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シャタの望み

※シャタ視点



「シャタ……!」


「カオリ!!!」



 ボロボロになった最愛の人を僕は必死で抱き寄せる。

 絶世の美女と謳われたカオリは、今は見るも無惨な姿となっていた。



「カオリ、カオリ……! どうしてこんな……!」



 妖怪から僕を庇って受けた、彼女の焼け爛れた右頬に震える手を伸ばす。

 するとそれを遮るようにカオリが僕の手に手を乗せた。



「青梅……、あの男が裏切ったの……!」


「何……?」



 青梅とは、先頃から一斉に現世から幽世に流れ込んで来た妖怪達を先導する最高責任者であるという男。

〝鬼神〟となって早々、対応に苦慮していた僕に先住の民である鬼との共存の道を僕に提示した人物。


 まさかその青梅殿がカオリにこんな惨い仕打ちを……?



「青梅は元からわたし達と共存する気はなかったの。親睦の為だというこの宴も全部嘘っぱち。青梅は女子どもを盾にとり、力のある鬼達をみな地獄に堕とすつもりよ」


「そんな……」



 あの柔和な御人が笑顔の裏でそんなことを考えていたなんて……。

 想像もしなかった事実に愕然とする。



「シャタ……」


「!」



 弱々しく僕を呼ぶカオリの声にハッと我に返り、僕は慌てて叫ぶ。



「カオリ! ちゃんと息を吸って! 大丈夫! 絶対に助けるから!!」


「いいえ、わたしはもう助からない。だからせめて……あなただけでも他の鬼達を連れて逃げて……」


「バカ言うな! きみを置いて逃げるくらいなら地獄に堕ちた方がマシだ!! ……そもそも逃げる場所なんてどこにも無いよ。既に幽世は妖怪達で溢れ、現世も鬼が住むには人間が増え過ぎた」


「なら……、ならば……」



 息も絶え絶えにカオリが僕に囁く。



「わたしは必ず転生して、あなたの元に戻る。……だからどうか、あなたは地獄で待っていて」


「え……?」



 驚いて僕はカオリを凝視する。



「カオリ……、転生しても僕の妻になってくれるのかい……? こんな……きみを守れなかった情けない〝鬼神〟の妻に」



 知らず、声が震える。

 だって僕とカオリは生まれた時からの許嫁(いいなずけ)で、結婚はすることは必然だった。

 本来カオリの器量ならば僕のような年下の子どもよりも、もっと逞しく鬼らしい男とだって結婚出来ただろうに……。

 なのに死してなお、僕を選んでくれるというのか。



「――バカね、シャタ」



 思ったままを全て口に出すと、カオリはクスクスと掠れた笑いを浮かべた。



「例え定められた結婚だったとしても、わたしはあなたを愛しているわ。だからわたしがあなたの元に戻ったその時は、裏切った青梅を……。幽世に溢れる妖怪を……。全て根絶やしにして、今度こそ二人一緒に添い遂げましょう」


「カオリ……、それがきみの〝望み〟なんだね……?」


「ええ、そうよ。だから……ごほっ!!」


「分かった、だからもう……しゃべるな……!」



 こうして僕は、カオリの最初で最後の〝願い〟を聞き届けた。

 ああ、待つさ。幸い僕は幼体から成体になったばかり。

 時間はたっぷりある。いくらでも待つとも。



 ――――カオリ。


 

 きみの笑顔がまた見られるのなら。



 ◇



 カオリの亡骸を抱いて地獄に堕ちて、早幾年(いくとせ)

 最初はカオリの転生を指折り数えて待っていたが、途中からは数えきれなくなって止めてしまった。

 でもまだ僕の姿が完全に成体になっていない辺り、思ったよりもそんなに時は経っていないのかも知れない。



「こっ、こいつ人間だっ……!! おぉーい! 人間の娘がいるぞぉーー!!!」



 町の方で誰かが叫ぶ声が聞こえる。

 どうやらまた人間が幽世に迷い込んだらしい。

 くだんの妖怪達の大移動以来、現世と幽世の境目が弛んだのか、度々こういったことは起きた。

 男であれば僕の知ったこっちゃないが、〝娘〟であるならば話は別だ。


 今度こそ僕のカオリ(・・・・・)かも知れない。


 そんな期待を胸に、僕は娘の気配を追って地獄を這い出る。



「……ふぅ」



 久しぶりの新鮮な空気。

 空を見上げれば、綺麗な星が浮かんでいる。



「カオリ……」



 短い結婚生活だったが、その中でも僕達はよく星見をしていた。

 そこでカオリがあんまり熱心に星を見ているから、理由を問いかけてみたことがある。



『星が好きなのかい?』


『う~ん。星が好きっていうより、シャタの瞳が好き……かな?』


『え?』


『だってシャタの瞳、まるで綺麗な群青色の星空みたいだもん。いつもそう思っていたら、いつの間にか本物の星まで好きになっていたの』



 そうやってクスクスと楽しそうに笑うカオリはとても綺麗で可愛くて……。

 僕はなんだか恥ずかしくて何も言えなかったけれど、本当はとても嬉しかったのだ。



「ああ、カオリ……」



〝早くきみに会いたいよ〟



 ――そう、望んだ瞬間だった。



「――――――!?」



 ちょうど僕の真横を、一人の娘が走り抜けたのだ。



「はぁ、はぁ……。……振り切れた……? ……どこか、どこか身を隠せる場所を探さなきゃ」



 どうやら妖怪達から逃げるのに夢中で、僕の姿は目に入っていないらしい。

 警戒している割に間が抜けている。もしここに立っているのが僕じゃなかったら、この娘はすぐさま背後から喰われてしまっていただろう。


 ……でも、このちょっとおっちょこちょいなところ、どこか僕のカオリに似ている(・・・・)



「それに触れちゃダメだよ」



〝もしや〟という期待を膨らませ、僕は地獄への入り口でもある鉄蓋を熱心に眺める娘に声を掛けた――。



 ◇



〝扇子屋〟という遊廓にカオリを案内した理由はふたつある。

 ひとつはカオリにも説明した通り、ここの楼主は人間と分かれば見境なく襲う妖怪共と違い、ある程度人間に理解があって当面のカオリの身の安全を確保出来るからだ。


 そしてもうひとつは――。



「月乃、青梅様からご指名が入ったよ。二週間後だってさ」


「ええ~! 青梅様って羽振りはいいけど、くっさいし、乱暴だしで、かなりしんどいんですよねー」


「ヒッ!? おまっ……! 間違っても青梅様の前でそんなこと言うんじゃないよ!!?」



 膳を届けようと楼主の部屋に向かうと、不用心にも襖を開けたまま、楼主と月乃が大声で話している。



 ――――青梅。



 僕のカオリを殺し、僕ら鬼を地獄に追いやった張本人。

 転生したカオリを探す傍ら、青梅の動向調査も欠かさず行ってきたが、のうのうと遊廓で女遊びをしていると知った時は、(はらわた)が煮えくり返りそうになった。



「…………」



 ――だが、まあいい。


 月乃を目当てに扇子屋に通う青梅。

 それこそがここの連中に暗示(・・)を掛けてまで、扇子屋で下働きをする理由なのだから――。



「あらシャタ、楼主様に膳を届けに来たの?」


「ああ、月乃」



 そこで目敏い月乃が廊下に佇んでいる僕に気づいて、パッと顔を輝かせる。



 ――――月乃。



 何をまかり間違ったのか、僕に恋情を抱いている哀れな女。


 扇子屋に来て間もなくの頃の月乃は、本当に何にも興味を示さない虚ろな女で、目を離せばすぐに儚くなってしまいそうだった。

 せっかく月乃を気に入って青梅が扇子屋に頻繁に通うようになったのに、すぐに死なれては困る。



『月乃の歌は優美さの中に危うさを孕んでいて素敵だね。もっともっと君の歌を聴きたいな』



 これはそんな気持ちから、単に発破をかけるつもりで言った言葉だった。

 だから――……。



「ねぇ、シャタ。シャタはお夕飯、またあの貴方が連れて来た子と食べるの?」


「うん、そうだよ」


「……どうしてそこまでシャタが気にかけてあげなきゃならないの? あんな子、別に放っとけばいいじゃない! 貴方が気にする価値ないわよ、あんな普通の子!」


「…………」



 ああ、うるさい。

 内心面倒臭くて仕方がないが、それは顔におくびもださず、にっこりと微笑む。



「そんな言い方、しちゃダメだよ。カオリは初めて仕事をするというのに、朝から晩まで本当によく頑張っている。気にする価値が無いなんて、僕は思わない」



 月乃はカオリに対してかなり辛辣な物言いをする。

 しかもただ陰口を言っているだけならまだしも、他の遊女や禿達と結託して嫌がらせまでしているのだから、ハッキリ言って目障りだった。



「……ねぇ、その子のところじゃなくて私の部屋に来ない? 私、今日は休みなのよ」


「ごめん。カオリが待ってるから、僕はもう行くね」


「あ……」



 まだ月乃が何事かを言っているが、どうでもいい。

 僕が彼女の歌声を褒めたのは、青梅のお気に入りがいなくなったら困るから。

 それ以上でも以下でもない。

 なのに勝手な期待をされるのは、気持ち悪くてしょうがなかった。



 ――ああ、早くカオリの元に行きたい。



『……あなたは優しいんだね。けど、あなたも妖怪なんでしょ? なのにどうして人間のわたしに優しくしてくれるの?』



 恐怖に震えながら、おずおずとそう問いかけてきたカオリの可愛さったら、言葉では言い表せないものだった。

 すぐさま抱きしめて地獄に連れ去ってしまいたかったが、思いとどまった僕の理性を褒めてあげたい。



『ビックリしたよね、あんまり見ないで……』



 そう言って恥ずかしそうに手で隠した右頬の痣を見た時に僕がどんな感情を抱いたか、きっとカオリは想像もつかないだろう。


 カオリであるならば、どんな姿であっても戻って来てくれたらそれでいいと思っていたのに……。

 きみはきみの姿のまま、僕の前に現れてくれた。


 愛おしくて、愛おしくて、止まらない。



「早く全部終わらせて、一緒に地獄に行こうね」



 既に二人の新生活で頭がいっぱいの僕は、鼻歌を歌いながら仕事を終えたカオリが待つ部屋へと向かった。



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