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翔ける星 Soar -ソア-  作者: 無咲 油圧


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12/13

エピローグ ――光の在り処――

春の風が、街の並木をゆっくりと揺らしていた。

桜の花びらが舞うキャンパスの坂道を、千紗はゆっくりと歩いていた。

肩から下げた黒い鞄の中には、講演用の資料が詰め込まれている。


――今日は、“Soar星”発見から五年の記念講演。


大学の大ホールには、学生や研究者、一般の天文愛好家まで大勢が集まっていた。

舞台のスクリーンには、青白く輝く一つの星が映し出されている。


その光こそ、

彼――翔が夢見た“新しい星”だった。


マイクの前に立った千紗は、少し息を整える。胸元の小さなペンダントには、翔の指輪が形を変えて収められている。

今も、彼の言葉がそこに宿っているようだった。


「皆さん、こんにちは。本日は、私が発見した恒星“Soar”についてお話しします」


柔らかい声が、ホールの静寂に響く。


スライドには、星の座標やスペクトル分析のデータ、観測時の夜空の写真が映し出されていく。

けれど千紗の語り口は、数字や理屈だけではなかった。


「この星の名は、“Soar”。英語で『翔ける』という意味を持ちます。私は、この名前に“空へ翔ける想い”を込めました」


会場が静まり返る。

千紗の瞳はスクリーンの中の光を見つめていた。


「実は、この星の名前には、もうひとつの意味があります。――それは、かつて私と一緒に空を見上げていた人の名前でもあるんです」


ざわめく会場の中で、千紗は微笑んだ。涙ではなく、あたたかい笑みだった。


「彼は、言っていました。『新しい星を見つけたい』って。私はその言葉に出会って、空を好きになりました。彼の夢を叶えることが、今の私の生きる理由になったんです」


ホールの中で、誰もが静かに息をのむ。

スクリーンに映る“Soar”の光が、まるでそれを祝福するように瞬いた。


千紗はそっと目を閉じた。

――翔、聞こえてる?


心の中でそう呼びかける。

返事はない。

けれど、不思議と温かな風が頬を撫でた。


まるで、彼がそっと微笑んでくれているようだった。


講演が終わり、外へ出ると、空は淡い群青色に染まっていた。

キャンパスの奥にある小さな天文台の屋上。

千紗は久しぶりに望遠鏡を覗いた。


冷たい夜風の中、星々が静かに輝いている。

見慣れた星図の中で、ひときわ明るく輝く一点

それが、Soar星。


光は五年前と変わらない。

ただひたすらに、そこに在り続ける。


「ねえ、翔。今日ね、たくさんの人があなたの星を見てくれたよ」


小さく呟く。

空のどこかで、彼が笑っているような気がした。


ふと、風に乗って、懐かしい声が聞こえた気がした。


――「千紗。空、綺麗だな」


驚いて振り向く。

誰もいない。

けれど、確かに感じた。

彼の気配が、隣にあった。


千紗はそっと目を閉じて、微笑んだ。


「うん。すごく綺麗。あなたの星が、今日も輝いてる」


指先でペンダントをそっと握りしめる。

その温もりが、心の奥に広がっていく。


やがて夜空の彼方で、一筋の流星が尾を引いた。

その光は“Soar”の近くを通り過ぎて、消えていった。


まるで彼が「またな」と言っているようで――

千紗は小さく笑いながら、涙をぬぐった。


星は、生まれては消える。

でも、誰かの記憶に残った光は、

永遠に消えることはない。


彼の名は、空に刻まれた。

彼の夢は、彼女の中で生き続ける。


そして今日も、彼女は空を見上げる。


そこには、“翔ける光”がある。


その名は――Soar。

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