表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第二章•〈封印〉、解かれる

王が、玉座の横にある、〈紋章〉の輝く扉へ近づくと、それは巧妙なタイミングで、厚い扉が内へ開かれるのだった。

床には、鮮やかな紫の絨毯が敷かれ、大人が優に三人は並び歩ける、幅の広い真っすぐな通路の壁には、奥に満たす暗闇の手前まで、美しい金色のランプが続き、気品ある明かりを灯していた。

ナリ花王が王専用の通路へ入ると、その背後で、両開きの扉が静かに閉じられる。

広間にあった、多くの人の気配と、音とがーーすうっと消え去るのだった。

閉じられた扉の両脇には、二人の側近のすがたがあった。

灰緑色の衣に、頭の上に結わえられた銀髪と、衣と同色の細身の〈リレ〉ーー第一側近のニドーレ•ハスギは、ナリ花王の父である、前マル花王の治世から、第一側近として仕える、まさに名実共に老練という言葉がふさわしく、またその言葉をそのまま体現したような、忠実、沈毅な男だった。

反対側にいる、灰青色の衣に、黒々とした髪ーー同じく細身の〈リレ〉をつけ、色白にしなやかな体躯をした、壮年な男は、ハスギに続いて、第二側近として仕える、ラング•サザであった。

ナリ花王は、二人の側近に背を向けたまま、しばらくの間、黙然と立ち尽くしていた。

背後に控えるハスギとサザは、ただじっと、王の言葉を待つのだった。

やがてーー王がゆっくりと、口を解くーー


「ハスギ、サザーーいよいよそのときが、きたのだと思う」


「〈封印〉を、解かれますか」


王が、振り返るーー

第一側近を見据え、汗の浮いた白い顔を、深く頷かせた。

第二側近の喉が、ゴクリっ……と、生唾をのむ。

ナリ花王は、その手を纏う衣の首元へのばすと、内から、華奢な金鎖を引っ張り出し、繊細に煌めく細い鎖を首から外すと、鎖の先にあるものを、掌にのせるのだった。

三つの視線がーー〈小さな真鍮の鍵〉へ、注がれる………

壁にあるランプの灯りに、〈小さな鍵〉の放つ光沢が、あたかも流れた月日と……込められた、それぞれの思いとを……凝縮させたように……不思議な力をもって、しばらくの時、三人の人物の瞳を、惹きつけるのだった……。

静寂に包まれた、視線の先でーー王の手が、ぎゅっと〈鍵〉を握りしめる。

「このまま、〈塔の部屋〉へ向かう」

「かしこまりました」

ハスギとサザが、そろって身を下げるのだった。


〈神恵ノ国〉の王城ーー〈シード城〉は、東西南北に四つの門を構えた、〈ミンレの街〉を、雄大にそびえる〈凛緑山〉と挟むかたちで、東の小高い丘の上に、壮美なすがたに建っていた。

見る者の目と心に、深く刻み込まれるその佇まいは、〈自然〉と〈建築〉ーー〈天然〉と〈人工〉ーー本来ならば、相容れぬ両者の美が、まさに一つに融合したすがたーー白いレンガ造りの〈城〉全体が、青々とした緑の蔦に覆い飾られ、木々や草花も、切り揃えられることなく、それぞれが伸び伸びと息吹き、それは〈神恵ノ国〉という存在をーー森羅万象を慈しむその〈魂〉をーーそのまま目に見える形として、現しているのだった。


三人は、王広間から続く、王専用の通路を進んでいきーー(扉の近くの壁には、ランプがつけられているのだが、そこから先は明かりがなく、扉横の左右の壁のくぼみに二つずつ並ぶ、専用の丸形の手提げランプをもち、昼間であろうと常に暗闇のなかを進んでいく)ーー途中、いくつもある扉、階段を、王と側近のみ知る道順で、通っていった。

この通路は他に、進む扉と階段の組み合わせを変えれば、〈城〉の思いがけぬようなあらゆる場所へーーその出入口に扉が存在しない場所も数多くーー行くことができた。

いざという非常時にも、王とその家族を、秘密裏にーーそしてすばやく、安全に確実に、移動させることができるのだ。

そのため、側近の二人は、迷路のように張り巡らされた通路の存在ーー扉と階段の組み合わせを、すべて暗記していた。また、ランプ、明かりがない真っ暗闇の状況でもーー(記憶は無論のこと、己の感覚と、壁や階段の手すり、扉の取っ手の質感の違いなどから、判断する)ーー正確にすみやかに、目的地へたどり着くことができた。

三人はそうして、合計5つの扉と階段を進みーーやがて目の前に、玉座の横にあったのと同じ、華麗なすがたの厚い扉が、見えてくるのだった。

扉から少し離れて、ナリ花王が立ち止まる。

丸灯を手に、王の前を進んでいたハスギ、そして、王の後ろにいたサザが、すーっと前へ進みでた。

無言のうち、左右にわかれて、それぞれ扉の飾りのなかに隠された、覗き穴から確認すると、頷き合うのを合図に、これまた飾りのなかに巧みに隠されていた、鍵式ではなく、指で押す式の施錠をハスギが解き、ごく小さな金属音を耳に、両開きの扉が引き開けられたーーー


そこは、高いガラス屋根の、明るい光に包まれた、吹き抜けの空間だった。


ナリ花王と二人の側近が出てきた、扉の反対側ーー広いホールを挟んで、王の部屋と、妃の部屋とがあった。

王の居室である、紫に金を飾った絢爛たる大扉が、美しくも威厳を放ち、佇んでいた。

大扉の両脇に立っていた、鋭兵隊〈スーザラン〉の二人の兵士が、すがたを見せた王に、背筋を伸ばして、勇ましく敬礼をした。

ナリ花王が足を止めたまま、なにか考えるように、二人の兵士のすがたを見据えていると、後ろで扉を閉め終えたハスギが、静かに口を開いた。

「まことに勝手ながら、私の独断で、本日見張りについていた兵士を、変更させていただきました」

ナリ花王が、振り返るーー

「まさか〈鍵〉を使うことを、見越していたのか」

大きく開かれた、琥珀色の瞳が向けられたハスギは、その声も表情も、いたって冷静だった。

「はじめから、確信があったわけではございません。 ですが、ナリ花さまが王広間に入られたあと、やはりそのように、思い至りました。さすれば、この場に居合わせる者は、こちらが十分に、信用できる者でなくてはなりません」

「そなたの勘は、やはり恐ろしいな……」

王がつぶやき、サザも頷いた……。

「あの二人の者の名は、こちらから右側におります者がセンセ、左側におります者がユーツでございます。 実を申し上げますと、それぞれの父親は、私の弟たちであります、セオギとツサギでございます」

王の澄んだ瞳が、さらに大きく開かれた。

第二側近の黒い瞳も、同じく見開かれるのだった。

ナリ花王は、乾いた唇を湿らすと、努めて平静に、口を開いた。

「セオギ、ツサギは、ハスギの弟であることは知っていたが、二人はこの国随一の、名高い彫刻師であろう。 なぜその二人の息子たちが、〈スーザラン〉へ?」

「私も知りたいです。なぜ今まで、教えていただけなかったのか」

弟子の瞳が、師を見つめた。

短い沈黙が流れるーー

「時が時ですので、簡潔にお話しいたしますこと、どうぞお許しください」

ハスギの淡い緑色の瞳が、王を見つめた。

「セオギは長男を、ツサギのほうは長男と次男を、後継ぎとして、育てることにいたしました。セオギの次男であるセンセ、ツサギの三男であるユーツは、自らの意志で、父親と同じ彫刻師という道を進まず、〈神恵ノ国〉、〈鋭兵隊•スーザラン〉へ、志願いたしました。もちろんでございますが、その際、彼らの叔父という立場である私が、特別になにか目をかけたような事実は、この命誓ってございません。あの二人は、自らの努力と力で、〈スーザラン〉という狭き門を、突破いたしました」

「今まで黙っていたのは、このときのためなのか……」

王の掠れた声に、ハスギは再び、短い間をあけた。

「明確に言いますならば、遠くないうち、必ずやってくるであろう、〈危険な大嵐〉に備えてーーというものでございます。避けられぬ〈嵐〉が襲いくるとき、迅速に、信用をもって、こちらが動かせる者が、なんとしても必要だと、そう考えました。 ナリ花さま、そしてサザにも、一切を伏せていましたこと、心よりお詫びいたします」

長い沈黙が流れーーナリ花王がゆっくりと、結ばれていた口を解く。

「ハスギ、感謝する」

王の言葉は、込められた思いが滲むように、微かに震えていた。

「もったいないお言葉です」

第一側近は深く、銀色の頭を下げるのだった。

ナリ花王が、大扉の両脇に立つ、二人の若い兵士のもとへ、足を進める。

ハスギの甥たちは、緊張した面持ちに、今一度軸の通った身を、ピシっと張る。

王が目の前に立つと、二人は再び敬礼をみせた。

「セオギ、ツサギよ、ありがとう。 君たちのおかけで、私は安心して、己のやるべきことへ、集中することができる。 さっそくであるが、今から先、誰かが私に会いにここへ来たならば、私は不在だと、そう伝えてほしい。もどるのは遅くなり、緊急の件は、代わり君たちが聞き私に伝え、それ以外は、明朝報告するようにと。 そして、くれぐれも、私たちが〈塔の部屋〉へ向かったこと、内密に頼む」

「はっ! 仰せの通りに!」

二人はそろって、身を下げるのだった。

ナリ花王と二人の側近は、王の部屋と妃の部屋とに挟まれた、その間に位置する、明るい光に満ちたホールのなかで、そこだけ薄暗さに包まれた、階段の入口へ、移動した。

入口には、先へ進むことを禁ずる、艶やかな紫色の縄が、渡されていた。

なめらかに磨かれた石の階段は、数段上った先から曲がりすがたを消し、大人が二人並べばギリギリの、決して広いとはいえぬものだった。

螺旋階段の壁には、一定の間隔をあけて、小さな明かり取りの窓がつけられており、同じく反対側の壁のくぼみにも、小さな燭台のすがたがあった。しかし、それは、もう長いこと、火を灯していない曇り陰ったすがたにーー仄暗い階段に差す、ぼんやりとした白い陽光が、厚くかぶった埃と蜘蛛の巣のすがたを、どこか心悲しげに、照らしていた。

ハスギが、口を開くーー

「十八年前ーー私が部屋の〈鍵〉を閉め、最後にこの階段を下りてから、ここは、時が止まったままです。 窓はございますが、少し暗いので、埃等にも滑らぬよう、足下十分にお気をつけてください」

ナリ花王の喉が、ごくりっ……と、生唾を飲み下す。

「わかった……」

薄暗い階段の入口は、ひんやりとしていたが、王と側近の額には、うっすらと汗が、光っていた……。

高くーー長くーー続いていく、石の螺旋階段をようやく上りきると、目の前にーー〈紫色の美しい扉〉が、現れた。

息の上がったナリ花王が驚き、戸惑いをみせたのは、その扉に、手にある〈鍵〉を差し入れる場所が、見当たらないことだった。

すると、今年で齢七十三を迎えようと、まったく呼吸の乱れをみせないハスギが、それは迷いのない動きで、金色の取っ手のまわりにある、鮮やかな緑の蔦飾りのひとつを、指で押したーーカチっ……という、金属の乾いた音が響きーー押された〈葉〉にかわって、〈小さな鍵穴のついた葉〉が、そこに現れるのだった。

肩を揺らした王と第二側近は、共に驚嘆の思いに、見つめるのだった。

ハスギが横へ退き、王がいよいよ、手のなかにある〈鍵〉を、〈葉の鍵穴〉へ差し込み、回すーー静まり返った塔の階段に、長い〈封印〉が解かれる、重くくぐもった音が、響き渡るのだった………

二人の側近が、両開きの扉の左右につき、ゆっくりとーー引き開けるーーー


サァー………と、それは不思議な、〈風〉のようなものが、吹き抜けた………


王の鼻が、ぴくりと動く……。

そのあとには、長い歳月にこもった、埃っぽい空気が、包み込むのだった。

部屋のなかは真っ暗で、なにも見えなかった。

「こちらでお待ちください」

ハスギがナリ花王へ言うと、サザにも同じように待つように言い、暗闇の満たした部屋のなかへ、ひとり入っていった。

ハスギは光のない部屋のなかを、〈鍵〉のときと同じに迷いなくーーそれはまるで、部屋の配置ーーどこになにがあるのかーーすべてを把握しているようにーー物音一つ立てず、足を進めるのだった。

と、突然ーーザザザっ……という音と共に、白く眩い光が、奔流のごとく、流れ込んだ。

思わず目を閉じた王と第二側近は、次いで瞼の裏に、窓を開け放つ音を聞いた。

興奮と緊張に、強張る全身にーー新鮮にさわやかな空気を、感じるのだった。

細く目を開けたナリ花王は、ハスギのすがたが、部屋の反対側へ行くのを捉えた。ーーまもなく、先ほどと同じ、カーテンを引き窓を開ける音が響き渡り、部屋に残っていた暗がりが、すべて消え去った。

「お待たせいたしました」

ハスギの低い声が響くーー

「これは……」

大きく開かれた、王の瞳がーー明るい円形の部屋を、見回した……。

「〈城〉のてっぺんに、こんな部屋が……」

サザが呆然と……つぶやいた……。

淡い緑の瞳が、弟子へ向くーー

「サザ、かけてある布をすべて、とっていく」

「はい」

緊張の滲んだ声が、答えるのだった。


〈シード城〉の一番高くにある、〈塔の部屋〉には、それはたくさんの種類の〈石〉が、壮観なすがたに、飾られていた。

なかには、人の腰ほどまである、かなり大きなものからーー一度落としてしまえば、もはや永久に見つかりそうもない、とても小さなものまでーー赤や黄ーー青に緑に紫にーー心惹きつける、誠美しい色彩たちが、燦然と輝き、人間の巧みな手が加えられているものもあれば、原石のままーー自然のままのすがたのものも、数多くあった。

なかでも、部屋の壁をぐるりと高くまで、隙間なく並べられた、ガラスケースのコレクションたちは、まさに標本の壁ーーという言葉がぴったりに、圧巻な光景だった。

そしてーー円形の部屋の中央には、清らかな純白の石でできた、これまたまるい形の見事な台があり、その上には、〈三つのもの〉が、置かれていた。


ナリ花王の目は今ーー美しい石台の奥ーー部屋の扉の正面にあたる場所へ、向けられていた。

そこにはーーそれぞれ、大きな白い布がかけられたものが、全部で5つ、並んでいた。

5つとも、縦に長くーーその大きさは、人の背丈ほどもあった。

「ハスギ、それは……」

ナリ花王の声に、並んだ5つの横へ立ち、王へ向いた第一側近が、静かに答える。

「〈5の守護神さま〉の、〈お衣装〉にございます」

ハスギは言うと、隣にかけられていた大きな布を、慎重に取るーー

白い布のなかからーー燦爛たる赤色が、光輝を放つーー

「薄荷……」

サザが、つぶやく……。

部屋の扉が開いた瞬間に感じた、匂いの正体が、わかったのだった。

虫除けのための、〈小さな香り袋〉が、白い布には、縫い付けられていた。

ハスギが順に布を取っていくたび、部屋のなかに、煌々とした光と石たちの放つ気が共鳴しーーすーっとした、独特にさわやかな香りが、満ち広がるのだった。


〈赤〉ーー〈緑〉ーー〈茶〉ーー〈黄〉ーー〈青〉ーーーー


見るも華やかな、神々しい〈5着の衣装〉が、圧巻なすがたに、並んでいた。


すべての布を取り終えたハスギが、今度は反対側から、王へ向く。

ナリ花王は息をのみ……呆然と立ち尽くしていた……。

ハスギの厳粛な声が通るーー

「マル花さまがご生前に、ご用意されました、〈5の守護神さま〉へ捧げられる、〈お衣装〉にございます。 お旅立ちになられる三日前に、完成いたしました。 〈火〉、〈風〉、〈土〉、〈雷〉、〈水〉ーーそれぞれの力に、敬畏を示し、アドーネ(赤い宝石)、ヨフェイト(緑の宝石)、コモナ(茶色の宝石)、ミーベリル(黄色の宝石)、スヒア(青色の宝石)が、使われております」

「なんという……絢爛さ……」

サザが我を忘れ……声をもらすのだった。

第一側近が、粛々と続けるーー

「こちらのお部屋は、マル花さまのご趣味のお部屋でした。マル花さまの父君、二代目国王、カド花さまもまた、大変な石好きで、親子二代にわたり、さまざまな〈石〉を、お集めになられたのでごさいます。

ちょうど今のように、よくバルコニーの窓を開け放たれては、〈石〉のもつ力ーー清澄なる気を、陽光と風にのせ、王国中へ行き渡るようにと、されておいででした」

ハスギの暗い瞳がーー明るい陽の降り注ぐ、人が二人立てるほどの、小さなバルコニーへ、向けられる……

「マル花さまは、〈凛緑山〉の先を見渡せる、こちらからの眺めがお好きだと、常々、そうおっしゃっておりました」

ハスギの声が消えーー深い沈黙が、〈石〉の囲む部屋を満たした……

風にのって、遠く鳥たちの鳴き声や、〈ミンレの街〉の微かなざわめきが、こだまのように、静謐な部屋に響く……


「ハスギ、ひとつ聞いてもよいか……」


沈黙をーー王の声が破る。

「なんなりと」

第一側近が、頭を下げた。

ナリ花王の強張った身が、ゆっくりと……息を吸う……


「〈5の守護神〉は、いずれも〈女神〉……であらせられるのか……」


王が放った言葉に、第二側近がはっと、息をのむ……

たしかに……どれも目のくらむほど貴重な宝石たちをーーそればかりでなく、高貴な金糸をーー王族でさえ、ここまでは身につけぬほど、豪華絢爛に使われた〈衣装〉はみな、両足を別々に包む形ではあったが、胸元に輝く首飾りといいーー腕の部分の、ごく薄く、優雅にやわらかな袖といいーー〈畏れる男神〉というよりは、〈典雅な女神〉を、思わせた……。

東と西にーー開け放たれている、二つの窓から、陽光にあたためられた、草木の香りを孕んだ、かろやかな風が、固まる部屋のなかを吹き抜けた………

長い時をあけーーハスギが、髭のある口を解く。


「さようでございます。 これまで伏せていましたこと、残り限られたこの命尽きるときまで、償っていく所存ーーまたどのような処罰をも、お受けいたします覚悟でございます」


「いや、その必要はない。 父上が、黙っているようにと、命じたのであろう」


ハスギは黙したまま、銀色の頭を下げるのだった。

静かにその顔が上がると、西に開いた窓ーーバルコニーのほうへ、影を孕んだ瞳が向く……

〈凛緑山〉を越えーー遠く、壮麗な〈透青湖〉の先に見えたーー暗澹たる灰色の霧に包まれた、不穏な地を見つめる……。

青く輝く〈湖〉との間に、異様なすがたに隔てられた、巨大にーーやわらかな壁のような、〈光のベール〉が、ときおり波打つように、見えるのだった。

第一側近の目のには、今まで誰にも見せたことのない、深くーー暗くーー深淵なる悲しみの色が、浮かんでいた。

ハスギは窓から視線を離すと、円形の部屋の中央にある、白の石台へ、足を進めた。

ナリ花王とサザも、同じように、足を進めるのだった。


王と側近が囲む、純白の石台の上にはーー〈革の帳面〉、〈しなび黒ずんだ葉の包み〉、〈5角形のガラスケース〉ーーが、並んでいた。


三つの視線は今ーー〈ガラスケース〉へ、向けられていた。

美しい5角形をした、蓋のついたケースには、紫色の艶やかな布が敷き詰められ、その厚みのある布の上ーー5角形のそれぞれの角に、〈5色の玉〉が、据えられていた。


親指と人差し指をあわせて、輪をつくった大きさの、透き通る〈玉〉のなかには、〈赤〉、〈緑〉、〈茶〉、〈黄〉、〈青〉ーー5色の流れが、神秘的に息づくように……光り輝いていた………


ハスギが手を伸ばし、そっと蓋を、開けるのだった。

「あの日のことは、終生忘れません……」

ハスギの低い声が、静寂に響くーー

「マル花さまのご命令通り、私はこの部屋の外で、待機しておりました。ーー恥ずかしながら、後にも先にも、あれほどまでに怯えた己は、いなかっただろうと思います。 心の臓が、骨に鼓膜に激しく打ち……轟くそのなかで、一心に耳を、傾けていました。 やがて、部屋のなかから、バタっという、鈍い音ーー微かな振動が伝わり、私はそれを合図に、部屋のなかへ飛び込んだのです」

沈む、淡い緑の瞳がーー目の前に立つ王の、すぐ横の床へ、向けられる。

「マル花さまは、そちらの床に、倒れられておりました。……すでに息はなく、その代わり、旅立たれたマル花さまのお身体の上に、このカルン(水晶)のような、〈5つの玉〉が、浮かんでいたのです」


長くーー沈黙が流れた………


「十八年前の、〈成人ノ儀〉であったあの日のことーー私も生涯、忘れることはない……。 父上は、いつ事が起ころうとも、間に合うように、すべての準備を整えていた。 その思いが果たされ、今にこうして、繋がっているのも、忠実であり、心から信頼をした、側近たちの存在があったからだ」


父王と同じ、澄んだ琥珀色の瞳がーー幼いときから、いつもそばにいた、第一側近のすがたを見つめる。そして、同じ齢である、第二側近を見る。

「すべてはひとえに、マル花さまのお力でございます」

ハスギが、掠れた声で言い、二人の側近は、深く身を下げるのだった。


「危機が差し迫った今、再び二人の力が必要だ。 王国の黒い禍根は、私にはじまり、私で終わらせる」


「全身全霊を捧げ、お側に仕えさせていただきます」


ハスギの声が響く。


「私も同じ思いです」


サザが力強く声にする。

第二側近は、一度閉じた唇を湿らし、口を開く。

「〈塔の部屋〉の〈封印〉を解いた今、これから、どういたしましょうか」

すると、ハスギの声が通る。

「一連のことはすべて、マル花さまがご生前に、私にご指示、ご命令をされました」

第一側近の手が、石台の上にある、〈革の帳面〉をとる。

そして、それを、ナリ花王へ差し出した。

「こちらは、時がきたとき、ナリ花さまへお渡しするよう、仰せつかっておりました」

微かに震えた王の手が、厳かに、それを受け取る。


「これは……?」


「マル花さまが残された、〈手記〉にございます」


「〈手記〉……」


「はい。 そのなかに、すべてが記されていると、そうおっしゃっておりました。 〈凛緑山〉の主である、〈パドールさま〉とのこともです」


「〈伝説〉の……〈神獣〉……」


サザが、つぶやく……。

第二側近であるサザは、まだ実際に自分の目で、〈山の神〉のすがたを、見たことはなかった。

王国の〈伝説〉の一つである、〈神獣 サウ•ゴーン〉のすがたを、その目に見ーーかれらと厳秘な関わりをもつ者は、ごく限られた人物のみーー。王とその王妃、そして、第一側近として仕える、者だけであった。

鼓動が速くなり、サザはゆっくりと深呼吸し、声を出す。

「ハスギ師、残る最後のものは、なんでしょうか?」

三色の瞳がーー同じものを、捉えるのだった。

ハスギの手が、それはきれいに包まれた、もとは瑞々しいすがたであったであろう、今は〈しなび黒ずんだ葉の包み〉を、慎重に持ち上げた。

「十八年前、ナリ花さまの〈成人ノ儀〉より、ひと月前のことです。 マル花さまはお一人で、〈パドールさま〉に、会いに行かれました。 たびたび見られるようになられました、ある〈夢〉の、ためでございます」

「〈夢〉……」

ナリ花王が、繰り返す……

「その〈夢〉のために、マル花さまはうなされ、とてもお苦しそうに、目覚められてからも、始終ひどく案じられておいででした」

ハスギは深重な間を、あけるのだった。


「ルイ花王子が、遠くへいかれる〈夢〉ーー〈真っ暗な湖を、進んでいかれる夢〉でございます」


ナリ花王が、息をのむ……

サザの全身が、ぞわりと粟立つのだった……

ハスギの低い声が継ぐーー

「マル花さまが持ち帰られた、この中身を、私も見たことはございません。 ですが、これがなんであるのか、それはマル花さまに教えていただき、存じております」

「一体、なんなのだ……」

ナリ花王の緊張した声が、震撼とした部屋に響いた……


「〈種〉で、ございます」


「〈種〉……」


王と第二側近が、同時に口にする……


「〈5の守護神さま〉を王国へ導くとき、この〈種〉が必要になると、マル花さまはおっしゃっておりました」


ハスギの強い光を宿した目が、真っすぐに、王を見つめるーー

「そして、私は、王のお許しをいただければ、この〈種〉を、サザに託したいと、そう思っております」

突然のことに、サザはまるで落雷に打たれたように、呆然とするのだった……。

大きく開いた、黒い瞳を、師匠へ向ける。

師の表情は変わらず、冷静そのものだった。

「私はもう、かつてのようには動けません。ーー年々、老いという、生きとし生けるものの宿命に、抗えなくなっています。 ですが、サザであれば、マル花さまがこの〈種〉と共に残された、その思いに、こたえることができると、そう確信しております」

ナリ花王はじっと、ハスギを見据えた。

長くーー濃くーー深いーー時が流れた…………

やがてーー王が、静かに息を吸う。

澄んだ琥珀色の瞳が、第二側近を真っすぐ見据えるーー


「サザ、そなたに〈種〉を託してもよいか」


サザの乾いた喉が、ゴクリっ……と、音を立てる……。

声を失い……揺らぐ黒い瞳がーー王の顔から、一瞬間、師匠の顔へ移るーー

ハスギの瞳も真っすぐに、育て上げた、愛弟子のすがたを見つめていた。 逞しく成長した、息子を見るようなーーそれは常日頃厳しい師のすがたに、はじめて見る、あたたかな眼差しだった……。

サザは胸から、熱いものが込み上げ……目鼻の奥がじんと、視界が滲む……。

瞼を閉じーー己の心臓の音をーー響きをーー全身に……聞き感じるのだった………

大きく息を吸い……目を開ける………


「ラング•サザ、この命をかけて、使命を果たします!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ