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「マリーナ……」
ヴォルフ様の声が聞こえ、右手が温かい……意識がフワリと浮上する。目が覚めると私は自分のベッドで寝ていた。そして側に心配そうに見つめるヴォルフ様がいた。
《マリ?》
トラ丸はお腹の上で寝ていたのか、上から顔を覗き込んだ。
「……ん? トラ丸? あれ? ヴォルフさ、ま? ……おはようございます? あの私……」
「マリーナ? よかった、目が覚めたのか……」
「めがさめた?」
《ああ、マリは3日間も眠ったままだった。医者の話だと、疲労が溜まっていたと言っていたぞ》
――3日? 疲労?
「そんなに寝ていたの?」
「おい、急に動くな。……でも、よかった。マリーナの父に連絡を受けて飛んだきた」
え、飛んできた?
周りを見るとクロ君、シラさんとポ君姿がなく、ヴォルフ様はシャツとスラックスの姿だった。
「ご、ごめんなさい。ヴォルフ様の方がお忙しいのに……つっ、」
「まだ、無理をするな」
まだ頭がズキズキ痛む。あのとき乙女ゲームの記憶がドッと、この小さな頭に押し寄せてきた。あの情報の多さはさすがに頭がパンクする。
(私の記憶よ、小出しに思い出して欲しいかも)
「ご心配をおかけしました」
「うん。父上が倒れてマリーナまでだなんて……僕は……」
握った手にギュッと力が入る。いまにも崩れてしまいそうなヴォルフ様。ほんとうに大変なときに心配をかけてしまった。
「ヴォルフ様、私は大丈夫。少し、がんばりすぎただけです、休めばすぐに元気になります!」
《そう、だな……マリは頑張りすぎだ》
あれ? トラ丸は気付いているのか。私に近付き、プニプニの肉球で頭を撫でてくれた。気持ちいい! いまなら一緒に寝てくれるかもと、 空いた手を伸ばしたが叩かれた。
《いまは暑い。寒い季節になったらな》
「やった! 約束ね」
「フフ、元気でよかった。それと誕生日の日ごめん」
「謝らないで! ヴォルフ様にはたくさんプレゼントを貰ってます。……それより、ヴォルフ様のお父様のご様態はどうなのですか?」
「父上はいま魔術師達の魔法で眠っているよ。だが、医者たちが診察したが病名がわからない。このまま目を覚まさず、眠り続けるかもしれない……」
はかりきれない不安と、悲しむヴォルフ様の手を、今度は私がしっかり握る。大丈夫……なんとしても私が見つける。ヴォルフ様は私の為に色々してくれた。今度は私がそのお返しをしなくてはならない。
だって、私は乙女ゲームのマリーナとは違うもの。
大切なヴォルフ様の悲しむ姿は見たくない。
+
目が覚めて1時間。
「ヴォルフ様、今日はありがとうございました」
「また来る。しっかり休むんだよ」
「はい」
《大丈夫だ。ワシが見張っているから安心しろ》
「お願いするね」
シラさんからの連絡がきて、ヴォルフ様は国へと帰っていった。私はベッドの中で思い出した記憶を整理する。
乙女ゲームのヴォルフ様ルート"その1"はマリーナに助けを求めていた、それはマリーナの植物魔法の力を借りる為。だとすると、私の植物魔法の力が必要だと言うこと。
――それはどうして?
思い出そうとして"ズキッ"と頭に痛みが走る。クッ……あ、そうだ。ヴォルフ様にはヒロインと結ばれる"ルートその2"があった。でも、そのルート2では聖女として覚醒したヒロインが力を使い、ヴォルフ様のお父様を癒すんだ。
私には無理だ。
私に聖女の力はない。
だけど、いまからヒロインを見つけるにしても……乙女ゲームのヒロインはプレイヤーで声は当てられていなかった。そう、私はヒロインの容姿しかわからない。探すにも時間がかかるだろう。
私がルート1を思い出すしかない。ヴォルフ様はなぜ、マリーナの植物魔法が必要だった? 『頼む』ヴォルフ様は涙を流して、マリーナに深く頭を下げて……
『マリーナ嬢! 僕と一緒に"万能の実"を探す手伝いをしてほしい!』
あ、ああ!
「万能の実⁉︎」
急に声を上げてベッドから起きてしまい、上に乗っていたトラ丸が《うおっ?》と、ベッドの淵に転げ落ちた。
「ご、ごめんトラ丸。でも、思い出したわ……『万能の実』よ。その実を探さないと」
《万能の実?》
「そう、その実をはやく見つけなけれ……ば」
善は急げと! 動いたが。
頭をフル回転させたばかりの私に限界がきてしまい。"バタン"と仰向けにベッドへと倒れた。
《マ、マリ――――!》
「きゅう~っ」




