第18話 開拓者ギルド
リンドールの街をぶった切るように引かれた石畳の大通り。道幅は馬車が何台も並んで走れそうなほどに広く、中央を行き交う荷馬車の合間を縫うように人々が忙しなく歩いている。
そんな街の大動脈をのっしのっしと歩くスレナリザードが二匹。その内の一匹に跨る虹色のおかっぱ頭が、通りの先を指さしながらクルりと振り返った。
「あのデッケー建物が目的地の開拓者ギルドだ。金貨を一枚準備しとけー、登録に必要になるからよ」
「登録?」
目の前でクイっと首を傾げたエルミスは、くひひと笑う少女の真意を掴みきれていないようだ。
金貨に、登録、それに開拓者ギルドときたらこの先の展開は想像に難くない。
「あーエルミス。多分、ポーさんは俺達に開拓者になれって言ってるんだと思うよ」
「へっ?! 開拓者ですか? そ、それって危険なんじゃ」
ギョッとしながら振り返るエルミス。
「くひひっ、なんだよ嬢ちゃん。蝕将を倒せる実力がありながら、パン屋にでもなるって言うんじゃねーだろうな?」
そんな彼女に向けて、ポーさんが片目を細める。
「えっと……私は美容師に ────」
「通らねぇ通らねぇ。あーしが見逃してもギルドがそれを許さねぇ」
エルミスの言葉を遮るように、呆れた表情の上で虹色の髪が左右へと揺れる。
「ギルドですか?」
へっ? と混乱しながらキョドるエルミスの代わりに俺が首を傾げておく。
「ノブレス・オブリージュ。強者は強者の義務を全うしねぇとな」
「はぁ……」
強い者は皆、開拓者になるべき……ということか?
なんとも異世界らしい倫理観なこって。
まぁポーさんが言わんとしていることも分からんではない。エルミスのハサミ……この万物を一瞬で真っ二つにする最強の武器を、散髪に使うなんて勿体なさすぎる。世界平和を脅かす悪を切るってな使い方のほうが断然有意義だろう。
とはいえ、本人の意思は多少尊重しても……ん?
「それに、許さねぇのはあーしとギルドだけでもねぇ」
「えっ?」
エルミス側に着こうと思った俺の前で、ポーさんは更に含みを持たせた笑みを浮かべた。
「まぁすぐに分かる。さて着いたぜ嬢ちゃん、入ったらテンセイから離れるなよ?」
「へっ?」
俺達を乗せたスレナリザードは、大通りに面した巨大なギリシャ神殿のような建物の前で止まった。
一目でただの店や宿ではないことが分かる威圧感。正面の石階段の上には両開きの大扉がずんっと聳え、上部には巨大な紋章板が掲げられている。剣や槍、それに盾といった武具を組み合わせたいかにもな意匠だ。
「ここが開拓者ギルド……」
「くひひっ。ごろつきたちの溜まり場って呼び方のほうがしっくりくるかもな」
近くの馬屋にスレナリザードを止め、トコトコと階段を上っていくポーさん。
──── バゴォン!!
この人、普通に扉を開けられないのだろうか?
重低音を轟かせて蹴り開かれた扉を潜った瞬間、中から溢れ出たなんとも言えない空気が俺達を飲み込んだ。
酒の匂い、焼けた肉の香り、金属や油の鼻につく刺激。いくつもの荒々しさが混ざり合ったむせ返るような臭いが、一気に身体へぶつかってきた。
遅れて音が押し寄せる。
笑い声に怒鳴り声。ガタンとテーブルやイスが倒れる音に、木のジョッキやグラスがぶつかり合う音が鼓膜を叩いた。
「おぉ」
「臭い……」
なんともこれはまぁ。そこはイメージしていた通りの冒険者……いや、開拓者ギルドだった。
「くひひっ」
広い空間には長机や丸テーブルがいくつも並び、そのあちこちに武器を背負った開拓者たちが陣取っている。そしてポーさんの特徴的な笑いが響いた瞬間、そんな荒くれ者達の視線が一斉にこちらを向いた。
「…………」
不意の静寂が場を包む。
だがそれは、誰か若い男の声によってすぐに破られた。
「おい、あれって」
「あの珍妙な武器、間違いねぇ。将蝕を倒したって転移者だ」
「女の子じゃねぇか、それもめっちゃ可愛い」
「よし、ウチが先に貰うぜ!!」
「あっ、おいっ抜け駆けは ────」
一人の男がテーブルを踏み台に、こちらへと飛び込んできて ────
口火は切られた。
「は?!」
うわぁあっと押し寄せてくる開拓者達の波。そのあまりの出来事にビクリと身体を竦ませた俺は、荒波の行先が目の前で同じように萎縮する女の子……エルミスを目掛けていることを理解していた。
彼女の細く白い手が、誰かの無骨な手に掴まれる。
「ふぇっ?!」
「お嬢さん、是非 我がクラン〝ゴン・ゴ・ゴン〟へ入ってください」
「いやいや、ウチのクラン〝新緑の頂き〟の方が魅力的だぜ」
「雑魚クランは黙っとけ、彼女はこの俺様が所属する〝レピシオン〟が頂く」
四方八方から飛び交う声。
その全てがエルミスをなにかの組織へと勧誘するようなもので……とある男は所属メンバー数一万人という規模を、そしてとある獣人はAランクの開拓者数を、屈強な戦士が福利厚生を語り、ヒョロガリの盗賊が知名度を誇示する。
そんな謎のアピール合戦が始まった。
「お嬢さん、お名前は?」
「へっ?! えっと……エルミスです」
「エルミス……。美しい名前だ、この俺ヴェル ──── ぐえっ」
どこぞの赤髪キザ男が、エルミスの手に口づけをしようとしていたので蹴り飛ばしておいたが……まずいな、熱量がとんでもない。はやくなんとかしないと彼女が……。
「くひひっ。だから言ったろ、蝕将を倒せるような逸材は誰も放っておかねぇってな」
「ちょ、ポーさん。見てないでなんとかしてくださいよ。エルミスが」
飛んでくる男達をひょいと躱しながら、悪魔的な笑みを浮かべるポーさん。
「にひひっ、こいつぁ開拓者を志望する転移者の通過儀礼さ。自分達でなんとかしやがれ」
「あわわわわわわ。て、テンセイさん助け ────」
「くっ」
俺はエルミスを背中から抱きしめ、群がる無数の手から彼女を守るように身体を反転させると背中越しに眼を飛ばした。
「…………」
とはいえ相手は数多の蝕魅との死線を潜り抜けてきているだろう歴戦の開拓者達、こんな地球上がりの若造ごときの睨みでどうこうなるはずもなく……むしろ火に油を注いだかのように、アプローチは熾烈を極めた。
「なんだぁこの男」
「特に報告には無かったよな」
「どけよ、邪魔だMOB」
「気安く俺のエルミスちゃんに触ってんじゃねぇぞこの野郎」
「誰がお前の ──── 」
あらゆる罵声を背中に受け、終いには首根っこを掴まれてエルミスから引きはがされようかという瞬間にチリンチリンと鈴の音が響いた。
その音に合わせ伸びきった襟がふっと軽くなり、場が静まり返る。
「はーい! そこでおわりー!」
皆の視線の先、エントランスの中央にある立派な木製のカウンターの奥では、オレンジ色の髪をした若い女性が片手にハンドベルのようなものを握っていた。
「くひひっ。耐えたなぁ、やるじゃねーかテンセイ。さながらお姫様を守る騎士って感じだったぜ」
「大丈夫だった? エルミス」
「っ……と。は、はい……ありがとうございます」
ほら散った散ったぁ、とポーさんが群がる開拓者達を杖で押しのけていく。
そんな中、抱きしめていたエルミスは表情が読み取れないほどに俯き、耳を赤らめながら無言で縮こまっていた。
咄嗟に彼女を庇うためとはいえ、バックハグのようなこの体勢……冷静になってみると直近の諸々が想起され、心を擽るかのような恥ずかしさが両腕を跳ね上げさせる。
「ご、ごめん!」
「い、いえ……」
エルミスから逃げるように離れた俺は、カウンターへと歩いていくポーさんの後を追いかけながら、気を紛らわせるように話しかけた。
「ポーさん。いまの勧誘的なやつはなんだったんですか?」
「くひひっ。だってよ、フィオナ」
俺の質問を受け流しながらカウンターに片肘をつき、首を振ったポーさん。
「んー?」
そこには先ほど鈴を鳴らしてくれた女性……艶のあるオレンジ色の三つ編みポニーテールを揺らす、そばかすのチャーミングなお姉さんが頬杖をつきながらこちらを見つめていた。
「まだ来てたんだぁ転移者って」
丸くなった深い青色の瞳とバッチリ目が合う。
「どうも、テンセイって言います」
「エルミスです」
「あははっ、あたしはフィオナ。よろしくねー」
愛嬌全開。目の前で花でも咲いたのかと思うほどの笑顔を振りまいてくれるフィオナさん。
この人は恐らく……受付嬢か?
ここが酒場を兼ねているからだろう、少し胸元の開けたディアンドルな衣装を着ている彼女。その襟元には、入り口の扉の上でみたギルドの紋章のようなバッジが付けられていた。
よく見るとカウンター奥の部屋や、階段の上、二階、三階の吹き抜け廊下に同じ姿をした職員らしき女性が多数仕事をしている。
「驚いたでしょ? さっきのはね、皆自分達のクランにエルミスさんを誘ってたのよ」
「クラン?」
フィオナさんが無言で指さした壁には巨大な木製のボードがあり、板の中にはびっしりと隙間の無いほどに文字が刻まれていた。
「クランってのは開拓者の集まり。そうねぇ、たしか転移者の人はなんて言ってたかしら……会社? だったかな。同じ目的で活動する組織のことなんだけど」
「へぇ、凄い数あるんですね」
感嘆の声が漏れた俺を、フィオナさんが揶揄うようにして笑う。
「ふふふっ。あそこに書いてあるのは、リーファス共和国への貢献度が高い上位100までのランキングに入ってるクランだけ。全体の数だけで言ったら、数万から十数万はあるんじゃない?」
ランキングねぇ……どうりでボードの左端、その最上段にデカデカと書かれた三行の文字には金・銀・銅とやけに目立った装飾がなされているわけだ。
一位のクラン名は〝ユグドラシル〟……ん? どこかで聞いた気が……あっ。
記憶と文字が紐づいた先で、全てを見透かしたように頬杖をついているレインボーおかっぱ頭の子供がニィと口を歪めた。
「あーしが所属してるのはリーファス最強のクラン〝ユグドラシル〟もちろんヴォルフォクサーもそうだぜ。んでもって、エルミスの嬢ちゃんはウチが頂こうと思ってる。そこらの有象無象に渡しゃしねぇ」
「え? 私がポーさんのところにですか?」
エルミスが驚きの表情を見せたと同時、さらにその後方から罵声のような声が響いた。
「ちょ、そりゃないっすよポーさん!!」
「いっつも優秀な開拓者もっていってズルっしょ」
「ブーブー、大手の独占反対ー」
そこでは怪訝な表情をした集団が、ポーさんへ不満の声を漏らしていた。
「あぁ? うるせぇな。文句があるならかかってこいや」
そんなごろつきたちを鋭い眼光で威嚇するポーさん。
「そ……それは……勝てるわけ……」
「じゃ、じゃあ腕相撲でおなしゃす!!」
「ちっ、しかたねぇな。来やがれ」
「おぉ!! フィジカルならワンチャンあるぞ皆並べ!!」
どこから出してきたのか樽がコロコロと運ばれてきて、肩をぐるぐると回しその上に肘を置き構えるポーさん。そして彼女の対面には、先ほどエルミスを勧誘しようとしてきた開拓者達がズラリと列を成した。
普段からこんなことをやっているのだろうか?
意味不明な手際の良さで、意味不明な腕相撲大会が突如して始まってしまった。




