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第十章•王と守護神㊀

「カーテンを、少し開けても……」

向かいの席に座るサザへ、紅が聞く。

「はい。 少しでございましたら、大丈夫です」

深緑色をした気品高い馬車の、天窓から差す陽光が、神経を張り詰め、緊張した様子の第二側近の顔を照らす。

横の窓を覆った、高貴な紫のカーテンを、紅は慎重に、引き開けるのだった……。


大勢の〈スーレン族〉に見送られ、〈オッカ•ハーヤ〉を出発した紅たちは、再び〈郷〉へきたときと同じように、ワコクやキリンの5人と共に、足を進めた。

〈凛緑山〉に深く通ずる、〈スーレン族〉の女族長の導のおかげで、いかに時間と距離とを短縮できたかーーサザの顔色を見れば、如実にわかるのだった。

そして、〈純白のドレス〉に身を包んだ〈5の守護神〉は、改めて、かれらの精緻な手仕事に対し、感銘を受けた。捧げられた〈ドレス〉は、見た目に美しいだけでなく、機能的にもよく考えられており、計算された長い裾を上げて、前に折りたたむようにして片手にもてば、今度はなかにはいていた、こちらも美しいズボンがメインのすがたとなり、布の広がりをおさえたぶん、山道でも汚れにくく、格段に歩きやすくなるのだった。それにあわせて、覚悟していた道のほうも、はじめと違い、急な斜面のほとんどない、比較的歩きやすい道筋だったため、心配していた二つの項目にいたっては、驚くほど安堵の結果に終わった。

そうして、〈山〉の終わりまできたときーーワコクが静かに、足を止めた。

ーー『我々は、ここまでとさせていただきます』ーーと、その身を下げるのだった。

てっきり、このまま一緒に、〈城〉まで向かうものだと思っていただけに、紅や宿は、狼狽え心細さをありありと、面に浮かばせた。

王の第二側近も、しばしの間、なにか考えるように黙していたが、ワコクを真っすぐに見据えると、『心より、感謝いたします』ーーと、深く頭を下げるのだった。

ワコクたちと別れ、遠く東の丘の上に建つ、まるで絵画のような〈城〉を打ち眺めーー今や〈正夢となった景色〉に、5人の少女たちの頭に浮かんだことは、珍しく同じであった。

ここから、歩いていくのかーーー

見える〈城〉までは、まだかなりの距離があった。

それは考えたくないことに、まさか徒歩で向かうとなれば、陽がすっかり暮れ落ちてしまうだろう。ーーそれに、たとえ典雅なすがたであっても、これほど目立つ格好をして、これ見よがしに、城下街を練り歩くと思うと、少なくとも紅にとっては、全身に寒気に似たものが走るのだった。

だが、少女たちの懸念は、まもなく落着した。

突然にサザが、『失礼します』ーーと、一言放ち、高らかに指笛を吹いたのだ。

ここでもまた、同じ出来事に対しても、5人いれば、個々の性格を映すように、その反応は一人ひとり違うものーー少女たちがおのおの呆気にとられーー(また微塵も動じず)ーーはたまた羨望に目を輝かせているとーーほどなく、規則正しい蹄の音に、ガタガタと重たく大きなものが揺れる振動が、伝わってくるのだった。

みなの視線の先ーー東の方向から、艶やかな月毛の馬に引かれた、豪華な馬車が二台、現れた………


紫のカーテンの隙間から、紅の瞳に、前を走る深緑色の馬車が映る。

品格放つ馬車の側面には、〈神恵ノ国の紋章〉がーー〈中央にある、紫の球体を、まるく包み込むように、神獣の金の枝角と、神魚の銀の尾鰭が、輝いている〉ーーはじめて目にしたとき、〈5の守護神〉は、言い表せぬ心震わすその〈紋章〉をーーそれぞれの瞳に、それぞれの思いで、しばらくの時、焼き付けるのだった。

三人ずつわかれて、二台の馬車に乗ることになり、前の馬車には渦、鼓、宿が乗っていた。

この馬車に乗る際、ちょっとしたいざこざが起こり、その原因は、常ならば無関心に無口であろう青が、乗る組み合わせを決めたことだった。

サザと紅と共に、馬車に乗るつもりだった渦は、納得できぬように文句を言ったが、紅が宿たちのほうに乗ると言っても、青はなぜか聞き入れず、結局、渦のほうが折れて、今の組み合わせになったのだった。

その渦たちが乗る馬車にも、窓には同じ紫のカーテンが覆い、それはサザから事前に、開けないようお願いされていた。しかし、おそらく、好奇心には勝てず、紅がそうしたように、すでに少しカーテンを引いて、外を眺めているだろうと、予想できた。


「タイミングよく馬車を用意できたのは、どうしてですか」


大きな箱を満たしていた沈黙に、青が口を開く。

紅の瞳が窓から、進行方向の席に座り、向かい合うサザへ移るーー

たしかにーーずっと行動を共にしてきて、目の前にいる王の側近に、どこかへ連絡するようなすがたは、見られなかった。 〈オッカ•ハーヤ〉では、紅たちが〈ドレス〉を着付けてもらう間、外に出て、時間はあっただろうが、もしそのときに連絡したのだとすれば、一体どのような方法で、連絡したのだろうか。 なにか特別に、秘密の回路のようなものがあるのか?ーーそれとも、まさか電波か?ーー理想的には、伝書鳩だが……。 あと考えられることといえば、時間が読めぬ分、張り込みのように、はじめから長いこと待機していたーーということもありえる。

そもそも、二つの世界は、季節こそ同じものの、時間は真逆にーー(こちらが朝であれば、向こうは夜のように)ーーそして、時空を越えたときには、やはり時差と似たような、不思議な感覚のズレが伴う。

並んで座る、紅と青の見つめる先ーー王の第二側近は、なにか胸の内思い煩うように、厳しい表情に、口をつぐんでいた。

重苦しい沈黙に、箱を引く美しい馬たちのたてる、一定に、乾いた蹄の音が、くぐもり響くーーー


「王国の〈伝説〉が〈表〉であれば、私たちは〈裏〉の存在。 王はなにかを危惧していて、こうして用意周到に、こそこそ事を運んでいる」


青の冷ややかな声が、沈黙を破る。


「裏の存在……」


紅が、つぶやく……。

紅は本心から、王国の人々に盛大に迎えてほしいわけではなく、こうして粛々と事が進んでいることに、なにの不満もなく、そこに安堵さえあったのだが、青の言葉にーー今まさにカーテンのことといい、たしかに、まるで自分たちがなにかから、隠されているようにも思う……。

そして、紅のこれまで生きてきた、十八年という歳月と、それに伴う経験知識のなかでは、どこまでも〈表〉が〈明るい善〉であり、〈裏〉は〈暗い悪〉のイメージが、根深くすり込まれていた。

であれば………

(少なくとも紅は間違いなく、決死の覚悟を決めて)ーー王国を救うためにやってきた、その自分たちの存在とは、一体なんなのか………

伏せられていた黒い目が、前を向くーー固く結ばれていた口が、静かに解かれた。


「みなさまがたのご来臨を、王国として、盛大にお迎えすべきところを、このように隠密に、事をお運びさせていただきましていますこと、誠にもって罪深きことと、よくよく存じております。 しかしながら、現在の国の内部状況を考慮し、なんとしても秘密裏に、まずはナリ花さまにお会いしていただきますことが、極めて重要なことであると、そのように判断をいたしました次第でございます」


「それって……やっぱり……〈城〉のなかにも、〈敵〉がいるってことですよね……」


紅が、怯え掠れた声に言う。


「敵は敵でも、〈冷邪〉とは種類の違う、〈権力に呪われた人間〉ーー」


青の冷淡な声が通る。

二人の瞳に映る、第二側近の顔は、奥歯を噛み締めているのだろう、その細い輪郭が盛り上がって見えた。

「御者の二人は、お仲間なんですね」

再び満たした沈黙に、青が淡々と言う。

サザの顔が、「はい」と、頷かれた。

「ごく限られた者たちのみ、この計画にあたっています。 御者の二人の者ですが、前をセンセ、後のこちらをユーツ、という名の者が御し、かれらは王国鋭兵隊〈スーザラン〉に所属し、私の師匠でもあります、王の第一側近ニドーレ•ハスギの甥にあたる者たちです。 この二人が〈城〉で待機し、同じく〈スーザラン〉に所属します、メーナ•ウカという若者が、〈凛緑山〉の〈リノ砦〉から、私と〈5の守護神さま〉のおすがたを〈湖〉に見たのち、伝書鳩で合図を送るーーという、一連の流れになっておりました」

紅は考えていた通り、連絡手段に伝書鳩が使われたことに、心の内嬉しさがふくらんだが、それはすぐに、冷たくもたげた不安に刺され、空気が抜けしぼんでいくのだった。

「でも……それじゃあ……その〈砦〉から、他にも私たちのことを見た人は、いるんじゃないですか……」

紅の不安げな声に対し、今度はきっぱりとすぐに、声が返ってくる。

「〈リノ砦〉の望遠筒は、〈外邪ノ国〉の見張りのため、常に西方のそちらへ向けられております。 そして、あらかじめ、この望遠筒の番を数日間、ウカにあたるように、調整をいたしましたので、もちろん油断は禁物でございますが、おそらくは、ご懸念のほうはご安心いただけると、そのように考えております」

「〈スーザラン〉の長も、計画に関わってるんですか」

青の低い声にーー短い間が、流れる……。

「隊長のレセネ•エンは、王からの信頼も厚く、隊を束ねるにふさわしい男であり、もちろん彼の協力を得られれば、これほど心強いことはありませんでした……」

「腕も頭も立つ、〈スーザラン〉の長を仲間にすれば、計画はより確実に、スムーズになる。 逆に、切れ者の相手に悟られないようするほうが、よっぽど慎重に骨が折れる。 そこまでして長を外したのは、〈内部の敵〉もそれ相応に手腕があるからーー。 少しでも疑いの目を向けられれば、計画が頓挫するリスクが高くなる。 こっちがもっているように、狡猾な相手も、見破れぬ持ち駒をいたるところ紛れ込ませている。 二つを天秤にかけた結果、〈内輪の敵〉の脅威をとった」

青の冷静な分析論にーー横に座る紅は、辛辣に口重な少女が、これほど長く言葉を連ねるのを、圧倒されるような感覚に、はじめて聞くのだった。そして、向かい合うサザは、隠しきれぬ驚きをありありと顔に映して、どちらも少しの間、声なく瞬きをするだけに、呆然とするのだった。

しばらくして、落ち着きを取りもどしたサザが、一つ深く呼吸をし、静かに声を放つ。


「ナリ花さまより、みなさまにお話があったのち、王国に〈5の守護神さま〉のご来臨を告げるーーその順こそが、重要な鍵になると、我々は強く信じております」


深重な空気に、紅の瞳が無意識のうち、窓へ向く……

「あっ……」

もれた声に、青とサザもつられるように、瞳を窓へーーカーテンを少し引くのだった。


光り輝く真白の大門を通りーー美しく鮮やかな、〈紫の世界〉へ様変わるーーー

それはまるで、〈紫の花のトンネル〉のように、アーチを描き伸びた枝枝に、咲き乱れた無数の花たちーー地面にも、散り落ちたたくさんの花びらが、さながら紫の絨毯のさまに、厚く敷き詰められ、馬や馬車、吹く風に、幻想的に舞い上がるーーー


「きれい……」

美しさに見とれ、紅はつぶやいたことさえ、気づいていなかった……。

目に映る景色とーー〈夢〉のなかで見た、紫色に彩られた景色とがーー澄みやかに、重なるのだった。

反対側の窓に見る青も、じっとその様子を眺めていた。

「〈ミンレの花〉です」

サザの声にーー二人の瞳が向く。

「街の名にもなっています、〈ミンレの花〉は、初代王のヨーラ花さまが、北の郷里から、大切に思われていた苗をお持ちになり、植えられましたことが、はじまりでございます。 今では、先ほど通りました、〈ナの西門〉ーー他に、〈ヨウの北門〉ーー〈レの東門〉ーー〈ラクの南門〉ーー四つの大通りに、春の訪れとして、毎年見事に咲き誇ります。 この〈ヨウ•レ•ラク•ナ〉は、その方角に最初に咲いたと伝えられています、古代の花たちの名が、由縁となっています。 四つの大門の上には、銀装飾に、それぞれの花たちが、飾り据えられているのです」


「前にいる一人は、タガが外れてるだろうね」

鮮やかな紫に染まった、それは息をのむ天窓を見上げ、青がつぶやく。

紅の脳裏にーーその宿と共にはしゃぐ渦のすがた、二人をなんとか静めようとする、汗をかき慌てた鼓の顔が、ありありと浮かび見えた。

並んで見上げる、紅の口元が、ふっと綻ぶ。


………おかえり………


あたたかな陽光と共に、花々から降り聞こえた、涼やかなこだまに、紅がはっとし横を見れば、青は変わらず黙々と、窓を見上げていた……。

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