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第02話 異世界に、一つだけ


「1つだけ?」

「はい、1つだけです」


 木造ボロアパートの一室で、目の前の女はそう答えた。後光が差しているのかと錯覚するほどに神々しい金髪の女だ。


「えっと……まじなのか?」

 

 その両目は閉じられているにも関わらず、彼女の顔は部屋の中をウロウロする俺を的確に捉え続けている。

 

 そんな謎の女と、困惑する俺と、部屋の中で音を発しているものがもう一つだけ……。

 

 隅に置かれた16インチの液晶テレビが、先ほどから緊急ニュースと題しMASAとかいう宇宙っぽい組織の記者会見を垂れ流していた。

 画面下の帯に入った字幕には、デカデカと赤い文字でこう書いてある ────



 地球滅亡まで残り一時間。



「まじで太陽が爆発するのか?」

「事実です。正確にはあと57分と15秒後に、超新星爆発にも匹敵するエネルギーを放出して消滅します」


「だから神様……、アンタが俺たち人類を助けに来たと」

「はい。こちらの都合で皆様を死なせるのは、余りにも酷な話ですからね」


「いや……」


 到底信じがたい話。だがこの地域で受信できる十二局全てのTV放送が同じ内容を繰り返し報じ、窓の外には心なしかいつもより大きい気がする太陽が見えていた。

 

「ふふっ。そんな顔しないでください天成てんせいさん。あなたは本当に幸運なのですよ? なんたって今目の前にいるのは地球の神、アーステールの本体なのですから」

 

「アーステール? 本体?」

「分身とは訳が違います。あなたは八十億分の一を引いたのです」


 絶妙に噛み合わない会話。

 まったくピンとこない数字。


 訳が分からないという表情をぶつけてみるが、彼女の口はピクリとも動かない。


『皆さん落ちついてください。落ち着いて目の前にいる金髪の女性の言うことをよく聞いてください。()()の手順が説明されているはずです。繰り返します、目の前にいる女性の ────』


 TVのキャスターが必死に繰り返す内容を聞いて、ようやく俺は自分のおかれている状況を理解した。


「つまり今、全人類の前にアンタがいるのか?」 

「その認識で問題ありません。他の私は、一方的な情報伝達しかできないコピーですけどね」


 うふふ。と女の口元が緩む。

 

 一時間後に地球が滅ぶというのにこの余裕たる振る舞い。そしてファッションなのだとしたら、奇抜過ぎて二百年は先を行っているであろう白い布をまとっただけの衣装……。直感が告げる。


 こいつ、リアルガチで神かもしれん。


 死ぬ直前、もしくは直後に神が現れて、転生という救いの手を差し伸べる……なんてのは俺が今までごまんと妄想してきた展開である。


「…………」 

「どうされました?」


 オタクの夢とも言えるこの状況を前にして、一瞬心が浮足立ったのは事実……。だがこれが、地球滅亡という未曾有の大災害であることもまた現実だ。

 

 ならば何よりも俺には優先すべき大事なことがあった……。


 唯一の家族である妹の安否確認である。


「くそっなんで……、いつもならすぐに……」


 しかし先ほどから呼び出しを続けているスマホは、一向に繋がる気配がなかった。


 まずいな。ここから妹の大学まで一時間以上かかる……今から行っても間に合わない。


「もしかしてご家族の状況が気になるのですか?」

「えっ?」


「少々お待ちください。おや……あなたの妹、水無月みなづき 天依てんいさんは既に向こうの惑星にいますね。無事のようですよ? 幸運ですねぇ」


 嘘……は、流石に言っていない気がする。目の前の女が本当に神であり、人類を救いに来たのだとすれば、ここでそんな嘘をつく理由がない。


 妹の無事を告げた神の前で、俺はほっと胸を撫でおろした。


 よかった。先に行ってしまったことは気になるが、彼女は俺よりも圧倒的に賢い。きっと上手くやるだろう。


 ならば今の俺にできることは……って、ん?


「今、向こうの惑星って言った?」

「こちらを」

 

 女神がスッと手のひらを差し伸ばすと、その上にホログラムのような映像が現れる。


「うぉおすげぇ……」

 

 そこには地球のような星がゆっくりと回転していた。

 

「皆さんの転移先は惑星ルナヴァリス。ここからおよそ六十億光年ほどの距離にある星で、大きさは地球の三倍程。全人類が引越しても余裕のサイズです」


「え、原住民とかは居ないのか?」

「いえ、既に地球と近い文明が築かれていますよ」 


「ん……?」

「ですが心配しないでください。できるだけ皆さんが馴染みやすいような星を選びましたので。そうですねぇ、一言でその世界を表すのならば『ナーロッパ』かと」


「なんでそんな言葉を」

「うふふ、これでも地球の神ですから」


 女神の手元ではホログラムがパッ、パッっと切り替わり……ゴブリンやら、ユニコーンやら、ドラゴンやら、どこかで見たことがあるような神話の生き物達が映し出されていく。


「もしかして魔王なんかもいたり?」

「しますね。呼び名は違いますけど」

 

「いや怖っ」

「ふふっ。せっかくなので魔王を倒す勇者にでもなってみては如何です? 皆さん好きでしょう、剣と魔法のファンタジー」


「それは一部のオタクだけだって、俺を含め」

「いいじゃないですか。きっと平和ボケも治りますよ」


「いやいや、まず地球の人間は『剣と魔法』を持ってないだろ……あぁ、だから最初の話に戻るのか」

「ふふっ。理解が早くて助かります。はい、皆さんは1つだけこの世界のものを持っていくことができます」


「それが異世界を生き抜く上での『剣と魔法』になると?」


 にっこりと神が頷く。

 

「か弱い皆さんが、いきなり命の危機と出くわしてしまったら大変ですからね。神からのプレゼントです」

「流石にそこは詳しく説明してくれ」

「そうですねぇ……」


 首を傾げ部屋を見渡した女神は、机の上に置いてあった紺色の折り畳み傘を指差した。


「例えばその傘を選択した場合、雨を避ける機能から対水属性の能力を取得できる。ってな感じです」

「…………。じゃあこのノートPCだと?」

 

「ふむ。機能としては計算機扱いになって、知力が上がるパッシブスキルとかでしょうか? あるいは電子機器なので、雷属性の攻撃系スキルとかになるかもしれません」


「しれませんって。アンタが決めるわけじゃない感じ?」

「はい、選択したものが持つ機能からその能力とランクを神の力がランダムに決定します。まさにガチャですね、能力ガチャ」


「それもまんまか……」

「?」


 いや……そんなことがありえるのか?

 

「持っていけるものの条件は?」

「人間以外であればなんでも」


「どうやって対象を指定すればいい?」

「宣言をお願いします」


「宣言?」


 女神はピッと人差し指を立てた。

 

「はい。たとえば右手の人差し指で触っているのであれば『右手人差し指で触れている物を選択し、転移する』こう告げてください」


「右手で触れている物を選択 ────」

「あ、気をつけてくださいね。『転移する』という宣言を私が認識した瞬間に自動で飛ばされますので」


 ふむ……。


 俺は机の上にあったペンで、ノートPCに触れてみた。

 

「間接的でも良いのか? こんな感じで、俺が持っているペンに触れているものを選択する。みたいな」

「問題ありません。私がその対象をあなたが選択したと認識さえできれば大丈夫です」

 

「火のような現象の選択は?」

「可能です」


「このアパートとかもあり?」

「はい。ですがルールとしてその所有者のみが選択可能となります。つまりこのアパートであれば大家さんですね」


 なるほど。

 

「持ち主が複数人居た場合は?」

「無効です。必ず所有者は一人でなければなりません」


 ホログラムの中でONLY ONEの表記が点滅する。


「その辺の石ころみたいに、誰も所有者がいないものは?」

「その場合は早い者勝ちですね」


「複数の物に同時に触れていたらどうなる?」

「接触面積が広い方を」


「選択物の名前を言わなくてもいいのは何か理由があるのか?」

「そうしてしまうと名前を知らない物を持っていけないでしょう? どうするんです、パンの袋を閉じるあのΣみたいな形のプラスチックを持っていきたくなったら」


「バッグクロージャーな……」


 なんてこった……決まりだ……。


 結果的に言うと今までの全ての質問について、俺は聞く必要が無かった。


 地球滅亡の理由など細かい点こそ異なるが……。俺はこの状況を既に()()()()()()()()()()だったのである。


 そしてこのケースにおける最強解は、既に導き出されていた。


「ちなみにアンタを持って行きたいと言ったら?」


 日々の妄想の果てに辿り着いた答えを、俺はドヤ顔で目の前の女神にぶつけてみた。


「神は人間じゃないだろ?」

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