第3章 約束の空(前半)
――星を数える手のひら――
梅雨の晴れ間の夜。
湿った風が街の灯をぼやかし、雲の切れ間から幾つかの星が顔を出していた。
丘へ向かう坂道を上る千紗の胸は、期待と不安で揺れていた。
翔から「大事な話がある」とメッセージが届いたのは昨日のことだった。
それがどんな話なのか、想像すればするほど心臓の鼓動が速くなる。
丘の上に着くと、翔はすでにそこにいた。
望遠鏡を組み立てながら、夜空を見上げている。
ランプの明かりに照らされた横顔は、いつもより少し大人びて見えた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、今来たところ」
そう言って千紗が微笑むと、翔は静かに頷き、夜空を指さした。
「今日はね、特別な星を見せたいんだ」
彼の指の先には、雲の切れ間に光るひとつの星。
淡く、でも確かに輝いていた。
「“HR 8799 e”。地球から約129光年先にある惑星だよ。この前、大学の観測データを手伝ったんだ。まだ一般にはあまり知られてないけど……、すごく綺麗だろ?」
翔の声はどこか誇らしげで、同時に切なさを帯びていた。
「こんな遠くの星でも、私たちに届いてるんだね」
「そう。光は129年前にここを出発して、今ようやく届いた。つまり、今見てるその光は“過去の光”なんだ」
「……時間を超えてるんだね」
千紗が呟くと、翔は微笑んだ。
「だから、俺たちの願いも、いつか誰かに届くと思う。時間がかかっても、きっと」
その言葉に、千紗は胸の奥が熱くなるのを感じた。
彼と出会ってから、彼の夢はいつしか自分の夢にもなっていた。
“新しい星を見つけたい”――その想いは、もう他人のものではなく、二人の願いになっていた。
「翔。ねえ、君の夢って、本当は何?」
問いかけると、翔は少しだけ目を伏せた。
「俺の夢は、“誰かの空に残ること”。」
「……どういう意味?」
「星ってさ、死んでも光を残すだろ?爆発して消えても、その光はしばらく宇宙を旅して、どこかの誰かの夜空で輝き続ける。俺も、そんな存在になりたいんだ」
千紗は返す言葉を失った。
翔の瞳の奥に、消えそうな悲しみが映っていた。
まるで、もう遠くへ行く人のように。
――いやだ。そんなこと、考えたくない。
胸の中で何かが叫んでいた。
だけど、翔の穏やかな笑顔が、それを押しとどめた。
「ねぇ、千紗」
「なに?」
「今度の君の誕生日、空を見に行こう。その日、もし新しい星が見つかったら――その星に、君の名前をつけよう」
千紗の心臓が跳ねた。
嬉しさと戸惑いが入り混じり、頬が熱くなる。
「……そんなの、ずるいよ。私、泣いちゃうかもしれない」
「泣いてもいいよ。だって、その星は――俺と君の星だから」
翔の声が、静かに風に溶けた。
遠くで雷鳴が鳴り、雲の向こうに一瞬だけ稲妻が光った。
その瞬間、千紗は確かに思った。
――この人を、愛している。




