第5章 Soar ―翔ける星―(後半)
――翔ける星の名を――
発見された星に、仮の番号がつけられた。
だが、正式な名前を申請できるのは発見者だけ。
研究所の同僚が笑いながら言った。
「千紗さん、星の名前、どうするんです?一生に一度のチャンスですよ」
千紗は少し考え、
机の引き出しから、あの小さな箱を取り出した。
銀色の指輪が、蛍光灯の光を静かに反射する。
翔の文字で書かれたカード――
「君の空を信じてほしい」
その言葉を指でなぞりながら、千紗は微笑んだ。
「決めました」
彼女が申請書に書いた名――
“Soar”
意味は「翔ける」。
そして、彼の名前。
審査を経て、正式に認定された日の夜。
千紗は丘の上に立っていた。
冷たい風が吹き抜け、星たちが静かにまたたいている。
望遠鏡を覗くと、
その中心に小さな光――Soar星が確かに瞬いていた。
あの日の彼の声が、心に蘇る。
――「新しい星を見つけたいんだ」
――「いつか、俺たちの星を」
涙が頬を伝う。
でも、今は悲しみの涙ではなかった。
「叶ったよ、翔。あなたの夢も、私の約束も」
彼の名前が、今、空に刻まれた。
誰の目にも見える、確かな光として。
千紗は夜空を見上げ、
そっと指輪を左手の薬指にはめた。
その瞬間、風が柔らかく吹き抜け、
空の彼方でひときわ明るい光が瞬いた。
――ありがとう。
聞こえた気がした。
千紗は涙をこぼしながら、笑った。
そして、心の中で静かに答える。
「こちらこそ、ありがとう。翔。あなたが教えてくれた空を、私は、これからも見上げていくよ」
夜が深まるにつれ、空の色は群青に染まっていく。
街の明かりが遠ざかり、星々の光だけが世界を包み込む。
“Soar”は今もそこにあった。
まるで翔の魂が、宇宙のどこかで微笑んでいるかのように。
千紗は望遠鏡をたたみ、空を見上げたまま呟いた。
「翔――あなたの光、もう迷わないよ」
風が頬をなで、
その夜、千紗の胸には確かな温もりが残った。
星は、遠く離れていても光でつながる。
たとえ時を越えても、想いがある限り、
それは消えることはない。
彼の名は空へ――Soar。
そして彼女は、今もその光を見上げ続けている。




