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第12話 蝕魅と開拓者


 カンカンと響く甲高い金属音が、夜の冷えた空気を震わせるウィンタムの町。


「手の空いてる者は北門に集まってくれ!!」


 誰かの叫び声が通りを駆け抜けたかと思うと、家々の扉が勢いよく開き、屈強な男達が慌てて鎧を引っかぶりながらゾロゾロと出てきた。

 彼らの石畳を打つ足音が重なり、町は一気にざわめきへと包まれていく。


蝕魅エクリプスの襲撃?」

「あぁ。近くに蝕魅が出るとこうやって鐘が鳴り、町の開拓者が呼び出されるんだ」


 俺とエルミスは言われるがままに宿の外へと連れ出されていて…… 。訳も分からなかったのだが、この不穏な空気の中に取り残されたくはないと、早歩きでグイグイ進んでいくヒゲ面のおっさんの背中についていくしかなかった。


 おっさんは人の流れに逆らうよう、門ではなく町を取り囲む外壁の方へと向かっていく。見上げる程に高い石の壁面には、その上へと続く階段があった。


「心配すんな。この町ならではだが、こういうことはよくある。近くに結界があるからな、大体が下級か中級蝕魅(エクリプス)の襲撃だ」


 その階段を上りながら、おっさんはニヤリとほくそ笑んだ。


「ここから勉強がてら、高見の見物をしていくといい」


 外壁へ登りきると、丁度門の上に突き出した見張り台のような場所をスッとおっさんが指す。


蝕魅エクリプスって、テンセイさんが教えてくれた怪物のことですよね? だ、大丈夫なのでしょうか?」

「どう……だろうね」


 横からエルミスが覗かせた不安顔につられて、俺の顔も曇った。


「ははっ。兄ちゃんが見たのはナイトウルフだろ? あんなのが出てきたらもっと大騒ぎだ。それに周波数ノイズを感じねぇ……たぶん下級だろうな」

周波数ノイズ?」


 おっさんが指を小刻みに震わせる。


「魔術回路は常時微弱な振動をしている。強大な蝕魅エクリプスが近づいてきたらもっと空気が震えているはずだ」

 

 魔術回路……。たしかポーさんの話では、共存種の皆が持っている不思議パワーだったはずだが。


蝕魅エクリプスも魔術回路っていうのを持っているんですね」

「そりゃあ勿論。この星に生まれた生命体は皆、固有の魔術回路を身体に宿しているからな」

「なるほど」


 転移者が皆『神律』という力を持っているように、現地民は『固有魔術回路』というのを身体に宿しているらしい。一旦脳内でユニークスキル辺りに置き換えておくとしよう。


「この様子だと雑魚も雑魚だが、まぁ嬢ちゃんが初めて蝕魅エクリプスを見るにゃ丁度いいんじゃないか? はっはっは」

「…………」


 俺の隣。ピッタリとくっつく様にして歩く不安顔のエルミスを、おっさんは豪快に笑い飛ばした……。


 見知らぬ土地で化け物が出たと聞けば、不安になる彼女の気持ちには同意しかない。故におっさんの笑いには多少の苛立ちを覚えたが、同時にこうも思った。


 確かによい勉強の機会だと。


 狼と対峙した俺とは違い、エルミスはまだこの世界の蝕魅エクリプスに出会っていない。思い出しただけでも背筋に寒気が走るあの恐怖感……。

 おっさんの言う通り、危険のない形で蝕魅エクリプスを見ておくというのは、彼女にとって良い経験になる気がする。


 話を聞くに下級の蝕魅エクリプスというのは地球で言う害獣や害虫のようなもの。かなりの頻度で出くわすそうで、下級程度であれば開拓者ではない住民でも戦闘になることがあるらしい。

 ならば俺達が何の職につくにせよ、ある程度のイメージはつかんでおくにこしたことはないだろう。


「なんだ嬢ちゃん、不安ならオレの後ろに来るか? なんかあったら守ってやるぜぇ」

「だ、大丈夫です」


 おっさんの視線を遮るように俺の背中へ隠れるエルミス。キュッと服の裾が掴まれており、大変歩きにくいのだが……。


「ぶぅわはっはっ、だいぶなつかれてるな兄ちゃん。そんな美女に羨ましいぜ」

「いや……」


 こういった揶揄いには慣れておらず、咄嗟に洒落た返しは出てこない。エルミスも俺から視線を逸らし、気まずそうに俯いたままである。


「こちとらせっかく昇格したってのに、出会いなんてありゃしねぇ」

「昇格ですか?」

「おっ、見るか? できたてほやほやのBランクプレートだぜ」


 おっさんは得意げな笑みを浮かべ、皮鎧の胸元から小さい銀色の金属片を取り出した。中央にはアルファベットのようなものが刻印されており、その文字をゴツゴツした指先が強調している。


「苦節十年。採集やら探索やらのしょっぺぇ依頼もコツコツこなしてようやくだ」

「じゅ、十年……。Bランクになるのってそんなかかるんですね」


 〝B〟っていったら普通……、中の中って印象だよな?

 

 なんてことを考えてしまった俺の表情が気に食わなかったのか、おっさんは眉間にシワを寄せながらプレートをぐぃっと突き出した。


「兄ちゃんよぉ、Bランクってのすげぇんだぞ? F、E、D、C、BのBだ、普通なら20年近くかかったっておかしくねぇ」


 アルファベットを数えるごとにゴツイ指が立てられ、小指から親指までの全五本を開いた状態でその手がフリフリと振られる。


 続けざまに「二倍ルールってのがあってな」なんてことを得意げに話し始めるおっさん。


 Fランクの倍、Eランクは強く。Eランクの倍、Dランクは強いらしい……。Fは一般成人男性レベルということなので、このおっさんは俺の16倍強いということになる。


 まぁそう言われると凄いか? 眉唾だけど……。だって全然強そうに見えないもんな、このおっさん。


 如何わしいという表情は崩さぬまま、一応は話に乗っておくとしよう。エルミスのことを揶揄からかってきたし、皮肉も込めてな。


「へぇ、じゃあポーさんとヴォルフォクサーさんは、あなたより更に4倍強いんですね」

「あ、いや……Sランクはなぁ……。ありゃ別格だ、二倍ルールなんて適用されねぇ。開拓者の到達点はAランクなのさ」 


 二人の名前を出した途端、ばつの悪そうな顔になったおっさんは、やり場に困った視線の行き先を探すようにして外壁門の方を向いた。


「あ、……ほれ、あそこを見てみろ」


 おっさんの指差した先。門の前には、人だかりができていた。


 剣や斧……大小様々な金属製の武器が松明の炎をゆらゆらと反射している。それが戦闘準備を整えてきた開拓者達であることはすぐに理解できた。中でもその先頭、白銀の鎧を着た金髪の青年がひと際目立っている。


「あの先頭にいる金髪はリビオニールっつってな、この町一番の実力者だ。見ておくといい、極まってるぜ? Aランクの開拓者ってのは」


 言われるがままにリビオニールと呼ばれた金髪の青年を眺めていると、腰に携えられていた鞘から両刃剣がスッと引き抜かれた。


 刃は熱を帯びているかのように赤く、夜に溶ける火の粉を散らしている。そして青年はその剣を一閃 ──── 真横へと薙いだ。


 ゴォッと音を立て、剣の軌跡をなぞるように赤き揺らぎが飛んでゆく。


 炎の斬撃波とも呼ぶべき揺らぎは前方の暗闇を照らしながら進み、先ほど俺とエルミスが歩いてきた草原の上空を通過した。


「ひぃっ?!」

「うぉっ、なんだアイツら!?」


 炎に照らされた草原には歪な丸い何かが、もぞもぞと大量に蠢いていた。犬や猫のような動物ではない、虫とも違う、まるで小さな人間のようなナニか。


「なんだよぉ、ただのゴブリンか。こりゃあリビオの出番はねーな」


 横でおっさんがはぁとため息とついたと同時。門の前で声が上がった。


「下級のゴブリンだ!! 制限はない、適当に狩ってくれ!!」


「制限?」

「あぁ。蝕魅エクリプスの階級に合わせ、戦って良い開拓者ランクが決まってるのさ、死なねぇようにな。ゴブリンは下級、開拓者じゃない一般人でも戦闘許可が下りる雑魚だ」

「へぇ」


 合図と共に、門外の開拓者集団がゴブリンの群れを狩り始めた。

 ばぁっと草原へ広がっていく松明の灯り。


《ギャア》


 鋭利な刃が薄緑うすみどりの皮膚を切り裂き、どす黒い血しぶきが上がる。


 バケモノとは言え、人型をした生物の頭部が切り飛ばされていく姿は正直、目を背けたくなるほどで、見ていて気持ちの良いものではない。


 だが俺は、意志を以てゴブリンが殺されていく瞬間を目に焼き付けようとした。


 これからこの世界で生きていくというのはそういうこと。もし殺すことを躊躇ためらってしまえば死ぬのは自分かもしれないと本能が理解していた。


 死を慣らせ。今までの感覚を捨てろ。

 そう自分に言い聞かせる。


「うっ……」


 横ではエルミスが顔をしかめ、口を手で押さえていた。


「大丈夫? エルミス」

「は、はい。異世界って……、思ってたより怖い所ですね」


「まぁ地球が平和過ぎただけかもよ?」

「凄いですねテンセイさんは、たくましいというか……」


 驚いたような表情でこちらを見上げる彼女。


「正直面食らったけどね。でもこの世界で生きて行くには、慣らすしかないんだと思う」


 実際は面食らったどころではなく、今も心臓はバクバクである。が、美少女の前でカッコつけようとしてしまった俺を誰が責められよう。

 

 とりあえず遠くを見つめるような目で、決め顔でもしておくか……。


 なんてことを考えていると、バシィっと俺の肩が叩かれた。

 

「かっかっか、分かってんじゃねぇか兄ちゃん。転移者にしてはやるな」

「あ、いや……」


「ゴブリンはな、ただの村人ですら対処しないといけねぇ時がある蝕魅エクリプスだ。害虫と一緒さ、嬢ちゃんもあれくらいは倒せるようにならないとだめだぜ」

「で、でも。何もしていないのに可哀そうっていうか、ただここを通っただけなのかも」


 そう口にしたエルミスの顔は至って真面目である。それは優しさというよりも……無知といった印象で……。


「嬢ちゃん。蝕魅エクリプスってのはな、存在自体が悪なのさ。情けや同情はいただけねぇ」

 

 彼女を見返したおっさんの目も先ほどまでの雰囲気とは違い、一切の笑いは含んでいなかった。蝕魅エクリプスを庇うのか? そう言いたげな鋭い瞳だ。

 

「いいか、あいつらはな……ん? なんだこの周波数ノイズ


 オッサンは何かを言いかけ、闇に目を細めた。つられて俺もその視線の先に顔を向ける。


 平原では松明を手にした開拓者達が今もゴブリンの群れを次々に狩っており、ぎゃあぎゃあと耳障りな悲鳴が夜に響いていた。

 

 蜘蛛の子を散らすように走り回っている緑の小鬼達。


 だが違う。


 オッサンが見ているのはもっと奥だ……。ゴブリンの群れの後方、暗がりの中でひとつだけ異様に巨大な影がぬらりと浮かび上がった。


 人間よりも数倍は大きい、緑色をした筋肉の塊がそこには立っていた。胴体には傷の入った鉄鎧が纏われ、醜くつぶれた頭部にある左右の大きな牙と、濁った赤色の目がギラギラと光っている巨大なゴブリン。


「で、でかっ」

「やべぇやべぇやベぇ、まさかジェネラル?!」


 低い声で呟いたおっさんの頬に汗が伝う。


「えっ?」

「ありえねぇ。深度5以上でしか生まれねぇ蝕将ジェネラルが結界内にいるはずがねぇ」


「どうしたんです? アイツ、そんなヤバイ奴なんですか?」

「あぁ。群れを率いるゴブリンの超上位個体、高い知能をもった蝕魅エクリプスだ。階級は蝕将ジェネラル、町一つを容易に滅ぼす強さを持っている」


 蝕将ジェネラル……。それは俺が森で出くわしたあの狼、特級を超える強さを持つ蝕魅エクリプスだった。


 ゴブリンジェネラルと呼ばれたそいつは、ズルズルと片手で巨大な槌を引き摺っていた。鉄塊をそのまま棒の先に括りつけたようなバカげたその獲物が、地面を擦ってはギリギリと不快な金属音を鳴らしている。


《ガアァッ》


 その不気味な武器がフッと消えたかと思った刹那、グシャリと足元で不快な音が鳴り響く。同時に鉄の匂いがして、ピッとなにか飛沫のようなものが顔にかかった。


「ひっ……」


 横で顔を強張らせたエルミスを見た時、その飛沫が血であることを脳が認識する。でも誰の? まさか開拓者がだれかやられたのか?

 

 そんな俺の嫌な予感は的中した。


 草原に散っていた松明が、ゴブリンジェネラルの振りに合わせて、一つ、また一つと消えていく。


「まじかよ……」


 深くなる闇と共に、俺のなかの恐怖も大きくなった。


 やばいやばいやばいやばい。

 今すぐこの場を逃げないと。

 咄嗟におっさんの肩を叩く。


「おっさん!! 逃げないとヤバいんじゃ」

蝕将ジェネラルなんて……今この町にはリビオしか……Aランクじゃ勝てねぇ。死ぬ、皆んな殺されちまう」


 まるで俺のことなど見えていないかのように身体を震わせ、その場で絶望の表情を浮かべているおっさん。


「ちょっと!! 急いで逃げ ────」

「全員逃げろぉお!!!!」


 無理やりおっさんの手を引こうとした時、門の下で怒号が響いた。 


 みるとリビオニールと呼ばれた金髪の青年が大きく手を上げ、ゴブリンジェネラルの注意を引くように門から離れていっている。


「くっ!! おい、逃げるぞ」


 その声にハッとしたおっさんは、俺とエルミスの肩叩くと一目散に階段をかけおりていった。


「えっ、ちょっ。エルミスいこう!!」

「は、はいっ」


 俺はエルミスの手を取り、おっさんの後を追う。


 この手の震えは不安か、焦りか。


 今なお自分の力、神律しんりつと呼ばれる転移者のみが使える能力が何なのか分からないという焦燥感は、街の喧騒に消えていった。


────────


 この時、俺はまだ気づいていなかったのだ。既に俺の神律しんりつは転移してからずっとその片鱗を見せていたのだということに。

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