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肆 鬼神~或いは侵略者の話~



「カオリ、お腹空いたでしょ? ご飯だよ。僕の分も持って来たし、一緒に食べよう」


「わぁ! ありがとう、シャタ。美味しそう!」



 お風呂で身を清めた後に綺麗な和室に案内され、中に入ると既に夕食を乗せたお膳がシャタによって準備されていた。

 並べられているのは、サバの塩焼きに大根の煮物。そしてなめこの味噌汁。ほかほかを湯気をたてる白米の香りに、わたしはホッと息をつく。


 人間を食べるという妖怪達の食事。

 一体どんな料理が出て来るのだろうかと内心恐々としていたのだが、元いた世界でも見慣れた日本料理の数々に、強張っていた肩の力が自然と抜ける。



「いただきます」


「いただきまーす」



 シャタと向かい合わせに膳の前に正座して一緒に行儀よく合掌し、料理を口に運ぶ。

 まずはサバの塩焼きを頂けば、優しいサバの甘味が口の中いっぱいに広がった。



「美味しい……」



 ポツリとこぼれた言葉。

 お風呂で身体の芯まで温まり、お腹も満たされたことで、気が緩んだのだろうか?

 ぎゅっと箸を握り締めれば、ポタリとひと雫の水滴が落ちて、手の甲を濡らした。



「あ……」


「カオリ……」



 目の前の辛そうな表情のシャタにハッとして、そっと自身の目を擦れば、指先はどんどんと濡れていく。



「……あっ、う……うう……っ!」



 その水の正体が涙だと気づいた瞬間、ダメだと思うのに嗚咽が勝手に出て止まらなくなる。



「うぅ……! うえぇっ……!!」



〝まずは落ち着ける場所を〟


 そう考えて、ずっと泣くのを堪えていた。

 だけどもう無理だ。

 見ない振りをしていた現実が、容赦なくわたしに襲いかかってくる。



『……ごめん。こんなこと言いたくないけど、帰れないんだ』



 もう、わたしは家には帰れない。



「うう……っ! お父さん、お母さん……!」



 このまま一生、この妖怪達に食べられるかも知れないことに怯えながら暮らしていかなければならない……!



「怖い、怖いよぉ……!」



 お父さん、お母さん、みんな……、助けて……!!



「う、ぅ……」


「カオリ」


「う……シャタ……」



 いつの間にかわたしの隣に移動したシャタがそっとわたしの頭を撫で、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 その柔らかな温もりに、ボロボロとまるで目が溶けてしまったかのように涙が止まらない。



「ごめ……、着物汚しちゃ……」


「いいんだよ。いっぱい泣いていい。大丈夫、僕が全部受け止めるから」


「シャ……タ……」



 よしよしと慰めるように優しく背中を撫でられ、またわたしの瞳からは新たな涙がとめどなく溢れる。



「う、……わぁぁっ! わあぁぁぁぁんっっ!!!」



 それからどれくらい泣いていただろう?

 目が涙ですっかり霞んでしまうくらい、たくさんたくさん泣いたことだけは覚えている。



「ぐす……っひ……」



 泣き腫らし、さすがにカラカラに枯れてしまった目元を擦ろうと手を上げる。

 するとその手をそっとシャタに取られ、遮られた。



「あ……」


「擦っちゃダメだよ。ただでさえ真っ赤に腫れちゃっているのに」



 そう言ってシャタが懐から取り出したハンカチを、そっとわたしから目元に当てる。

 確かにすっかり腫れているのか、ハンカチが目元に触れただけでピリッと痛い。



「……ありがとう。シャタはやっぱり優しいね(・・・・)



 わたしがそう呟くと、ふとシャタの手が止まった。



「? シャタ?」


「それってもしかして、さっき月乃太夫が言ってたことを気にして言ってる?」


「――え」



 じっと群青色の瞳に見つめられ、見透かされているようなソワソワした感覚に言葉が詰まる。



『シャタは誰にだって優しいの。勘違いしないことね』



 それは――……。



「……うーん。全く気にしてないって言ったら、ちょっと嘘になる……かな? でも安心して。月乃さんに言われなくたって、妙な勘違いなんてしないから」



〝そもそも自分より年下の子相手に恋とかあり得ないし〟


 そう言ってしんみりとした空気を和ませようと笑ったのだが、わたしとは反対にシャタは真顔だった。綺麗に整った顔立ちのシャタが無表情になると、まるで本当に人形のようだ。

 わたしは(ただ)ならぬ雰囲気のシャタに、ビクリと身をすくめる。



「あ、あの……」


「それは残念。僕はカオリに勘違いしてほしくて、優しくしてるのに」


「――――」



 ………………え、???



 思いもしなかったことを言われ、頭が真っ白になる。

 それって……、つまり……??



「~~~~っ!?」

 


 ボンッ! と頭の中で間抜けな音がして、顔が一気に熱くなった気がする。


 だ、だって、そんな! シャタとはまだ会ったばかりだし! そもそもシャタはまだ子どもで……!!

 ……いや、シャタが本当に見た目通り中学生くらいの年齢なら、別にそんな子どもでも無い……の、か……?



 ――いやいや、じゃなくてっ!!!



「じょ、冗談……」


「ん?」



 恐らく真っ赤になったわたしに対して、シャタはにこにこと涼しげに微笑むだけ。

 今の爆弾発言も全部夢だった気さえする。



「…………」



 ぐるぐると色んなことが頭を駆け巡り、辛うじて発することが出来たのは……。



「ご飯! すっかり冷めちゃったけど、ご飯食べよう!!」



 ……それだけだった。



 ◇



「そういえばシャタって、なんの妖怪なの?」



 案の定すっかり冷め切ったご飯を美味しく頂き、食後に温かいほうじ茶を啜りならが問いかけると、シャタがキョトンと目を瞬かせた。



「……カオリには何に見える?」


「えー」



 質問に質問で返された。

 まぁ気を取り直して、わたしは「う~ん」と唸る。



「多分パッと見だけど、……鬼……だよね?」


「さすが、ご明察。そうだよ、僕は鬼だ。まぁ角もあるし、分かりやすいかな」



 言いながら頭上の二本の角を指差すシャタに「うん」と頷き、わたしはほうじ茶をまた一口飲む。



「そっかぁ、シャタは鬼なんだぁ。鬼ってなんだかカッコいいよね」


「カオリにとっては、鬼ってカッコいいイメージなんだ?」


「…………」



 あ。



 まただ。またシャタはいつもの柔らかな表情とは違う、どこか仄暗い影のある表情をしている。

 それに内心動揺するが、しかし顔には出さず、ごく平然を装う。



「うん。カッコいいとか、強そうってイメージがあるよ。あとシャタと出会ってからは〝優しい〟ってイメージも増えたかな」



 にっこり笑って告げると、シャタは虚をつかれたように目を瞬かせ、「そっか……」と小さく呟いた。

 わたしなりに褒めたつもりなんだけど、シャタはあまり嬉しそうじゃない。



「ごめん。もしかしてわたし、無意識に変なこと言っちゃったかな……?」


「ううん、違うよ! ただ複雑だなって。良い印象ばかりもってくれるのは嬉しいけど、でも本当は鬼って全然カッコよくないし、強くもないんだよ」



「? それってどういうこと?」



 なんだか実感のこもった物言いが不思議で、わたしは首を傾げる。

 するとシャタはスッと目を伏せて、話を続けた。



「元々この幽世(かくりよ)は鬼が支配する世界だったんだ。しかし現世で人間に棲処(すみか)を追われた他の妖怪達がこぞって幽世に渡って来て、今度は鬼達が地獄(・・)に追いやられてしまった」


「え……」



 思ってもみなかった鬼の過去に、わたしは顔が引き()るのを感じる。



「じ、地獄って……、あの鉄蓋の奥にあるっていう? どうして鬼達は地獄に追いやられたの? 何か妖怪達にしたっていうの?」


「……いいや。寧ろ鬼達の王――〝鬼神(きじん)〟と呼ばれる鬼は、最後まで現世から来た妖怪達と共存出来ると信じて疑わなかったそうだよ」


「じゃあ、なんで……」



 納得がいかず、ついシャタを責めるような口調になってしまう。

 しかしシャタは気にした風もなく、淡々と話し続ける。



「恐らく先住の王が目障りだったんだろうね。今幽世を支配しているのは、現世から来た妖怪達だ」


「え? じゃあ鬼神は? 鬼神も地獄に……?」


「そう。信頼を呆気なく裏切られた鬼神は、最愛の妻を妖怪達に殺されてしまったんだ。そしてその失意のまま、他の鬼達と共に地獄へとボロ雑巾のように打ち捨てられてしまった」


「そんな……酷い……」



 住む場所を追われた上に、最愛の人まで失ってしまうなんて。

 想像を絶する痛みの中、地獄へと堕とされた〝鬼神〟は、何を思ったのだろう……?



「まぁ厳密に言うと、地獄に堕とされたのは力の強い鬼達ばかりで、僕のような小鬼はこうして他の妖怪達に(くみ)することで幽世で暮らすことを許されているんだけどね。……って、カオリ!?」



 それまで淡々としていたシャタの声が焦ったものに変わる。



「え……」



 どうしたの? と問いかけようとするが、ポロッとまた頬から涙がこぼれたのを見て、わたしは目を瞬かせる。



「……あれ、止まんない」



 シャタを困らせない訳じゃないのに、すっかり枯れたはずの涙が次から次へとポロポロと溢れてくる。



「なんで……」


「……ごめん。カオリが大変な時に、こんな暗い話をして」


「ちが……、違うの! 泣いてるのはそうじゃなくて、鬼達を自分達の都合で追いやった妖怪達にすっごく腹立つからなの!」


「カオリ……」


「でも! もとを正せば、発端は人間が妖怪達の棲処を奪ったからなんでしょ? だったら人間のわたしが悲しむ資格あるのかなって思ったら、色んな感情がぐちゃぐちゃになっちゃって、それで……」


「…………」



 上手く言えず最後は尻すぼみになってしまい、わたしは俯く。

 するとギシ……とまたシャタがこちらに移動する音がして、顔を上げれば星空のようなキラキラした瞳とぶつかる。



「――カオリ」



 そしてシャタは、わたしの右頬の痣をまるで大切な宝物に触れるかのように優しく撫でた。



「きみがそれだけ悲しんでくれたら、〝鬼神〟も浮かばれるよ。ありがとう。カオリがその気持ちが嬉しいんだから、資格とか考える必要ないんだよ」



 そう言って笑うシャタは、先ほど褒めた時よりも余程嬉しそうだ。

 何が琴線に触れたのかは分からないが、シャタにとって〝鬼神〟は特別な存在なのだろう。



「シャタは本当にわたしに優しいね。どうしてここまで優しくしてくれるの?」



 また同じ質問。

 でもやっぱり気になるのだから、仕方ない。

 それにシャタは嫌な顔せずに目元を和らげて、こう答えた。



「だから言ったでしょ? カオリに僕を好きになってほしいから。……そしてきみが僕の大事な人(・・・・)に似ているからだよ」



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