表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

捌 極楽浄土~そして二人はいつまでも~



「いやあああああああああ!!!」


「ぐああああああああああ!!!」



 わたしの悲鳴と青梅の絶叫が響いたのは、同時だった。



「……っ?」



 それに違和感を感じて、ぎゅっと固く閉じていた目を開けると……。



「熱いっ!! 熱いぃっっ!!!」



 視線の先には何故か火だるまになった青梅がいる。

 ……いや、青梅だけじゃない。窓の外が赤い。



「…………?」



 不思議に思ってそっと窓を開けると、パチパチと木造の建物が焼ける音と共に、むわっと熱気が室内へと入ってくる。

 あの煌々とした赤提灯も、いくつも建ち並ぶ五重塔も、全部全部赤に染まっていた。



 これは、火事……?



 青梅の悪臭も掻き消すほどの煙の臭いに呆然としていると、青梅が襖を開けて大声で叫んだ。



「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃ!!! 熱いぃ~!!! 用心棒は!! 用心棒はいるかぁ~!!!」



 青梅が絶叫してあの三つ目の男を呼ぶ。

 しかし部屋の外で待機すると言ったはずの男は現れない。

 それどころか、館内に異常に騒がしい。


 ドタバタと廊下を駆け回るいくつもの足音。

 何かを叫び合う声。


 そして――。



「香織っ!! 大変だ! 火事だよ!!」


「閣下殿! マズいことになった! 地獄で大人しくしていたはずの鬼共が現れ、町を焼き払っている!!」



 楼主と遊女達。続いて三つ目の男が部屋に飛び込んでくる。

 皆一様に血相を変えていて、特に三つ目の男は火だるまの青梅を見た瞬間、慌てて火のついた着物を脱がせた。



「み、みんな……」



 一体何がどうなっているのか状況が飲み込めない中、見知った顔ぶれが現れ、ホッと表情を緩めて楼主達の方へと振り向く。すると何故かみんな絶句したように目を見開いてわたしを凝視した。



「? どうしたの?」


「なっ……!?」


「カオリっ、アンタその姿は……!?」


「……え?」



 ……わたしの姿……?



 キョトンと首を傾げ、わたしはもう一度窓を振り返った。

 すると……。



「うそ……」



 窓に映し出される自分の姿。

 それはいつも見慣れたごく普通の高校生としての姿とも、遊女として綺麗に着飾ってもらった姿とも異なっていた。



「これ……わたし……?」



 恐る恐る手を伸ばして頭に触れる。そこには二本の小さな角が生えており、瞳は瞳孔が開き切った黄昏色。口の中には鋭い牙まで。

 これじゃあ、まるで……。



「――――鬼」



 そう、呟いた時だった。



「ああ、ようやく戻って来たんだね。僕のカオリ(・・・・・)



 窓の(かまち)をトンっと蹴る音と共に凛とした声が響いて、背後からふわりと抱きしめられる。

 その声の主が誰なのか、顔を見なくてもわたしには分かった。

 お腹に回された手に手を重ねる。



「シャタ……」


「ごめんね。すぐに戻ると言ったのに、遅くなって」


「ん……。いいの、ちゃんと来てくれたから」



 背後に首を動かせばやっぱりシャタがいて、すっかり馴染んでしまったその温もりに、緊張と恐怖で張りつめていた心がゆっくりと解けていくのを感じた。



「ひっ……! ひいぃぃぃぃぃぃぃ!!! お主のその顔、まさかきっ……、鬼神(きじん)っ!!? 鬼神ではないか!!? 何故地獄に追いやったはずのお前が幽世にいる!!!?」



 シャタを見て恐慌したように叫ぶのは青梅だ。

 三つ目男によって消火されて着物をすっかり脱ぎ捨てた青梅は、その醜く肥え太った身体を惨めたらしく晒している。



「〝鬼神〟?」


「ああ」



 ハッと目を見開くわたしを撫でてシャタは青梅をちらりと目やる。

 その表情は酷薄な笑みを浮かべていた。



久しぶりだね(・・・・・・)、青梅大臣。相変わらず自身の欲求を満たす為ならどんな下衆もするクズのようだね。それにしても滑稽だなぁ。僕を地獄に堕とした時、君はとんでもなく勝ち誇った顔をしていたというのに、今の君はまるで無力な羽虫のようだ」


「えっ……!?」



 シャタを地獄に堕とした!? この男が……!?



「じゃあ……」



 以前にシャタの話に出て来た妖怪達に裏切られて最愛の妻を亡くし、地獄に堕とされた鬼の王――〝鬼神〟って……。



「……シャタ、だったの……?」



 驚きに満ちた目でシャタを見るとシャタは困ったように眉を下げて、青梅からわたしへと視線を移した。



「うん、言えなくてごめん」



 するとシャタの姿がぶわりと揺れ、次の瞬間には簡素な麻の着物は、仕立ての良い上等な着物に変わり、頭にちょこんと二本生えていた小さな角は、今は鋭く立派なもへとなっていた。



「――――!」



 それを目にした瞬間、青梅を庇うように前に出た三つ目男も、わたし達のやり取りを息を詰めて見ていた楼主も、火の手が迫っていると叫ぶ遊女達も、そして当の青梅でさえも驚愕の声を上げる。



「シャタ……」


「僕こそが〝鬼神〟と呼ばれる鬼。そして青梅は当時の妖怪達の幽世移住に関する最高責任者だった」



 そこで言葉を切って、シャタは顔色を青くしている青梅を見た。



「青梅は先住妖怪である鬼を尊重し、共存していきたいと当時僕に語り、僕はそれを信じた。――しかしそれは青梅の策略だった」


「ひっ!」



 シャタが青梅を憎悪に満ちた表情で睨みつけ、青梅は引き攣ったような悲鳴を上げる。



「歓迎の宴を用意しろと言われ、馬鹿正直にそれに従った結果、僕は最愛の妻カオリを失った。まだ王に成りたてで未熟だったとはいえ、本当に僕は大馬鹿だった。以来僕の中に残ったのは、〝カオリを取り戻すという望み〟だけ。永い永い時をかけて僕はカオリの魂の痕跡を探し続けた。――そしてようやく見つけたんだ。現世で人間へと転生し、幽世に迷い込んだ少女を」


「――それって、わたし……?」



 信じられない気持ちで呆然と呟くと、「そうだよ」と頷いて、シャタがわたしの右頬の痣を愛しそうに撫でた。



「この痣はカオリが僕を庇った時についたもの。言わばきみと僕を繋ぐ証。転生したきみの頬にこの痣を見つけた時、僕は歓喜したよ」



 心底嬉しそうな笑みを浮かべるシャタに、わたしは身体がゾクリと震える。


 恐怖? 悪寒? 違う、これは――――高揚だ。



「ああそれにしてもやっぱり思った通り、カオリはこの姿の方がしっくりくるね。人間の姿も可愛らしかったけど、やっぱり僕の対ならば鬼の姿でないとね」


「思った通り……? じゃあこの姿()になったのは、シャタのせいなの?」



 わたしがそう問いかけると、シャタはうっそりと笑う。



「そうだよ、僕の望みは〝カオリを取り戻す〟こと。きみを地獄に連れて行くことは決めてたんだ。でも地獄は常に灼熱の炎が燃え盛り、熱に耐性のある鬼の身体でなければとても耐えられる場所じゃない。だからその準備として、少しずつ僕の妖力を口移しでカオリに与えたんだ。ゆっくりと、しかし確実に鬼になるように……」


「口移し」



 ストレートな言葉にポッと頬が熱くなる。

 そうか、あの毎日ねだっていた〝食事〟。

 単に栄養補給の為と思っていたが、あれがわたしを鬼に変えたのか。



「ごめんね、なんの断りもなくきみを鬼に変えてしまって」



 シャタは口では謝っているが、その表情は愉悦に満ちていて、とても悪びれているようには見えない。



「もう……、しょうがないなぁ……」



 幽世に迷い込み、家族や友人、現世での全てを奪われて、ついには〝人間〟であることさえも奪われてしまった。


 ……なのに、全然怒りが湧いてこない。



 寧ろ、――嬉しい。



 わたしへの恋慕が嬉しい。

 圧倒されるほどの執着が嬉しい。

 勝手に鬼にされ、引き返す選択すら与えないのも嬉しい。


 全部嬉しい。


 だってもう現世へと戻れないのなら、人間である必要はない。

 人間じゃなくなればシャタと共に生きられるというのなら、それはとても素晴らしいことだ。



「――カオリ、昨日僕を選んでほしいと言ったけど、もう答えは決まった?」


「あ……」



 シャタの手が、そっとわたしの手に触れる。



『どうかその時は、僕を選んでほしい』



 昨日の真剣な表情で告げられた言葉。

 あれはそういう意味だったのだ。



「シャタ……」


「さぁ、カオリ。きみの答えは?」


「そんなの……」



 ――そんなの、とうに決まっている。



「連れて行って、地獄に。――――わたしを」



 触れられた手を同意を示すように撫でた瞬間、青梅や楼主達の断末魔のような悲鳴が耳をつんざいた。



「ああああああああああああああ!!!」


「熱いっ!! 熱いっっ!!!」


「みんなっ!?」



 見ればいつの間にか火の手は部屋の中まで広がり、すっかりわたし達も火に取り囲まれていた。

 窓の外も町中が赤い火の海と化している。



「この火はシャタがやったの?」


「……そうだよ。まぁ厳密には、他の鬼達がだけど。みんな当時僕と同じように大事な人を妖怪共に殺され、恨みをもっている。全員根絶やしにするまで火の手は止まらないだろうね」


「青梅はともかく、扇子屋のみんなまで……。どうして?」



 戸惑うわたしの両肩をシャタがぐっと掴む。

 シャタの星空のような群青色の瞳が今は燃え盛る炎を映して、まるでわたしの黄昏色の瞳とお揃いのよう。

 それに状況も忘れてうっとりと見惚れてしまう。



「忘れたのかい? ここの連中はくだらない嫉妬できみに辛く当たっていたじゃないか」


「でも、最後にはこうして遊女としての装いを整えてくれたわ」


「それはあくまでも緊急事態で青梅を穏便に鎮めたかっただけだ。本質は普段に出る。日常きみが目にした姿こそ、彼らの全てだよ」


「……そ、れは……」



 そうなのだろうか?

 シャタが言うなら……、そうなのかも知れない。



「残酷な僕が怖い? でも僕はきみを失った時に決めたんだ。もう妖怪共を信じない。手心を加えてまた裏切られて、一番大事なものを守れないのは御免だ。カオリを守る為なら、僕は手段を選ばない」


「シャタ……」



 苦しそうなシャタの表情に何も言えなくなる。

 きっとシャタはずっとずっと苦しんで、今こうしてわたしを迎えに来てくれたのだ。

 そうであるならば、これ以上わたしが余計な口を挟んでシャタを困らせるようなことはしたくない。



「――ううん、怖くないよ。好き、大好き。ずっとシャタの側にいる」


「カオリ」



 あちこちから悲鳴の聞こえる中、わたし達はゆっくりと口づけを交わす。

 とても罪深い。けれど甘いふわふわとした感情に満たされて、わたしは幸福感でいっぱいだった。



「…………」



 ぼんやりと綺麗なシャタの顔を見つめていると、ぐっと肩を抱き寄せられる。



「さぁ、邪魔な奴らはみんな消えた。――行こうか」


「うん」



 見た目に似合わない老生した仕草に、わたしはコクンと頷く。

 そしてそのまま目を閉じれば、世界は暗転する。



「シャタ」



 消えゆく意識の中でポツリと呟く。

 すると決して離さないというように強く指を絡められ、ホッと息を吐いた。



「――ねぇ、シャタ」



〝地獄に連れて行って〟



 きっとそこは、どうしようもないわたし達の極楽浄土だから。




=本命ヤンデレな美少年(鬼)に愛されて息も出来ない・了=



次回はシャタくんの答え合わせ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ