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翔ける星 Soar -ソア-  作者: 無咲 油圧


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1/13

プロローグ ―星の約束―

夜の帳が街を包みこむころ、千紗は丘を登っていた。

息を白くしながら、手に持った古びた望遠鏡を握りしめる。

この道を歩くのは、もう何百回目になるだろう。

彼女にとって、星を見ることは日課であり、そして祈りでもあった。


丘の上には、小さな広場がある。

街の光が届かず、風が静かに通り抜けていくその場所で、

千紗はひとり夜空を見上げるのが好きだった。


大学では天文学を専攻している。

星の誕生や滅び、光のスペクトル、恒星の進化

そんな難しい理論を追いながらも、心の奥では、もっと素朴な想いを抱いていた。


――星の中には、誰かの想いが眠っている。


亡くなった人の魂が星になるなんて、幼い頃に聞いた話を、今もどこかで信じていた。

だからこそ、夜空を見上げるたび、千紗の心は少しだけ安らいだ。


その夜も、いつものように望遠鏡を組み立てていたとき、不意に背後から声がした。


「こんばんは」


驚いて振り向くと、そこには青年が立っていた。

月明かりの下、黒いコートを着て、少し照れくさそうに笑っている。


「ここ、よく星が見えるって聞いたんです」


千紗は警戒よりも、むしろ不思議な懐かしさを感じた。

この場所に他人が来ることは滅多にない。

けれど、青年の瞳は夜空と同じ色をしていた。


「あなたも、星が好きなんですか?」


「ええ。新しい星を見つけたくて」


その言葉に、千紗の手が止まった。

青年は静かに空を指さした。


「ほら、あの辺り。見えるでしょ?あの群れの中に、きっと誰も知らない星がある。小さくても、確かに光ってる。それを見つけたいんです」


“新しい星を見つけたい”――

その響きが、千紗の胸の奥に染み込んだ。

研究者としての興味ではなく、まるで祈りのような言葉だった。


「名前は、しょうです」


そう名乗った青年の笑顔が、夜空に溶けた。

風が吹き抜け、二人の髪をそっと揺らす。

見知らぬはずなのに、どこか懐かしい。

その夜、千紗の中で何かが静かに動き出した。


それから、二人は時折この場所で会うようになった。

星座の神話を語り、光年の向こうに想いを馳せた。

翔の夢――“新しい星を見つける”という言葉は、やがて千紗自身の夢にもなっていく。


季節が巡り、夜空の形が変わっても、

丘の上だけは変わらなかった。

そこにはいつも、ふたりの声と笑顔があった。


――だけど、永遠なんて、きっと幻だ。


ある夜を境に、翔は来なくなった。

どれだけ待っても、どれだけ空を見上げても、

彼の姿は、もうどこにもなかった。


あのときの風の冷たさを、千紗は今でも覚えている。


そして、数年後。

彼女が新しい星を見つけた夜。

その星の名を、千紗は迷いなくひとつだけ書いた。


“Soar”――翔。


それは、彼の夢であり、彼の名前だった。

そして、今も空のどこかで光り続けている。


――あなたの光、ちゃんと届いたよ。

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