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お前、女だったのか

作者: 小雨川蛙

 長く旅をしていると顔なじみは増える。

 ギルドに所属していようがしていまいが、善人だろうが悪人だろうが、王だろうが乞食だろうが。

 同じ世界に生きている以上は、同じ世界を放浪している以上は。


 十数年前に初めて出会った二人組もまさにそんな世界に生きる旅人の一人だった。


「旅の目的? さぁ、特に言うつもりはないもんでね」


 年長でノッポの方はまだ十代後半だろうか。

 身なりは整っており、立ち居振る舞いも気品を感じる。

 もしかしたらどこかでそれなりの地位を持つ人間なのかもしれない。

 もっとも、ここは『どこか』じゃない。

 だから、ノッポはただのノッポでしかない。


「聞いて驚けよ? 兄貴は……」


 対して年少でチビの方は十代になっているかも怪しい。

 身なりなんて見るからに乞食で立ち居振る舞いも言うに及ばず。

 もしかしなくても橋の下で捨てられた人間に違いない。

 だから、チビはただのチビだ。


「余計なことを言うな」


 ノッポにぴしゃりと頭を叩かれる。

 チビは「いてえ、いてえ」と騒ぎながら地面をのたうち回る。

 大した痛みもないのに大げさに振る舞うのは乞食の処世術だ。

 同情されて金や飯をもらえるかもしれないし、そうでなくとも深刻な傷を負う前に自分の動きやすい体制になれる。


「そのチビから早いとこ離れた方がいいぞ」


 ノッポに忠告をしてやる。

 口が軽いからどこかで余計な事を言いかねない。

 ノッポがノッポで居られるのは周りが興味がないからだ。

 追うべき理由も、狙うべき理由もないからだ。

 逆に理由さえあればノッポはノッポでいられなくなる。

 有象無象ではなく、立派な『名前』がつけられてしまう。


「生憎。どれだけ捨ててもついてきちまうんです」

「昔から足だけは速いかんな」


 ノッポの言葉にチビは笑う。

 その際、チビの懐が妙に膨らんでいるの気づく。


「のわっ!?」

「手癖の早いやつだ」


 いつの間にやらこちらの財布を盗んだらしい。

 しかし、残念なことにこちらも盗みにはそれなりに自信があるのだ。

 唖然とするノッポにもう一度告げてやる。


「こちらが喧嘩っ早かったらこのまま二人とも偉い目にあってたぞ。早いとここのチビから離れな」

「忠告、感謝します」


 財布から金貨を二枚放ってやる。

 軽い餞別に。


 身の程を超える財産は幸も不幸も呼び込む。

 災いとなるか祝福となるかは此奴ら次第だ。


「ありがとうございます」

「ありがとな!」


 ノッポとチビの言葉を背にその場を後にした。



 *



 二度目に会ったのはそれから二年が経っていた。

 ノッポは相変わらずノッポだし、チビは相変わらずチビだった。


「おや、あなたは」


 ノッポの方が気づく。

 面構えが以前とは大分違う。

 きっと色々なことがあったのだろう。


 誰だか分からないこちらに対しノッポは丁寧に過去を紐解きながら挨拶をしてきた。

 こちらとしてはそんなこともあったかな、程度の記憶。

 しかし、ノッポはよう覚えていた。


「兄貴。そんな奴いたっけか?」

「施しをもらっただろう。そしてお前が『これで兄貴も乞食の仲間入りだ』だとか私を煽ってきた」

「金貨を貰ったなら覚えているはずだが、もう一枚貰ったら思い出すかも」


 そこで頭を叩かれのたうち回るチビを見てこちらもようやく思い出す。

 正直なところ少しバツが悪い。

 何せ、あの金貨はどちらかと言えば災いが起こることを期待して半ば冷やかしで渡したものだったから。


「あの金貨は道中とても役立ちました」

「兄貴。何度も言ったがこいつ絶対ふざけて渡しただけだって」


 チビの方はよく見ているものだ。

 悪意には敏いのだろう。

 そんなことを考えているとノッポに再び頭を叩かれた。

 先ほどよりもずっと強く。


「痛い!? ちょっ!? 兄貴! 本当に痛いって!!」


 どうやら本気の一撃だったらしい。

 ぎゃあぎゃあ騒ぐチビを肴にノッポと他愛もない話をする。

 特に意味のない気晴らしを。

 そして意味なく始まった話が意味なく終わる。


「それじゃあ、失礼する」


 ノッポが立ち上がり歩き出す。

 チビが大げさに振る舞うのを数歩、ノッポについていって踵を返して何かを放る。


「今回はこっちの勝ちだ」


 財布だ。

 いつの間に。

 恥ずかしながら本当に気づかなかった。


「やるじゃねえか」


 声をかけてやるとチビは笑った。


「今度は返してやらねえからな」

「警戒しておいてやるよ。もし次に会ったらな」


 勝ち誇るチビと呆れつつもどこか誇らしそうなノッポ。

 二人を見送った後、財布を開けると記憶より二枚ほど金貨が多い。


「律儀なこった」


 呟いて酒を飲む。


「また会えたらいいねえ」


 とっくに立ち去った二人に声をかけながら。



 *



 それから三年の間に何度か二人とは会う機会もあった。

 時には一か月に及ぶ旅を共にしたり、時にはギルドの仕事を共に請け負ったり。

 それなりに親しくはなったし、互いの名前も教え合った。


「それじゃ、また今度な」

「はい。いずれまた」

「今回は盗めなかったが次は盗むぜ」


 そしてこの別れを最後にも五年は姿を見ていない。

 別段、珍しい話でもない。

 こんな生き方をしていればいつ死んでもおかしくはない。

 まして、あの二人。

 特にノッポの方は訳ありっぽい感じがしたから。


「ま。生きてりゃ、また会えるさ」


 数えきれないほど別れてきた相手を完全に忘れるための儀式。

 たった一言呟いて、今日もまた旅をする。

 それなりに親しくなって、別れがそれなりに寂しくて、二度と会えないかもしれないのがとても残念な二人組。


 その日の酒はいつもより多かったと記憶している。



 *



 さらに五年。

 ノッポのことももチビのことももすっかり忘れてしまった。


 旅をするのを辞め、故郷に戻り店を始めた。

 退屈だが穏やかな日々。

 そんな折に。


「おや、あなたは」


 随分と身なりの良い男が店に入るなり声をかけてきた。


「誰だい。あんた」


 こちらの問いかけに男は名前を名乗る。

 すぐには中々言葉が出てこない。

 なにせ、引っ張り出さなきゃいけないほど記憶の底に沈めていたから。


「嘘だろう? 生きていたのか?」

「それはこちらのセリフですよ。ずっとお会い出来なかったから……」

「馬鹿か。以前にも話しただろう? 特に背景がなきゃ、ふらふら歩いている根無し草は枯れはしないって」

「けれど、こちらのことは死んだと思っていたのでしょう?」

「そりゃ、お前。お前には何らかの背景があっただろ? 話してはくれなかったけどよ」


 男は軽く笑い頭を掻く。


「詮索はしねえがやはり良いご身分だったようだな」

「そうですね。色々ありましたが、今はこの地の貴族として生きています」

「あやかりたいもんだ。ところで……」


 そう言いながらチビを探す。

 いつも隣を歩いていたチビを。


「あぁ、居た居た」


 少しだけほっとする。

 大分良い身なりとなっているが背も顔も記憶の通りのチビが男の後ろから歩いてくる。


「よぉ、久しぶりだな」

「え?」


 困惑しながら男を見上げるチビに肩を竦めて笑う男。

 そしてここでようやく気付く。

 最後に会ってから十年が経つ。

 相応に成長した男……ノッポに対しチビはあの頃のチビのままだ。

 背は変わらなくとも顔は変わっているはずなのに。


「二人して置いていかないでくださいよ」


 穏やかな声が響く。

 そちらを見れば小柄だけれど優しそうな女性が苦笑いをしながら歩いてくる。


「お母さま」


 チビが声を出す。

 ありえない上品な声と言葉を。


「妻です」


 女性をノッポが紹介した。

 それを見て――。


「なんだい。お前、女だったのか」

「あなたは? ――って、あっ!?」


 相応に年をとってはいるがよく知っている顔になる。

 まったく。

 こちらが知らない十年の間、一体何があったのか。


「ちょっと!? こんなとこにいたの!? 心配したんだよ!!」


 おそらく普段は決して使わないであろう言葉遣いを受けてチビが目を白黒させている。


「兄貴に聞いてもどこに行ったかなんてわかんないって言われるし、いや、まぁ、当たり前だけど……! それならせめて探してみようよって言っても兄貴は『そこまで親しくもないし別にいいんじゃない?』なんて冷たいこと言いやがるし。って言うか、私より兄貴の方が絶対冷た……」


 ノッポにチビが軽く叩かれる。

 十年の時が繋がった。


「相変わらずだな。あんたら」

「いいえ。結構変わりましたよ」


 肩を竦めるこちらに対しノッポはくすりと笑う。

 それと同時にノッポの頭をチビが背伸びして叩いてきた。


「今じゃこうしてやり返されちゃいます。子供の教育に悪いんで普段は見せませんけどね」

「言葉遣いも結構気を付けていたんだけどなぁ」


 チビが屈託なく笑いポカンと口を開けている子供を抱き上げる。


「それで、今は何をしているの?」

「見りゃ分かるだろ。商人だよ」

「あー、昔言っていたもんね。故郷で店を出すかもって」

「よく覚えているな」

「そりゃ、覚えているよ。兄貴がよく言っていたんだ。いつか全部が終わったらあの人のお店を訪ねてみたいって。店も出す前だったのに」


 ノッポを見れば少しだけ顔を赤らめて笑う。


「生きるか死ぬかの世界に身を置いていた時期がありましてね」

「へえ、そうかい」

「まぁ、どうにかこうして生きておりますけど」

「そりゃよかったな」


 話したけりゃ話すだろう。

 だから、こちらはわざわざ聞かない。


「にしても貴族なのに護衛もつけていないのかい」

「まぁ、妻も私もそれなりに強いですから」

「それなり、ね。まぁ、こんな場所ならそれなりで十分か」


 そして始まる他愛のない話。

 唐突に始まったこの会話はきっとまた唐突に終わるだろう。


 だけど、今はまだまだ終わりそうな気配もない。

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