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茂みからトラ丸と一緒に出ていった。そこにはシャツを着て、汗をタオルで拭うヴォルフ様がいた。ホッと胸を撫で下ろし近付いた私に。彼は一瞬身うごき止まったけど、すぐいつもの笑みを浮かべた。
「こんばんは、こんな格好で悪いね」
「こんばんは……私もです」
トラ丸とそばに行こうとしたが、ヴォルフ様が手を出して止めた。
(いきなり来たから……怒ってる?)
足を止めたトラ丸と私に。
「いつのも日課をこなして、いま汗をかいたから……それで、マリーナとトラ丸は何のよう? 何かあった?」
「こ、これを。ヴォルフ様、これを見てください! 誰の手も借りず1人で、前よりも魔力がこもった魔力石ができたんです」
持ってきた魔力石を見せた。
「お? これは凄いね。そこのテーブルに座って」
庭に置かれた木製のテーブルに座った。トラ丸はいつもの大きさに戻り、クロ君と並んでまったりしはじめた。それもそうトラ丸は毛繕いも終わって、まったりして、おネムの時間に連れてきたのだから。
(明日、ポテチとフライドポテトたくさん用意するね)
「マリーナ。もう一度、魔力石を見せて」
「はい!」
私は握っていた手を開き魔力石を見せる。ヴォルフ様はその様子に何か気付き、声を出して笑った。静かな庭にヴォルフ様の笑い声が響いた。
「待って……ハハハ! 魔力石を、そのまま握って持ってきたの?」
「あ! だ、だって、ヴォルフ様にすぐ見せたかったから……」
「うん。その格好だからね」
目を細めて、今度はパジャマ姿の私を見た。
《主人。マリーナの格好、可愛いね》
「クロ? フフ、そうだね。髪型も、いつもと違っていて、いいね」
「ありがとう……でも、あまり言わないで、照れてくるから」
この格好で突撃したのは私だけと、言われ慣れていない可愛い連発はさすがに恥ずかしくなってくる。ヴォルフ様は「そう?」と微笑むと。私が魔力を込めた魔力石を見てうなずいた。
「毎日、マリーナが作っていた石より、いい魔力石だ。これでコツが掴めれば、もっと魔力の扱いが上手くなる」
「ほんと? いまより魔力が上手く扱えるようになれたら、植物魔法で自分のジャガイモ畑が作れる?」
「結局はそこに行き着くんだね」
「そうです。ジャガイモ畑は必要です!」
《おう、ジャガイモは必要だ!》
まったりしていたトラ丸も叫ぶ。だけど、植物魔法は風魔法を使うよりも繊細。魔力が少なすぎてもダメだし、加えすぎてもダメ。適度な量の魔力を操らなくてはならない。
(ヴォルフ様と話すのはとても楽しい)
ヴォルフ様とまだまだ話をしたい、聞きたい私に。ヴォルフ様は庭を見渡し。
「少し風が出てきたね」
今夜は夜も遅い。と話は明日の授業ですることになった。
「あ、ヴォルフ様、夜遅くに来てごめんなさい。魔力石が出来てすぐ、ヴォルフ様の顔が浮かんで飛んできちゃいました……こらからは気をつけます」
ヴォルフ様は頷き。
「そうだね。屋敷から近いからといっても夜は危ない。何か通信できる魔導具を国に帰って持ってくるから、明日は午後からの授業にしよう」
「はい。午後ですね、わかりました」
トラ丸に大きくなってもらい乗って帰ろうとする私に。ヴォルフ様が近付き、私の頬に軽くキスをした。
「良い夢をマリーナ、おやすみ」
「は、はい……ウ、ヴォルフ様も良い夢を! おやすみなさい!」
チュッ。
キスのお返しに私もとヴォルフ様の頬にキスをして、トラ丸に飛び乗り屋敷へと帰った。
それを見送るヴォルフは呆然としていた。マリーナは頬にしたと思っている"おやすみのキス"。……マリーナは少し前まで両親に嫌われていると思っていた。彼女は幼い頃からそういった習慣がない、だから慣れていなかった。
マリーナは頬にキスする前に目を瞑ってしまい、ほぼ口元にキスしていたのだ。
「マジか……」
顔の火照りがおさまるまで、ヴォルフは屋敷に入れなかった。いつまで待っても戻ってこない、主人を迎えにいくクロ。
《主人、どうしたの?》
「い、いや、なんでもないよ」
《フフ、嬉しそうな顔。マリーナが来たから、うれしいんだね》
「ああ、うれしかったよ」
よかったねと笑う、クロと共に屋敷へと戻っていった。
この屋敷にはもう1人いた。それはマリーナの母親カカナ。彼女は夜遅くトラ丸と共に家を飛び出した、マリーナの跡をジロウと追った。
どこにいくのかと思ったら、ヴォルフ殿下の屋敷。
そこで見つからないよう魔法をかけ、一部始終見ていた。
「尊い。行動に問題ありだけど、ウチの娘は可愛い! 絶対アレは気付いていないわね」
《はい、気付いていませんね》
娘、マリーナのおかげで聖獣ジロウと会話ができるようになったカカナ。特別な力を持つ娘を守らなくてはならない。それはヴォルフ殿下にも通じている。彼は魔法だけではなく剣を握り、体も鍛えている。
「早く、いろんな問題が片付いて。ヴォルフ殿下がウチに来てくれる日が待ち遠しいわ」
《主人、先の長い話です》
「そうね」
(娘は変なヤツに目をつけられてしまったし……いまは隠せているけど、知ったら王族達も黙っていないわね)
だけど契約はすでに終わっている。あとは娘を汚い大人の手から守るだけ。カカナとジロウは音もなくその場から去っていった。




