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第九章•凛緑山(りんりょくざん)㊂

〈奉迎ノ儀〉の全容はーー〈スーレン族〉の前に並んだ、〈5の守護神〉へ、選ばれしかれらの代表たちが、踊りを捧げることから、はじまるのだった。

〈火〉、〈風〉、〈土〉、〈雷〉、〈水〉ーーーそれぞれの大いなる力への尊びを込め、頭から足先まで全身を駆使し、いとも巧みに表現した踊りを、披露した。

そして、ここでもまた、力強い太鼓の音とーー加えて横笛ーー人の歌声とが合わさり、それは神聖な儀式にふさわしい空間を、つくりあげるのだった。

緊張に強張った紅と宿ーー相変わらず無表情な青とは対照的に、渦はいかにも楽しげに、途中から一緒に踊りだすしまつーーそして、鼓はというと、こういう状況では固まるのが常であるのに、意外や意外、太鼓というものに目がないのかーー週に一度、唯一の楽しみに、街の〈チェチェ館〉で練習を積んできたためかーーじっとしていられず、自ら立ち上がると、緊張しながらも、大太鼓を目を見張る鮮やかなバチさばきに、披露してみせるのだった。

〈雷の守護神〉に跪き、バチを捧げた背の高い若者は、ツーマンという名に、逞しい腕に、太く濃い眉毛が特徴的な、なかなかの美男子であった。〈郷〉の入口の櫓で、大太鼓を打っていたのも、〈スーレン族〉きっての太鼓の名手である、このツーマンだった。

身に纏う〈特別な衣装〉のせいだけでなく、これまでに知っているすがたとは、まるで違って見える頬を染めた少女のすがたに、静かな驚きをもって見つめる紅は、改めて、〈人がもつ桃色の力の存在〉を、実感するのだった。

荘重な儀式はとどこおりなく進み、予想外の盛り上がりをみせた踊りのあとには、豪華な食事が、運ばれてきた。

食事をのせた台もーー食事を入れた器もーーすべて、〈タズマの木〉でつくられていた。

〈郷〉から見た山の斜面には、いくつもの棚田のすがたがあったが、〈スーレン族〉の主食も、紅たちと同じお米だった。

その馴染み深いすがたにほっとし、ぬくもりのような思いが湧いた、つやつやと光り輝く米ーー見るからに新鮮な野菜たちーーさわやかに甘い香りを放つ、みずみずしい果物ーーたくさんの種類の、山菜の天ぷらーー(そのなかには、例の香り高いきのこ、ムメの天ぷらもあった)ーー香ばしく焼かれた、噛みごたえのありそうな肉にーーいかにも身のふっくらとした、焼き魚ーー空の盃には、芳醇な香りの濁り酒が、注がれるのだった。

食事は、どれも本当に美味しかった。なかなかの量ではあったが、5人の少女たちはみな、かなりの空腹であったことから、一番小柄な宿でさえもーー見たところ、小食であろうと思われる青も、全員が米の一粒も残さずーー濁り酒は、味見程度に口をつけ、完食した。


無事〈儀式〉が終わったのちーー紅たちは再び、ワコクの家にいた。

広い部屋の中央にある、特別大きな囲炉裏を囲むようにして、みなが座っていた。

〈5の守護神〉は上座に横一列にーーその向かいの下座に、ワコクとキリンーー紅たちからみて右にサザーー左にケセーレ、リトーム、トータナとが、座していた。

〈儀式〉のときもそうであったが、ここでもまた、紅たちだけが、高い職人技を感じる、木製の美しく華奢な肘掛け椅子に腰かけ、ワコクを含むあとのものたちは、みな床に敷いた藁編みの円座に座っていた。

どう見ても、この空間のなかで年若い自分たちだけが、椅子に座り、さすればおのずと視線を上からに、年長の相手を見ることは、いかにも偉そうに、はじめ戸惑いと抵抗があったことも事実であったが、纏うドレスのことーー慣れない正座のことを考えればーー正直安堵の気持ちに、結局誰もそのことは口にせず、ひっそりと妥協したことも、また事実であった。


「ワコク殿、すでにお伝えした通り、ナリ花王が〈城〉のほうでお待ちしております。 陽があるうち、それもなるべく早く、ここを出発したいと、そう考えております」


満たした沈黙に、王の側近が声を放つ。

女族長の厳かな面持ちが、静かに頷かれた。

「はい、承知いたしております。 王より先、我々が〈5の守護神さま〉に拝謁いたしましたこと、至極恐縮の思いでございます。 それでもなお、王の側近であるあなたさまも含め、今がそのときであると、お伝えすべきことを、私の口よりお話しさせていただきます。 要点をしぼり、できる限り貴重なお時間をお取りせぬよう、努めます。 なにとぞしばしの時、お許しください」

ワコクはもとより真っすぐにのびた背筋を、今一度正し、その手を前につけ、深く頭を下げるのだった。族長の斜め後ろに控える娘も、同じく深々と身を下げた。

再び重みのある静寂が、押し包むのだった。


「質問いいですか」


しじまを破った青の声にーーみなの視線が向くーーー

「やっぱさすがだわ」

渦がニヤリとし、もはや感心するように言う。それにしても、タイミングというものがあるだろうとーーその渦の隣に、青とは端同士に座る紅が、驚き呆れた目を向ける。

「はい、なんなりとお聞きください」

ワコクの玄奥な声が響く。

〈水の守護神〉の細い目が、ひんやりとした光を帯びて、女族長を見据える。

「さっき出されたのって、鹿肉ですよね。 〈サウ•ゴーン〉は鹿のすがたなのに、狩って食べてもいいんですか」

冷淡に放たれた言葉にーー思わず宿の手が、口元を覆う……。まるで自分たちが、禁忌を犯してしまったかのように、怯えだすのだった。

青の横に座る鼓も、血の気の引いた顔に、はっと息をのむ……。

「たしかに……はじめて食べる味だったけど……どうして鹿だと……」

掠れた紅の声が聞く……。

「毎週水曜日、出されるから」

「えっ! まって、まって、まさか曜日ごとに、メニューが決まってるとか……?」

自分たちが〈鹿〉を食したことよりも、なぜかそのことに対し、ひどく恐怖をもったような渦が、怖々と聞くのだった。

「そうだけど」

さらりと青が言う。

「ハンバーグ……ハンバーグが食べたいときは……?」

「家で食べたことない」

凍りついた渦に構わず、淡々と答えるのだった。

「ご質問に、お答えさせていただきます」

すうっと染み透るような、女族長の声が響くーー

「先ほどの〈儀式〉で、みなさまがたがお召し上がりになられましたものは、たしかに、鹿肉でございます。 しかしながら、〈サウ•ゴーン〉と鹿とでは、たとえ近いすがたであっても、まったく別の存在であると、我々は認識しております」

女族長は、間をあけて、声を継ぐーー

「我々はふだん、肉や魚を、多くは食しません。 まったく口にしない、というわけではございませんが、〈山の神〉ーー〈湖の神〉ーー〈ドゥア〉から、お恵みとしてわけ与えられた分のみ、ありがたくいただくのです」

「それは……具体的には?」

腕を組み、眉間に皺を寄せ、渦が聞く。

口を開いたのは長ではなく、ワコクの兄たちだった。

「〈郷〉や、〈郷〉の近くに現れました獣ーー魚であれば、〈湖〉の岸の近くや、水面のほうに上がってきたものだけを、ありがたくちょうだいするのです」

答えたケセーレの座する方へ、〈5の守護神〉の目が向くーー

「自分たちの欲を満たすために、〈山〉のなかーー〈湖〉のなかへ、深く立ち入ることは、決していたしません。 そして、それは、王国側にも、お守りいただいているのです」

リトームが言い、対面する相手へ目を向ける。

紅たちの視線が、サザを見つめれば、王の第二側近は、静かに頷いた。

「つまり、〈スーレン族〉以外、たとえ王様であっても、〈山〉と〈湖〉で自由に生きものを獲ることはできないと」

渦のまとめた言葉にーー女族長が、「はい」と答える。

「〈ドゥア〉からのお恵みは、我々の〈郷〉と、〈ミンレの街〉のほうにも、お運びしております」

「でも数は多くないーーそれでよく、王国側が承諾してくれましたよね」

紅が思っていたことを、冷ややかな声に、青がそのまま言葉にした。

再び、含蓄ある間に、ワコクの口が解かれる。

「その代わり、ということではございませんが、我々は質の高い絹を、〈郷〉でつくり、王国側に献上しています。 この建物の上でも、お蚕さんを飼育しております」

「お蚕さん……」

紅がつぶやく……。

「蚕って……虫なんだよね……」

鼓が囁き、ビクビクと天井を見上げる……。

「だから桑の木が、いっぱいあるんですね!」

一方で〈土の守護神〉は、合点がいったように、表情を明るくして言う。

「桑の木が、なんなの?」

渦が興味津々に聞く。

「蚕が食べるのは、桑の葉だけなんです」

へぇー!と、渦の声が響き渡った。

「桑の木はすごいんです! おいしい実もたくさんできて、葉は昔から漢方薬に使われるほど、とても栄養があります! 蚕だけじゃなく、私たち人間にとっても、すばらしい植物なんです!」

「さすが先生、熱いね」

仲間の喜びを共感するように、渦が笑顔に称える。

「虫……怖くないの……?」

意外さに驚き開かれた鼓の目が、隣に座る少女を見る。

宿はうんと、微笑み頷くのだった。

「じゃあ……このドレスも……」

紅の手が、身に纏う純白の、美しい〈衣装〉に触れる……。

「はい。 この〈郷〉でとれました絹を使い、貴重な〈マーマツリの花〉のみを使って、お染めいたしました」

ワコクが冷静ななかにも、誇り高く言う。

「白にも種類があるんだって、はじめて知ったし、わざわざ白に染めるって、究極の贅沢だよね」

纏う艶やかなドレスを触り眺めて、渦がしみじみともらす。

その言葉の余韻が溶け消えるとーー深重な沈黙が、訪れるのだった。

流れる空気に含まれた、いよいよ話の核心に触れようという、確かな気配にーー〈5の守護神〉と王の側近は、知らず識らずのうち、みな浅い息に、強張る背を伸ばすのだった……。

やがて、女族長の息を吸い込む音が、夜空の雲間に見えた月のごとく、静謐に沈黙を割り響くーーー


「我々がなぜ、〈湖〉へみなさまがたをお迎えにあがれたのかーーそれは、〈ファルファ〉が吹いたからです」


「〈ファルファ〉……」


サザが、固い声に繰り返す……。


「〈ファルファ〉とは、我々〈スーレン族〉の言葉で、(光の風、お告げの風)ーーという意味のものでございます」


「なるほど……」


紅、宿、鼓、青の瞳がーー〈風の守護神〉を見る。

そこにいつもの笑みはなく、真剣な目は真っすぐに、向かい合う女族長へ、向けられていた。

「それじゃあ、〈スーレン族〉の全員が、〈風の言葉〉を、聞くことができるってことですか」

渦の声が通りーーみなの視線の先ーーワコクの首が振られる。

「いえ、〈ファルファ〉の言葉を受け取れるのは、私と、娘のキリン、他にナチハ、ラチマという名の、双子の娘だけでございます」

女族長の、濡れ羽色を思わせる瞳がーーサザへ向く。

「お気を悪くしないでいただきたく、お伝えいたしますが、あなたさまが〈湖〉のなかへ入っていかれるおすがたも、私たちはこの目に見ておりました」

王の側近の顔に、驚愕の色が張り付く。

「それも……〈ファルファ〉が……」

束の間言葉を失ったサザが、ごくりと生唾を飲み下し、掠れた声に聞く……。

王の側近を見据え、ワコクが頷いた。

長い沈黙がーーそこにいる人物たちの、それぞれに、さまざまな感情を含むように、独特な重みをもって、満ち満ちるのだった………

〈スーレン族〉の長が、口火を切るーーー


「十八年前の、5月十一日ーー〈ファルファ〉が吹き、私たちは〈湖〉へ向かいました。 そのとき、〈5の守護神さま〉が〈女神〉であらせられますことを、悟ったのです」


「十八年前……5月十一日……」


つぶやいたサザが息をのみ……蒼白な顔に、大きく見開かれた目で、〈スーレン族〉の女族長を見つめる……。

一族の長として、いかなるときも引き締め張り詰めた面様が、はじめて崩れ、暗い悲愴を映し、ゆっくりと頷かれた。

「その日が……なんなんですか……教えてください……」

まとわりつく沈黙が、じわじわと身を蝕むように、冷たい動悸に襲われ、息苦しさを覚えた紅が、掠れ震えた声を放つ。

濡れ羽色の瞳が、真っすぐに〈火の守護神〉を見据える。

「申し訳ございません。 この場に私の口から、お話しすることはできません」

「そんな……だって……」

「王様の口からーーってことですよね」

青の冷めた声が響く。

紅たちの視線が、サザへ向くーー王の第二側近は、まだ青白い顔を、深く下げるのだった。

「時がありませんので、次に移らせていただきます」

ワコクの凛とした声が通るーー

「キリン」

斜め後ろに座っていた娘が、額ずくと、口を開くのだった。


 『湖からやってきた 不思議な旅人やってきた 髭 ない旅人打ちひしがれ 心の花が枯れていた

 

 湖からやってきた 不思議な旅人やってきた 我ら は迎え、共に暮らした 青き水が花を潤し 緑の風 が手を添えた 旅人の身光が宿り 母なる〈ドゥ  ア〉に手を合わす


 湖からやってきた 不思議な旅人やってきた 小舟 が腹見せ 旅人去りなん 哀しみの雨 我らを包む やがて朝暘水面に差し 今生の別れ 黄金に染めた り』


キリンが唄い終えると、まるで幽玄な余響にーー深深とした空気が、木々と水の匂いを運んだーーー


「〈ウーリコシャーラン•カイの唄〉です」


キリンの、澄んだ声が言う。

「我々の言葉で、〈ウーリコシャーラン〉とは、(もうひとつの世界ーー重なる場所)という意味です。 そして、〈カイ〉とは、唄のなかにでてきた、(旅人のなまえ)です。 この唄は、王国が誕生するはるか前より、この地に先住民族として、住み暮らしていた我々の祖先たちから伝承し、今もなお、大切に唄われ続けている唄でございます」

「そして、この唄には、ある逸話があるのです」

娘から母が、声を引き継いだ。

「ナリ花王の曽祖父ーー王国をつくられた、〈神恵ノ国〉初代ヨーラ花王の妃、リテン王妃は、もとの名をルリルといい、我々〈スーレン族〉の、女族長でありました。 そのルリルさまの、曽祖母にあたります、女族長エラマが、唄にある〈カイ〉という旅人に、叶わぬ恋心を抱いたのだと、そのような秘話があるのです」

「たしかに……肖像画は、なかなかイケメンだったな……」

渦が腕を組み、握った拳を顎にあてて、そのすがたを思い出しながらつぶやく。

「……質問が、あります……」

鼓が恐る恐る、けれども勇気をもって、胸の前に手をあげる。

ワコクが「はい」と言うと、少女は緊張した声を出す。

「〈神恵ノ国〉のお妃さまは、みんな〈スーレン族〉の人なのでしょうか……」

「いえ、そういうわけではございません。 二代目カド花王の妃、ミセリ王妃は、〈スーレン族〉の方ではありませんでした。 三代目マル花王の妃、つまりは、現ナリ花王の母上にあたりますララン王妃は、少し複雑なお話になりますが、父親が〈スーレン族〉である、〈二二〉でございました」

「〈ニニ〉……」

はじめて聞く、その言葉の響きを噛みしめるように、宿が繰り返す……。

「つまり、〈混血〉ーーということですよね」

青の低い声に、ワコクが頷き、声を継ぐーー

「両親のどちらかが、〈スーレン族〉である女性は、〈二二〉といい、男性は〈ユユ〉といいます。 誤解を抱かれませんよう、お伝えいたしますが、あくまでも、古くからそのような呼び名がある、というだけで、我々にとって、〈血〉の混ざる混ざらないは、大きな問題ではありません。 一番大切なことは、〈山〉と〈湖〉に畏敬し、この地に息づくことへ感謝と歓喜をもち、生きとし生けるものの〈輪〉の一つに、己が繋がるという思いを深く〈魂〉に刻むことです。 実際に、この〈郷〉にも、〈二二〉と〈ユユ〉は大勢おります。 また逆に、両親のどちらも〈スーレン族〉であっても、本人が望めば、〈郷〉を出て、王国の街で暮らすことも、自由にできるのです。 そして、またここへかえりたくなれば、〈オッカ•ハーヤ〉は、いつでもあたたかく迎えます。 なにかに縛りつけるということは、〈魂〉にとって、なによりその尊い力を弱める、毒となるのです。 〈魂〉のもつ力は、しがらみのない、いつでも飛翔することのできる自由により、本来の力ーーまたそれ以上の光を、宿し輝くのです。 我々はこの地に、変わらぬことを守りながら、また変わることも、恐れを流し、天の模様のさまに受け入れ、すべては自然と共に、生きていきます」

「すごく……すごく……素敵ですね」

胸を打たれ、目に涙をたたえた宿が言う。

「ありがとうございます」と、女族長の声に、他の〈スーレン族〉の者たちも、頭を下げるのだった。

「ちなみに、今のナリ花王のお妃さまは?」

渦の放った言葉に、ワコクの瞳がサザへ向くーー

第二側近の顔に、一瞬のためらいが浮かんだが、静かに結ばれていた口を解いた。

「ナリ花さまは現在、お妃さまをお迎えになっておりません」

「一度も?」

「はい」

「たとえばだけど……男色とか?……」

「いえ……そうではなく……なんといいますか……」

戸惑い、狼狽えるサザのすがたに、ごめん、ごめん、もういい、もういいと、すまなそうに、渦が手をふり合わせた。

「まぁ、王家の仕組みはよくわからないけど、たとえ王様でも、やっぱ人間なんだし、人それぞれ、好きな人ができたら、恋をして、すきなときに結婚するが一番だよ」

渦の明るい声に、紅と反対側に座る青の吐き出す息の音が、はっきりと耳に聞こえた。

一方で鼓は、物思いに耽り、宙の一点をぼんやりと見つめていた。

笑みを静め、真剣な表情になった渦が、再び口を開く。

「で、話をもどして、さっきの唄の、〈カイ〉っていう旅人のことだけど、その人はたぶん、っていうかほぼほぼ間違いなく、私たちの通う学校ーー〈スーレン緑青学舎〉をつくった人だと思う」

囲炉裏を囲む、5人の少女たちをのぞく全員がーー驚きの表情を、見せるのだった。

「ねげんかいーーという人なんです」

宿が言う。そして、バトンを仲間にたくし、渦は根玄にまつわる話や、学舎のことを、できる限り要約して、ワコクたちに伝えるのだった。

渦が口を閉じると、しばらくのとき、無言の間が、広い部屋を満たした……。


「……本当に、驚きました……」


微かに震えた、ワコクの声が、深いしじまを破るーーー

底光る黒い瞳が、対面する、〈5の守護神〉のすがたを、畏敬を湛え眺める。

「今となりましては、誰も真のことを知ることは叶いません。 なにを言ったところで、推測の域をでることもありません。 しかしながら、おそらく、鋭敏な感覚を持ち合わせ、悟ることに長け秀でていたと伝えられています、祖先のエラマが、別れを予覚し、今に至りましても、特別な際をのぞき、〈郷〉から外へ持ち出すことを固く禁じられています、〈スーレン族〉にとって大切な〈マーマツリの種〉を、その殿方へ贈ったのだと、私はそう考えます」

女族長の声は、内から言葉を紡いでいくうち、乾いた揺らぎを消し、繊細な木の葉でありながら、そこには真っすぐな大樹が立ち、霧雨が潤いをもたらしたかのようだった。

そして、その声は、場にいる一人ひとりの心の隙間に、甘雨のごとく、余情をもって、染み込んでいった……。


「土がちがうから……」


宿が、つぶやく……。

まるく大きな瞳が、隣にいる、鼓の頭にのった美しい冠を見つめた……。

「花が咲かなかった……だからずっと、〈マーマツリ〉は眠っていた……」

少女の心を長く覆っていた、厚い雲間から、ようやく明るい陽が差したように、その顔が晴々とする。

「〈双子桜〉のことーーそして、〈鼻ノ試験〉も、我々の〈パンリュ〉ーー〈葉占い〉によく似ていますし、〈感ノ試験〉も、〈ロウネ〉という、〈米を使い、己の魂のすがたをみる〉ーーという儀式と、ほとんど同じです」


ワコクが一度口を閉じて、心を落ちつけるよう、深く息を吸うーーー


「あらゆる〈輪〉が、このときのためーー古より脈々と繋がってきたのだとーーその大きな首輪が、ついに完成の時を迎え、きたる暗雲の嵐に、〈5の守護神さま〉の後光となり、どこまでもお支え照らすことでしょう」


〈スーレン族〉の長の、波紋のごとく力強い言葉がーー5人の少女たちの〈魂〉に、粟立つような共鳴をもたらす……内なる5色の輝きが、燦然と脈打つのだった……。

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