87 第一章 最終話
次の日、カルロは元に戻っていた。病気もよくなり、いつもの調子で厨房で働いている。
――よかったと、ホッと胸を撫でおろした。
1週間が経ち、本日はヴォルフ様の誕生日。私は早朝、畑にきていた。あの日の後から、私はトラ丸と憑依して、万能の実を程よい大きさまで実らせた。
「マリちゃん、これならヴォルフ殿下に渡せるよ」
「本当ですか?」
《やったな、マリ》
「がんばったな」
午後から始まるヴォルフ様の誕生会。早く戻って、アップルパイを焼いて、ヴォルフ様を迎える準備……を、し、ない……と。体に、膝に力が入らなくて崩れ落ちる。
「マリ?」
「マリちゃん」
《マリ!》
「あれ、あれれ?」
視界が真っ暗だ。
次に目を覚ますと自分の部屋だった。そして誕生会まで1時間となっていた……目を覚まさない私のために、アップルパイはカルロが焼いてくれて、私は自分の準備をするだけ。目を覚ましたと連絡を受けた、お母様が部屋にやってきた。
「マリーナ! あなたは魔力の使い過ぎ、憑依のしすぎです」
「魔力? 憑依?」
「一定量の魔力を使い自然回復ではなく、それを魔力石で回復してまた使う。知らないうちに体は耐え切れなくなる。それに加えて憑依までしていたと、マリーナを連れてきたゲドウから聞いたわ」
あの男、うちの娘になんてことをさせるの! お母様の怒りの声が響く。
「許せないわ!」
「違います! はじめはそうだったけど。私が自分で決めて、自分でやったの……責めないで」
「マリーナ……」
「ヴォルフ様にどうしても万能の実を渡したくて、トラ丸にも無理させた……すべて私のせい」
《それは違うぞマリ、ワシもそれに納得していたから憑依した。ワシもヴォルフに万能の実を渡したかった》
柔らかな肉球で撫でてくれた。
「トラ丸、ありがとう」
魔力と憑依を使い過ぎたからか。体は重く、だるいけど準備を終わらせて、ヴォルフ様の誕生会の準備をした。彼に渡す刺繍入りのハンカチ、保存袋入りのポテチ。あとは万能の実だ。
誕生会といっても30分もない。彼の国――クエルノ国の誕生会から、少しだけ抜けてくる形となった。
屋敷の庭にヴォルフ様が手を振りながら、黒の軍服姿で現れた。わぁ、カッコいい……アレがホンモノの軍服、ヴォルフ様にお似合いだ。
「こんにちは。マリーナ、トラ丸」
「こんにちはヴォルフ様。お誕生日おめでとうございます。あのプレゼントです」
《ワシからも》
トラ丸は知らずに用意していた、家の畑で採れたジャガイモを渡した。
「ありがとうマリーナ、トラ丸」
ヴォルフ様を準備した、テラス席へと案内した。
「いま舞踏会の途中なんでしょう? あまり食べられないかな?」
「そうだけど、半分なら食べられるよ」
私はアップルパイを半分ずっこにして、お皿に載せた。本当なら、たくさんのお礼とお話をしたかった……
「僕の好きなアップパイだ。美味しい」
「フフ、よかった」
《よかったな》
しばらくして戻る時間が来たのか、シラさんがコチラにやってくる。――これでお別れだ。
「マリーナ、国が落ち着いたら会いにくる。手紙も書く……」
「私も書きます。ヴォルフ様に、もうひとつプレゼントがあるの」
私は今朝実った"万能の実"3個を渡した。1週間かけて実った3つの実。これでヴォルフ様のお父様の病気は治るはず。
「ヴォルフ様。この実をお父様に食べさせてください」
「紫色をしたジャガイモ? コレを父上に?」
《万能の実という、病気が治る実だ》
「え? トラ丸? マリーナ?」
ヴォルフ様の瞳が、驚きで瞳が大きくなる。
「ひとつ注意があって、一度に食べてしまうとかなり元気になるので。少しずつポテチでもいいし、他の料理でもいいのであげてください」
彼の震える手に渡した。万能の実を受け取ったヴォルフ様は実を見ながら、何がなんだがわからない様子。
「えへへ、トラ丸と一緒にがんばりました。今までありがとう、ヴォルフ様。またお会いできる日まで、さようなら」
《ヴォルフ、元気でな》
「ああ。実は、ぼ、僕も書庫の古書で知ってこの実を探していた。それを、マリーナが持ってくるなんて、本当にその実があるなんて……ありがとう、マリーナ」
「そうなの? ……よかった、ヴォルフ様」
この日、別れてから1年の間は「父上の病気が徐々に良くなってきた」「元気か?」「会いたいな」と手紙のやり取りを頻繁にしていたけど。2年目、3年目になる頃には忙しいのか、ヴォルフ様からの手紙はこなくなってしまった。
(ヴォルフ様は王子だから、婚約者ができたのかな?)
左小指の指輪と、書いては送れないでいる手紙の束を私は見つめた。




