第九章•凛緑山(りんりょくざん)㊀
一行は、したたるような緑に青々と草木が生い茂り、精気溢れる〈山〉のなかを、進んでいた。
先頭にワコクと、もう一人の若い女性ーーその顔立ち、明澄な黒い瞳ーーアーモンドを思わせる、鋭く切れ込んだ目頭と流れるような目尻のすがたが、〈スーレン族〉の女族長と非常によく似ていたため、おそらくは、ワコクの娘だと思われるーーこの母娘が、〈山〉の豊かな自然のなかに溶け込んだ道を、先に立って案内していくーー。
母娘の後ろに、5人の少女とサザーーしんがりを、残る三人の男たちが務めた。
その美しい髪のすがたと同じ、艶やかにやわらかな亜麻色の髭をたくわえた三人の男は、みな同じ年代と見え、齢を重ねた者がもつ、静かな重厚さがあったが、まだ還暦にはとどいていないだろうと、いう推測であった。
うららかな陽光が、深緑の世界にきらきらと、澄んだ光を踊らせていた。
穏やかな静寂を、さまざまな笛の音色のような、明るく楽しげな鳥たちのさえずりが、響き降りそそぐーー。
いとも長閑に、心洗われるような景色のなかを、一行は厳かに、歩みを進めていくのだった。
「〈凛緑山〉か……」
こぼれ溢れるような緑を見まわし、大きく深呼吸して、渦がつぶやくーー
「ぴったりのなまえだね」
隣を歩いていた紅が、頷いた。
「はぁ……はぁ……」
後ろから聞こえた喘ぎ声に、二人の顔が振り返る。
「まだ……着かないのかな……」
上着を腰に巻き、頬に汗を流した鼓が、不安そうにもらすのだった。
「もうすぐ、もうすぐ!」
対して一滴も汗をかかず、さわやかに、まったく息の乱れていない渦が、くじけそうな友を笑顔に励ます。
たしかに、同じく上着を脱いだ紅も、鼓ほどではないが、やはり息が上がり、汗ばんでいた。
それもそのはずーーかれこれもう一時間ほど、〈山〉のなかを歩いているような気がした。しっかりと整備された道ならまだしも、そこは起伏のある、慣れない山道ーー足場が悪いところ、斜面を登ることも多く、一人の例外を除いては、少女たちはみな確実に、くたびれ気味であった。
「二人は、おしゃれなジャージだからいいけど……私たちは、本当のパジャマだし……」
紅の目が、隣にいる渦ーー後ろを歩く青をちらりと見て、不服そうにつぶやく。
汗を光らせた鼓が、そうだ!そうだ!と、同意するように、何度も頷いた。
「え! パジャマめっちゃ可愛いじゃん! うちのもってるパジャマなんてさ、無地で地味で、ぜんっぜん可愛くないよ。 ってかさ、ジャージってそもそもおしゃれなのかな? 個人的には、パジャマとどっこいどっこいだと思うけど。 まぁそりゃさ、山にパジャマって、なかなかに新鮮だけど、紅がいつもつけてるその三日月のピアスに、星柄がめっちゃあってるなって、そう思ってた! 柄物って、見ていて元気になるし、楽しいし、紅の星に、鼓の恐竜でしょ、あと宿の花……あれ? 宿は?」
苛立ったため息が聞こえ、紅も振り返るーー
うんざりした顔の青が、前を向いたまま、後ろを指すのだった。
いつのまにか一行は、間に距離をあけて、二つにわかれていた。
紅、渦、青、鼓は、足を止める。付き従っていた〈スーレン族〉の男二人も、静かに立ち止まる。
こうして遠目に、改めて見てみれば、周りの景色との違和感に、それは目立ちすぎる花柄のパジャマすがたの宿が、うんと背の高い立派な木を見上げ、熱心に眺めていた。
離れていても、どうしたらよいものかと、困惑がありありと伝わってくるサザと、同じく〈スーレン族〉の男が一人、そばに見守っていた。
「なんで置いてきてるの!」
疲れと空腹に、イライラとした紅が、強い口調に言う。
「ずっとあの調子だから。 歩くの遅いし、置いてけばいい」
青がいつもの冷淡さに放つ。
「だからって……」
「だったら、自分が手を繋いでいけば」
「そういうことじゃ……」
「私はおもりやらないから」
「まぁまぁ!落ち着いて」
目に見えるような火花を散らし、睨み合う二人を、渦の明るい声が割る。
「宿は〈土の守護神〉だから、仕方ないね。 あの熱中ぶりは、今にはじまったことじゃないし」
「そう。 だから置いていく」
「こらこら、青さんよ、わざと煽るんじゃないの」
呆れた苦笑いに、渦がたしなめる。
「どうかされましたか?」
先導していたワコクと娘が、もどり近づいてきた。
「すみません、ちょっと待ってもらってもいいですか」
渦が明るく言い、ワコクが「はい」と、頷く。
すると、大きく息を吸い込むのだったーー
「しゅくーーー!」
〈山〉のなかに、叫び声が響き渡る!
驚いた鳥たちが、バサバサっと、一斉に飛び立つのだった。
細い身から、これだけよく通る、大きな声がでようとは、言葉通り目を丸くした母娘、二人の男たち、そしてビクリとした紅と鼓に、冷ややかに睨み据えた青は、その視線を、金色の髪の少女から、離れた先にいる人物へ向けるーーー
みなの視線の先で、宿の顔がぱっと向き、遠くからでも十分に伝わる、花咲く笑顔で大きく手を振る。
ほらね、というように、青の冷めた瞳が、紅を見据えた。
「しゃーない、いっちょ迎えに……」
苦笑顔に手を振り返した渦が、足を動かそうとしたときーー突然、鼓が走り出す!
え……と、呆気にとられた渦、紅、青が見つめるなかーーふわふわとした巻き毛をなびかせて、鼓は小柄な少女のもとへ、それは思いがけぬ速さに、駆けていくのだった。
あっという間に宿のもとへ着き、なにかを言ったようなのち、二人の少女はしっかりと腕を組んで、サザーー残っていた〈スーレン族〉の男と共にーーこちらへと、走ってきた。
「ご苦労さま」
ニヤリと笑った渦が言う。
「大丈夫……?」
苦しそうに息をした鼓に、紅が心配げに声をかける。
「あんなに走れたんだ」
褒めているのか、貶しているのか、本人しかわからぬ言葉を、青が放つ。
「ごめんなさい……」
まだしかと腕をつかまえられた宿が、まるで素敵な夢から目覚めたように、しょんぼりとして、謝るのだった。
「もういいから、いいから。 でもさ、なにを一生懸命見てたの?」
渦の言葉に、暗くしぼんでいた顔が、一瞬にぱあっと輝き開くーー
「すごいんです! さっき見てたのは、〈タズマ〉という木だと、教えてもらいました! 〈凛緑山〉にだけある木で、〈山〉にあるほとんどの木が、この〈タズマ〉で、〈ムメ〉という、すごく美味しくて香りの良いきのこも、採れるんだそうです!」
「きのこ……おいしそう……」
鼓がもらし、ごくりとつばを飲む。
「へぇー! たしかに、おっきな木ばっかだよね!」
大きく頷いた宿の瞳は、爛々としていた。
「土から植物ーー木にいたるまで、みんなそれぞれに、信じられないほどの力を宿していて、その色とりどりのエネルギーが、〈山〉の深くーー〈土〉のずっと深いところで、一つの〈輪〉をつくっている……その〈大きな輪〉の中には、きらきら光る、〈特別な芯〉のようなものがあって……それはどこかへ繋がっていて……放たれている……」
普段の寡黙な少女のすがたとは打って変わり、強く魅せられたように、その口から滔々と流れ出る、饒舌に多彩な言葉の数々に、みな圧倒され、思わず聞き入るのだった……。
あっ……という表情をした、王の側近と、紅の目が合わさる……。
しかし、サザはすぐに目を離し、もとの引き締めた面に、もどるのだった。
「もうまもなくでございます。 出発しても、よろしいでしょうか」
響き渡った女族長の声に、「はい」とーー少女たちの声が重なった。




