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第14話 力の片鱗


 広場の中心。目の前に立ちふさがる緑色の巨体の前で、苦悶の表情を浮かべた金髪の王子は剣を構えた。

 

「っ……倒すしかない……ですね」

《ガハハ、やっと戦う気になったか》


 力強く踏み込み、ゴブリンジェネラルへと間合いを詰めるリビオニールさん。


「せいっ!!」


 炎を纏った剣が斜めに振り抜かれ、ゴォッと空気を裂く斬撃が放たれる。


《ふんっ》


 だがゴブリンジェネラルはそれを躱さないどころか、肩を入れて正面から刃に突っ込んだ。


「なっ……!?」

《クックック》


 炎の刃は確かに蝕魅エクリプスの身体を切っていた。が、敵は全く怯まない。


《ガアッ》


 赤く焼けただれた肩から白煙を上げながら、ゴブリンジェネラルが歪な槌を振り抜く。


「くっ!!」


 リビオニールさんが咄嗟に剣で受けたその暴力的な一撃は、甲高い金属音を響かせ彼の身体をもろとも持っていった。


 白銀の鎧が石畳を削るように滑ってゆく。


「リビオ!!」

「大丈夫です!!」


 周囲から心配の声が飛ぶも、リビオニールさんはすぐに膝をつき、剣を支えに立ち上がった。


「まだ……!!」


 深く息を吸い、彼は再び踏み込んだ。

 

 速いっ?!


 その一歩は、もはや影がブレるようにしか見えなかった。


 気づいた時には、先ほどよりもさらに深くゴブリンジェネラルの脇へ潜り込んでいたリビオニールさんが炎の剣を連撃で叩き込んでいた。


 胴、脇、膝、喉へと炎が走り、巨体のあちこちに刻まれていく裂傷と火傷の痕。


「す、すごい……」


 俺の隣ではエルミスが息を呑んでいる。

 もはや誰の目にも見ても、リビオニールさんは敵を圧倒していた。


 だが……。


 それでもゴブリンジェネラルは倒れない。


《無駄だ、オデはアーヴェント様の加護を頂いている》


 裂かれ、焼かれ、血を流しながらも、そいつは笑っていた。


「せやぁあああ」


 リビオニールさんが渾身の一撃を叩き込もうと踏み込んだその瞬間、左腕をスッと差し出すように突き出したゴブリンジェネラル。


 刹那、炎の剣が腕に食い込み肉は裂け、骨が見える。だが相手は、その腕でぐいと剣を押さえ込んだ。


「しまっ……!」


 リビオニールさんの顔が歪む。


 剣が抜けないのか……!?


 そう俺が理解した瞬間、ゴブリンジェネラルの口はニヤリと裂けた。


《グフッ、グフフ》


 振り上げられた大槌が無慈悲に下る。


「ぐぁああ!!」


 響いたのは、先ほどとは異なる鈍い金属音だった。強烈な一撃を、リビオニールさんは剣ではなく自分の腕で受けたのだ。


 あらぬ方向に曲がる籠手が見えたと瞬間に、絶望が襲いかかってくる。


「がっ……は……」


 白銀の身体は大きく吹き飛び、地面を二度三度と跳ねた後にようやく止まった。


「リビオ!!」

「嘘だろ、おい……!!」


 ひしゃげた鎧の隙間からは血が溢れ出している。


「ぐっ……ま……だ」

 

 どう見ても致命傷。それでもリビオニールさんは曲がった腕で地を掴み、なんとか上体を起こそうとしていた。


《良い剣だ、ドラゴンの火炎袋を使っているのか?》


 そして訪れた更なる絶望。ゴブリンジェネラルは腕に刺さったままの剣を乱暴に引き抜くと、そのままそれを構えたのである。


《ガハハ。いただくぞ、この無骨な槌にも飽きた》


 勝者の足取りで、ジェネラルがリビオニールさんへと近づく。


 誰一人として動けない。


 さきほどまで頼もしさの象徴だった彼が、今は地面に倒れている。その事実は全ての開拓者たちの心を折っていた。


「まだ……終わって、ません……ゆにーく……」


 金髪の王子は、そう口にした途中で力尽きるようにバタリと地に顔を伏した。


 くそっ、くそくそくそっ!!


 俺が石碑を倒さなければこんなことには……。死ぬ、皆殺される。


 俺に力があれば……。

 エルミスの鋏のような……。


 そうだっ!! いやでも……ん?!

 

「て、テンセイさん……これっ……」


 脳裏によぎった逆転の一手。その一手を指すことができる少女が、俺の袖をくいっと引いていた。


「このハサミを使えば、あの化け物を倒せるんじゃ……」


 見上げる金色の瞳を前に、俺は……すぐに首を縦に振れなかった。


 遥か彼方、地平線まで世界を切り取るほどの一振り。あの一振りならばもしかしたら……それは分かっている。だけど……。


 奴を倒せるかもしれないという可能性への賭けと、一歩間違えれば彼女も殺されてしまうかもしれないというためらいの葛藤があった。


 どのみち何もしなければ俺たちは殺されるだろう。だけど、せめて俺達だけでも隙をついて逃げ出せないか……? 開拓者や町の人たちを囮に……なんて下衆な発想すら脳裏を過る。


 くそっゴミかよ俺は。


 でも彼女……エルミスに万が一があったら……。


「可能性はあると思うけど……き、危険だ」

「分かっています。でも良くしてくれた女将さんを、町の人たちを助けないと」

「死ぬかもしれないんだぞ?」


 その問いに一瞬顔を伏せたエルミス。だが再び上げられた彼女の表情はあの時の……不思議な笑顔に変わっていた。


「どうせ死ぬなら、誰かの役にたって死にたいんです」

「えっ?」


「私、やります!!」

「ちょっ、エルミス!!」


 彼女へ伸ばした俺の手を振り払うかのように、エルミスはゴブリンジェネラルの方へ身体を向けた。


 そして背中のホルダーから引き抜かれる銀色のハサミ。

 

 その巨大な刃は彼女の華奢な身体には不釣り合いなはずなのに、全く重さを感じさせない軽やかな取り回しで、切っ先は蝕魅エクリプスの将へと向いた。

 

 月光を受け、煌めく二枚の刃が開く。


「神律の適用 - 運命を断つ鋏(アトロポス)


 囁くような詠唱と同時。刃の輪郭に青白い光が灯ると、エルミスの周りに空気が渦を巻いた。


「えっと、対象は……」

《んん?》 


 彼女の視線の先、リビオニールさんにとどめを刺そうと炎の剣を振り上げていたゴブリンジェネラルの動きがピタリと止まった。


 緑色の巨体が、ゆっくりとこちらへ首を回す。


 獣じみた凶暴さを剝き出しに暴れていた化け物の顔には、警戒の念が浮かび上がっていた。

 今まで路上の石程度にしか見られていなかった俺達が、明確に敵として認識されたのだと背筋が凍り付く。


《なんだぁ? この圧は……》


 まずい……。


「エルミス!! 選択対象はゴブリンジェネラルだ!! 急げ!!」

《その小娘か》

 

 俺が叫ぶより早く、蝕将ジェネラルの握る剣は赤く染まっていた。


「は、はいっ!! ゴブリンジェネラルを選択 ────」

《ふんっ》


 夜を裂いた灼熱。

 

 奴はその筋肉の塊みたいな腕で炎の剣をエルミスに向けて思い切り薙いだ。


 振るわれた剣の軌跡から三日月型の炎が爆ぜる。それは石畳を舐め、空気を焼き、一直線に彼女を襲った。


「くそっ!!」


 思うよりも早く、なぜか身体は動いていた。自分でも信じられない……だが確かに俺は、炎の斬撃と彼女との間に身体を滑り込ませていたのだ。


「テンセイさんっ!?」


 目の前がオレンジ色に染まる。


 間違いなく俺はここで死ぬ。そう思った。


 だが心の底にそれでよいと頷いている自分もいた。


 カッコつけたいわけじゃない、諦めたわけでもない。エルミスを守るため? いや……それも半分。


 俺は……償いたかったのかもしれない。


 石碑を壊してしまった自分のせいでこの惨劇を招いたという現状を……たとえそれが死であっても……。


 重くのしかかる罪悪感……爺さんが、リビオニールさんが、町の人達が、自分のせいでだれかが傷つくことに俺は……。


 ならばせめて、この少女の盾になろうと。


──── ザンッ!!


 赤と橙に染まった光が視界を飲み込み、次の瞬間には灼熱の斬撃が俺の身体へと直撃した。


「テンセイさぁぁん!!」


 死に虚ろゆく俺の意識の中、エルミスの悲鳴が……ん? あれ?

 

「……え?」


 思わず間の抜けた声が漏れる。

 

 炎の斬撃は、俺に触れた瞬間に止まっていた。


 いや……止まったんじゃない。消滅した?


 まるで初めからそこには何もなかったかのように、俺の胸元に触れた炎は、その一片すら燃え移ることなく淡い火の粉となって夜気の中へと溶けたのだ。


《バカな……火の完全耐性だと……》


 驚きの表情を浮かべるゴブリンジェネラル。そして、その疑念をむしゃくしゃに晴らすかのように剣は振られた。


 間髪入れず五月雨に飛んでくる斬撃。だがその全てが、俺の眼前で無に還った。


「は?」


 顔を覆った腕を見る。胸を見る。服を見る。焦げ跡ひとつつかない俺の身体に、俺自身が一番驚いていた。


 もしかしたら……いや間違いない。

 俺には炎が効かないらしい。


 攻撃の完全無効化? そんなわけないか、ヴォルフォクサーさんの蹴りは痛かったし、ポーさんの風魔術は普通に反応した。


 炎……だけ? だとしたら正直微妙な能力じゃ……。


 って考察は後だ、まずは目の前の障害を ────


「エルミス、頼む!!」

「えっ、あ、は、はいっ!!」


 その場にいた誰もが静止して息を呑む異常事態の中。 


顕現アドヴェント!!」


 エルミスの澄んだ声だけが、町に響いた。

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