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第20話 正体、いまだ不明につき


 これからもよろしく、エルミス。


 キリッ!!


 なーんって、カッコつけながら言った手前……。いよいよパン屋じゃ締らなくなってきたぞと焦燥感に摘ままれた俺は、先ほどのポーさんの言葉を急いで掘り起こした。


「すみませんポーさん、それで妹を探すのに開拓者になるのが一番いいというのは?」

「にししっ、教えてやってくれフィオナ」

「この世界で一番情報を持っているのは開拓者ギルドなのよ」


 フィオナさんがスッと背後の棚へと視線を移す。


 古びた木製の棚には羊皮紙の束や、革張りの帳簿など、書類がぎっしりと詰め込まれており。あまりにも量が多すぎるせいでこれが、整理されている状態なのか、散らかっているのかすら判断がつかなかった。


蝕魅エクリプスの発生状況から、各クランの所属メンバー情報に、固有魔術回路、功績も全て保管されてるわ。それに……ギルドへ訪れた転移者の名簿もね」


 そしてそれら全ての情報は、他国のものでも開拓者であれば申請をすることで閲覧できるものがあるらしい。


「くひひっ。人口数億を超える王国の中から、どうやって一人の女を探すのか……考えてなかったろ?」

「えっと、そういのは魔術回路とやらでなんとかなるものと……」

「ならねぇならねぇ、魔術はそんな便利なもんじゃねぇ。王国ギルドの管理してる情報を見せてもらうのが一番手っ取り早ぇのよ」


 開拓者ギルドの情報……。


 たしかに、エルミスが蝕将ジェネラルを倒したという噂は、昨日の今日にもかかわらず隣町まで伝わっていた。この情報網は、妹を探すのに間違いなく役に立つだろう。


「なるほど……でも、俺なんかでもなれるんですかね? 開拓者」


 恐怖や不安が無かったのかというと、もちろんあった。だが蝕魅エクリプスとの死線をくぐり抜け、俺の心は既に異世界というものに侵蝕されてしまっていたのかもしれない。転生前、妄想し憧れていた冒険者……この世界で言う開拓者という職に、心は完全に傾いていた。


「心配すんな、そこまで試験は難しくねぇ。なぁフィオナ」

「ちょうど転移者用に新たな試験基準も設けられましたからね」


 カウンター上を一枚の紙が滑ってくる。そこには何やら試験要綱のようなものが記載されていた。


*** 転移者用 ***

項目1)

 魔術(()())の評価

 中級蝕魅(エクリプス)を討伐できる性能を有すると試験官が判断できること。


項目2)

 身体評価

 基盤分析結果が総合評価D以上であること


項目1、2の判定をクリアした者をFランク開拓者として認める

***********


「えーっと……?」

「身体評価は、ヒューム種の成人男性であればほぼ〝D〟は間違いないわ。つまり転移者は神律を試験官に披露すれば、それだけで合格できる可能性があるってこと」


「くひひっ。てめぇら転移者は魔術が使えねぇからな、つっても嬢ちゃんみたいに強力な神律しんりつをもってる奴もいる。ナイス判断だよなギルドのお偉いさんも」

「………なるほど」


 まてよ、だとするとこれはちょっとまずいか……? 恐らくだが俺の神律は攻撃系ではない、つまり中級蝕魅(エクリプス)を討伐できる性能などあるはずが ────


 ん?


「とりあえず、てめぇもやっとけ【基盤分析】」


 考え込んでいた俺の腕をポーさんは掴むと、先ほどのエルミスと同様にカウンターへ叩きつけた。


「はいじゃあ分析スクロールを置いて ──── 起動ドライヴ


 フィオナさんがその上に羊皮紙を置き、詠唱した瞬間。紙は激しいオレンジ色へと染まり燃え上があった。


「おぉ!?」


 ゴォっと音を立て突如手の平で発生した燃え上がる炎に、一同がギョッと身を仰け反らせる。そしてその猛り狂った炎がおさまると、紙には焼け焦ついた文字が刻まれていた。


「これは……」


*****

【身体分析】

 持久:C

 耐久:特

 筋力:C

 速度:D

 魔力:無

 総合評価:C-


【神律分析】

 系統:火

  型:常時

 出力:測定不()

*****


 燃え上がる炎という、まるでソシャゲのガチャで『トップレア』を引いたかのような演出に、きっととんでもない結果が出たに違いないと少しだけ心が躍ってしまった俺。


 事実、結果の最後に書かれていた〝測定不()〟の文字を見た瞬間。興奮して溢れ出る脳汁を抑えきれず、俺はポーさんに詰め寄ってしまった。


 もしかして俺の神律って実は凄いのでは……?


「こ、これ!! 見てください!! 俺もエルミスと同じ出力が測定不能で……って、あれ……」

 

 豆腐にかすがい暖簾のれんに腕押し……拍子抜けとはまさにこのことで。舞い上がった俺の前にあったのは、今までみたことのないポーさんの気まずそうな表情だった。


「あ、いや……テンセイ。神律しんりつはもしかすると違うのかもしれねぇが……。常時型パッシブの出力はな、測定不可しかでねぇんだ。不()じゃねぇ、不()だ」

「え……」


「パッシブつうのは常に効果を垂れ流してるからな、出力って考えじゃねのさ」

「え……ってことは。この結果って……」


 ポーさんがピッと俺の手から紙を抜き取り、それをまじまじと眺める。


「身体基盤の総合評価C-はまぁ悪くねぇ、ヒューム種の一般成人男性よりちょい上だ。火系統のパッシブつうのもこの世界じゃ珍しいが……これは内容によるな。よくいるのは体温上昇とかだが……まぁ……うん。効果はお察しって感じ」


「えっと……試験は突破できそうなんですかね?」

「攻撃系統の神律じゃないならだいぶシンドイな。魔力のない転移者が生身で中級蝕魅(エクリプス)を倒せる戦闘力を出せるとは思えねぇ」


 えー……。

 気分はどん底。


 なーにが主人公だよ。

 結局MOBじゃねーか俺は。


 あー終わったー、異世界生活始まったと思ったら実は終わってたー。あんだけ練りに練った作戦の結果がこれとは……。


「ん? ちょっと待てよ。耐久値【特殊】……テンセイ、お前なにか心当たりあるか?」

「耐久値ですか?」


「あぁ。激レア過ぎてあーしも一人しか見たことねーが、もし火系統のパッシブが熱や火に対する耐性……それも50%カットだったりしたらとんでもないことになる」

「えっとそれはどういう……」


 ん? 流れ変わったな。


 とんでもないこと?

 火に対する耐久が高いことが?


 イマイチピンと来ずに首を竦める俺の前で、ポーさんが自分の心臓あたりをトントンと叩いた。


「あーしらが身体に埋め込んでる魔術回路の最大の敵は熱だ。どんなバカげた魔力をもっている奴でも、自分の身を焼く程の高熱を伴う魔術は放てねぇ」


 そしてポーさんはカウンターに置いてあった解析用の羊皮紙を手に持つと、なにやら力を込めるよう念じた。


 すると光の灯った羊皮紙は、その光をみるみると強め、直視できないほどに眩しい輝き放ち、終いにはボウっと火が点いて灰となった。

 

「こんな感じで魔力を回路に込めると熱がでる。仮にこの熱を50%でもカットできてみろ? あーしに腕相撲で勝てるどころか、間違いなく『天上に至る』。魔力をいくらでも身体強化に充てられるわけだかんなぁ、無敵要塞の出来上がりだ」


 パラパラと散っていく灰をフッと吹き飛ばし、こちらを見つめる彼女の言葉に俺は疑問を抱いた。


 理屈は分かったが、だったとしてもそもそも……。


「え、でも転移者は魔力がないんだから意味ないですよね?」

「くひひっ。原則そうだが、手が無いわけじゃない……。結局おめぇがどんなパッシブを持っているか次第だがな 」


「それならゴブリンジェネラルは、俺のこの力を火の()()()()だと」

「ナニ……?」


 そう言った途端、背筋にゾワリとした寒気が走った。あからさまに、目の前のポーさんの気配が変わったのである。


 俺があり得もしない戯言を発したことへの怒り? いや違う。殺意や威圧ではない。


 ガンギマリした青い瞳の下で、ニタリと口角の吊り上がっている狂気を孕んだ笑み。その表情は……まるで好奇心旺盛な子供が最高の玩具を前にしたかのような。


 愉悦……?


起動ドライヴ


 その溢れ出す感情を握りしめるかのように、ポーさんが目の前でクッと拳を握った瞬間。チリチリと空間が熱を帯びた。


「無詠唱!?」

「ヤバイお前ら伏せろおおおおおお!!」

「死ぬっ ──── 」


 それをみた周りの開拓者達が、慌ててテーブルをひっくり返し飛び込むようにしてその裏へと隠れた刹那、俺の目の前の空間が爆ぜた。


 が……。


 聞こえたドゴォンという音は遥か彼方、数百キロ先で鳴り響いた雷のように小さく。灼熱の爆炎は目の前の空間に閉じ込められたかのように渦巻いて、それ以上の広がりを見せない。


 そしてそのままぎゅぅっと炎は収縮して、終いにパッと消え去った。まるで最初からそこに炎などなかったかのように。


「くひっ……くひひっ……まじかまじかまじかぁ?! おいおいおいおい、まじで完全耐性だと……?! ありえねぇありえねぇありねぇ……。そんなの……天上どころじゃねぇ。神域だ……十天すら到達できねぇ理外の果てじゃねぇか」


「ちょっ、ポーさん?!」


 無邪気な子供が大人の手を引いて遊びに誘うかの如く、俺の腕はぐいっとポーさんに引っ張られていた。


「くひひっ。予定変更だテンセイ。てめぇを最強の魔術師に魔改造してやる」


 魔改造?! 


 聞こえた不穏な言葉とは裏腹に、俺を引きずるポーさんの顔には満面の笑みが浮かんでいた。



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