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次の日の午後、授業終わり。ヴォルフ様が持ってきた魔道具は通話ができる、アンティーク調の置き鏡だった。
ヴォルフ様が言うには。魔力を持つ者が鏡に触れて声をかけると、同じ鏡を持つ相手に通じるらしい。まだ試作段階らしく、鏡を渡すときに「話せる時間は10分程度で、夜の8時過ぎなら部屋にいるから」と言った。
トラ丸はヴォルフ様が持ってきた鏡が気になったのか、頭から降りて、クンクン匂いをかいでいる。クロ君はヴォルフ様の足元で耳をピクピク動かして、会話には入らず話を聞いていた。
《洒落たつくりの鏡だな。これで通話ができるのか……マリが毎日、覗いてた四角い箱に似てる》
四角い箱? ああ、スマホのことか――なくなると不便かな? って、持っているときは思っていたけど、毎日が楽しいことばかりで忘れていたよ。
「……今晩から使ってみて」
「はい、ありがとうございます」
「いいや。テストしてくれる人がいた! と言って、錬金術師たちは喜んでいいだよ。これで、こっちの屋敷に来なくてもマリーナと寝る前に話せるね」
「えへへ、今晩が楽しみです」
寝る前にヴォルフ様と話せるなんて、少しドキドキするけど嬉しい。次に明日の王都へ行く時間と、どこを回るか。ゲドウさんがいる教会へ行く時間は? ヴォルフ様は昼過ぎの3時――お茶の時間がいいかな? と話した。
「明日の8時ごろ出発で。午前中は王城の書庫で調べ物。その後は王都観光をして、教会には3時過ぎに行くんですね」
「ああ、こちらの教会はどうなのか知らないけど。朝の祈りと、昼にも祈りの時間があったはず。その時間帯は外した方がいいかな」
「そうですね。迷惑にならない時間に行きましょう」
これで、明日の予定が決まったとき。
《マリ、アイツに合うのか?》
まだ、通話ができる鏡に夢中だったトラ丸が話しかけた。今、トラ丸が言ったアイツとはゲドウさんの事だろう。
私はそうだと頷き。
「あんなにたくさんの石を貰ってしまったから、お礼はしなくちゃ」
(お父様とお母様にも、礼だけはしなさいと言われている)
「トラ丸、お礼は大事だ。それに、あの人の事だ……礼がないと会いにくるか、また手紙を送ってくる」
《なぬ! その礼は必要だな……だが、長居はしない方がいいと思う》
「わかってるよ。あの人は良い人そうに見えるけど、裏がガッツリありそう。マリーナも気を付けて、ゲドウさんの口車にのって、知らないうちにデリオン殿下の婚約者ってことになりかねない」
ヴォルフ様の言葉にサァーっと血の気が引く。デリオン殿下の婚約者として縛り付けられる……私が知っている乙女ゲームのマリーナは、幼い頃から一緒に歳を重ねたデリオン殿下を徐々に好きになっていった。デリオン殿下もヒロインに会うまでは優しい人。
今のデリオン殿下は初っ端から私が嫌い。
そんな人と婚約してしまったら。顔を合わせるだけで、イヤミを言われ放題だし。婚約破棄後の破滅への道が……ぶっとくなる。
――そんなのイヤだし、つらすぎる!
「いやです! それだけは嫌です」
「嫌なのはわかる。前にも言ったが、それがまかり通らない世界だ……」
ヴォルフ様は知っているからか、渋い顔。
足元で大人しくしていた、クロ君が。
《主人、アレをマリーナに渡したら?》
「アレ? アレか。アレならあの人も気付くか。とても良い案だね、クロありがとう」
《フフ、どういたしまして》
2人でニッと笑った。
(なに、なに、なに? ヴォルフ様とクロ君が言うアレが気になる)
《おい! アレとはなんだ?》
トラ丸も私と同じで"なんだ?"と聞いたのだけど。
ヴォルフ様とクロ君に、明日までの楽しみだと言われた。