第2章 光の庭で(後半)
――光の庭で――
その夜、丘の上には桜が満開だった。
夜風に揺れ、花びらが光のように舞う。
星と花が混ざり合って、まるで天と地が溶け合っているようだった。
千紗は翔の隣に立ち、言葉もなく空を見上げた。
心の中で、何かが確かに変わっているのを感じた。
「ねぇ、翔」
「ん?」
「もし、星を見つけたら……本当に名前をつけていいの?」
「もちろん。千紗の見つけた星なら、俺の夢が叶ったも同然だから」
「じゃあ、その星の名前、もう決めてあるの」
「え?」
翔が目を丸くした。千紗は微笑んで、夜空を指さした。
「“Soar”――翔ぶって意味。君の名前と同じ音で、空を翔ける星にぴったりでしょ?」
翔は目を見開き、そしてゆっくり笑った。
「……いい名前だね。まるで、俺の代わりに空を翔けていくみたいだ」
「そんなこと言わないで。君はちゃんと生きてるでしょ?」
「うん。でも……もし、俺がいなくなっても、この星が君のそばにあるなら、それでいい」
千紗は思わず翔の袖をつかんだ。
「やめてよ、そんなの。縁起でもないこと言わないで」
翔は一瞬驚いたように千紗を見て、
そして穏やかな声で言った。
「ごめん。でも、ありがとう。君がそう言ってくれて、嬉しい」
その言葉に、胸の奥が締めつけられる。
翔の瞳は夜空と同じ色をしていた。
深く、どこまでも静かで、どこか悲しげで。
――気づけば、千紗は彼の肩に頭を預けていた。
風がやさしく吹く。
桜の花びらが舞い、二人の肩に降り積もる。
その瞬間、世界が止まったようだった。
「翔……」
「ん?」
「君と星を見られるこの時間が、ずっと続けばいいのに」
翔は笑って、千紗の髪をそっと撫でた。
「続くよ。たとえ季節が変わっても、星は変わらない。だから、俺たちも――きっと」
言葉が風に溶け、遠くで桜が揺れる。
夜の丘は、光の庭になっていた。
二人の間に、確かな想いが生まれた。
それが恋という名前を持つことを、
千紗はもう分かっていた。
星が見える夜は、
いつも同じはずなのに、
誰かと並んで見るだけで、
世界はまったく違う色をしていた。
千紗にとって翔は、
ひとつの星ではなく――
空そのものになりつつあった。




