第4章 君のいない夜(前半)
――静寂の空に降る声――
冷たい雨が降っていた。
あの日から、もう何日経ったのか。千紗には、もうわからなかった。
翔の葬儀が終わった後も、彼の笑顔が脳裏から離れなかった。
夜になると、丘の方角を見ては、無意識にスマホを手に取る。
けれど、画面にはもう通知ひとつ、届かない。
部屋の隅に置かれた望遠鏡。
それを見つめるたび、胸が締めつけられた。
レンズ越しに見る夜空は、今までよりもずっと暗く見えた。
――もう、星が綺麗だと思えない。
そんな自分が、情けなかった。
翔と見たあの空が、今では痛みの象徴になってしまったのだ。
大学も休みがちになった。
研究室の教授は心配して電話をくれたが、応える気力も出なかった。
眠れない夜が続き、ただ、翔のことばかりを思い出していた。
雨音の中で、ふと彼の声が蘇る。
――「星ってさ、死んでも光を残すだろ?」
その言葉が、雨に溶けて心の奥で響く。
あの夜の彼の笑顔を思い出すたび、涙があふれた。
何度泣いても、何も変わらない。
だけど、それでも彼の言葉が消えてくれない。
まるで、光がまだそこにあるみたいに。
数日後。
翔の両親から「少し話がある」と連絡があった。
指定された喫茶店の席で、千紗は深く頭を下げた。
翔の母は目を赤く腫らしながら、それでも穏やかな声で言った。
「あなたが翔と仲良くしてくれて、本当にありがとう」
言葉に詰まり、千紗は何も言えなかった。
翔の父がそっとテーブルの上に小さな箱を置いた。
白いリボンがかけられた小箱。
「翔が……君に渡そうとしてたものだよ」
その言葉に、千紗の視界が滲む。
手を震わせながら、箱を開けると――
中には、小さな銀の指輪と“Happy Birthday”と書かれたカードが入っていた。
文字は翔の筆跡だった。
いつもノートに書いていた丸い字。
――Happy Birthday, 千紗。
君が空を見上げるとき、そこに俺がいるように願っている。
たとえどんな夜でも、君の笑顔を照らす星でいたい。
俺の夢は、君と一緒に叶えることだった。
もし俺がいなくなっても、君の空を信じてほしい。
星は、消えても光を残すから。
千紗の手から、指輪が滑り落ちた。
涙が床に落ち、文字がにじんでいく。
翔の声が耳の奥で響いた気がした。
「――何があっても、千紗を見守ってる」
その一言が、心の奥に突き刺さる。
呼吸が震え、声が漏れた。
「そんなこと言わないでよ……翔……。一緒に、星を見る約束だったじゃない……」
涙が止まらなかった。
喫茶店の窓の外では、雨がまだ降り続いていた。




