ったな。


 人類が皆、転生して肉体が作り変えられてしまったのだとすると、ますます妹を探すのが難しくなってしまった。この容姿では、すれ違った程度じゃ気づけまい。へたしたら数回会話したとしても……。


「ま、今考えても仕方ないか」


 なんなら見た目はクオリティアップな気もするし。心機一転、第二の人生の始まり始まり。なんてな、ポジティブに捉えよう。

 

「って、ナニコレ!?」


 池の周りをブツクサ言いながら歩いていると、いつのまにか傍らには巨大な石碑が佇んでいた。

 長い年月をここで過ごしたのだろう、苔むしたその石碑の表面には掠れて到底読めたものではない文字が刻み込まれている。


 それはこの世界で初めて目にした人工物で、人の気配が一切なかった森を彷徨っていた俺は仄かな安心感を覚えた。


 自然と手が伸びる。


 文字をなぞり、そのざらりとした石肌の感触を指先が受け取った瞬間。石碑はグラりと傾いた……。

 

「やべっ、ちょちょちょちょちょ。待っ ────(ズーン!!)うぉっ」


 周辺の木々を揺らす衝撃と共に地面に倒れ込んだ石碑。その鈍い音に驚いた小動物達は木陰に身を隠し、揺れる木々からは鳥のような生物が飛び立っていく。


 ……………。


 訪れた静寂。


「やっちまったぁ。何かの記念碑とかだったらどうしよう」


 頭を抱え、居るはずもない目撃者を確認しようと辺りを見渡したその時。

 

──── カサッ


 近くの茂みが揺れた。


「ん?」


 みると、その一部からは薄水色の……くるりんとカールする異物が生えていた。目を凝らさずともそれが何なのか、脳が一撃で理解する。


 人間の髪、アホ毛だ。


 バレていないとでも思っているのだろうか? こちらをじっと見つめている二つの金色の瞳が、茂みの隙間から丸見えである。


「あのー……」

「……………」


 明からさまにソイツの方を向いて声をかけてみるが反応はない。


 さて、どうしたものだろう……。


 息を殺して微動だにしない謎のアホ毛。その下でパチパチと瞬きをする瞳とは、確実に目が合っているはずなのだが……。本人はやはりバレていないつもりらしい。


 だったら……。


 ワザとらしく、大袈裟に視線を池の方へと逸らしてみる。


 身体ごと後ろを向くと見せかけ ──── って360度ターン!!


「……ひゃぁっ!?」


 女の子が釣れた……。


 それもとんでもない美少女だった。


 茂みから木陰へ移ろうとしたのか、片足立ちした謎のポーズのままフリーズし、全身があらわになった彼女。


 茂みの中にいた時には分からなかったが、パステルな水色の髪は腰へかかるほどに長く、両サイドで黒いリボンに縛られて、編まずにほどけたおさげになっていた。


「あわわあわわわ」


 女の子の表情から読み取れる明らかな動揺。無造作に降ろされた前髪の隙間から覗くおっとりとした垂れ目の中では、オロオロと金色の瞳が震えている。


「で、でかい……」


 思わず心の声が漏れてしまった。


 身長ではない。むしろ背は低いほうだ。

 アホ毛といい、童顔といい、女の子の雰囲気は幼い。きっと高校生ぐらいだろう。


 だからこそより目立つものが……。

 

 制服のブレザーのような紺色の上着は、主張の激しい二つのたわわによって大きく盛り上がり、茂みの葉っぱが幾枚かくつろいでいた。


「えっと女子高生……? あ、ちょっと!!」

「ひぇっ!!」


 声をかけようとすると、またすぐに女の子は木の裏へ隠れてしまった。


 だが……。

 頭隠して尻隠さずとはまさにこのこと。

 

 木の幹からはヒラヒラと揺れるギンガムチェックなグレーのプリーツスカートに、むっちりとした太もも、若干だらしのない白のソックスと、光沢のある黒いローファーがはみ出している。


 それともう一つ……あれはなんだ?


 彼女の背中からは茶色いなめし革のホルダーに入った、八の字のような銀色の取っ手が見えていた。


 まさか……。いや、近くで確認したい。


「あのー見えてるよ? お尻」

「う、うそっ!?」


 ばっと両手でスカートが抑えられ、下半身が木の裏に隠れる。

 そして今度は女の子の顔が逆側から飛び出した。


 ゆっくりとコチラへ回る彼女の首。

 目と目が合い、その雪のように白い頬を汗がツーッと伝い落ちる。


「いや、もう隠れても意味ない……ってか君も転移者だよね?」


「す、すすすみません、()()()知らない男の人に会ったものでつい……。お、男は狼だから気をつけろと聞いたことがありまして……」


 またもやヒュっと顔が引っ込み、木の裏から声だけが飛んできた。透明感のある囁くような声だ。


「狼? いやいや、食べたりしないから出てきてよ。俺も君が初めて会った人なんだ」

「…………」


 そーっとこちらを覗きみると、野良猫が警戒心を抱きながら徐々に寄ってくるかのように彼女は木陰から出てきた。


 体をすぼめ、オドオドしながらゆっくりと近づいてくる女の子。


「いや、でかっ……」


 揺れるたわわもそうなのだが……、その一歩ごとに彼女の背中にあった異質物が存在感を増してゆく。


 俺がこの子を転移者だと決めつけた理由。目の前の女子高生っぽい女の子は、身の丈ほどもある巨大なステンレス製のハサミを背負っていたのである。


「あ、こ、これですか? わ、私、美容師になるのが夢で。それでハサミを選んで……。まさかこんなに大っきくなるなんて思っても見なくて……。こ、ここって本当に地球じゃないんですかね?」


 まだ薄っすらと警戒心が残っているのだろう。オロオロしながらチラリとだけハサミを見せてくれる彼女。


「どうやらそうっぽいね。異世界転移ってやつ」

「転移……そういえば女の人がそんなこと言ってたような」


「地球の神な、まさかのラノベ展開にびっくりしたよね」

「ラノベ?」


 ほよっ? っと首を傾げる女の子。


「あぁ普通知らないか。よくあるサブカルチャーコンテンツなんだ、こういう異世界に主人公が転生するって物語……ってごめん名乗るのが遅れたな、俺は天成てんせい水無月みなづき 天成てんせい


「エ、エルミスです。エルミス=メルキュリア」


 が、外人……?!

 ってまぁ不思議はないか、地球丸ごと行ったわけだし。


 でもなんで言葉が通じて? それに髪も水色なんて……。いや、これは野暮すぎるか。俺の身体がそうだったように、やはり見た目は世界に合うよう新らしく作り替えられているのだろう。


 もはやツッコむまい。

 あるあるだ、異世界あるある。


「よろしく、エルミス」

「こちらこそよろしくお願いします。テンセイさん」


 それから俺は持っていたラノベの知識を少しだけエルミスに伝えてみせた。


 どこまで役に立つか分からんが、ファンタジーの基礎情報くらいは頭に入れておいて損はないだろう。それにこの後、通例に従ってゴブリンみたいなのが出てきた時にパニックになられても困るからな。


「──── ってな感じかな、多分これが異世界転生ものの基本」

「す、すごいですねテンセイさん。物知りだ」


「いやただオタクなだけよ? それに、この世界に通用する知識とも限らないから」

「そんなっ、凄く頼もしいです。そ、その……、良かったらこの後もテンセイさんについていってもいいですか? 私……ずっと一人だったので……不安で」


 上目遣いに見上げてくる金色の瞳。

 目が合うとそれは一瞬で伏せられ、彼女はほんのりと頬を染めて俯いた。


「だ、ダメですかね?」

「いや全然大丈夫だけど正直、俺も自信ないよ? 現に森を彷徨ってたわけだし」


「やたっ。いえいえ一緒に居てくれる人が居るだけで嬉しいというか。最後に一人は……」

「ん?」

「い、いえっ、何でも。……もう一人は嫌だなって」


 彼女の含みを持たせた沈黙にはどこか違和感はあったが、それを払うが如くブンブンと振られた両手によって俺の疑念はかき消された。


「じゃあとりあえず森を出たいから歩こうか。道とか分からない……よね?」

「そ、そうですね。私も闇雲に歩いていたので」


 互いに顔を見合わせ、歩き始める俺逹。


 不思議と不安はなかった。


 この高揚する謎の気持ちは、ここから冒険が始まるのだというワクワク感なのか? はたまた別の……。


──────


 異世界転移をして初めて出会ったのは、バカでかいハサミを持つ水色のアホ毛と解けたおさげが可愛らしい美少女でした。

 ……あとおっぱいがデカい。

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