8話 高級店
短くてすみません。また今日の昼か夕方くらいに、今回の話と合わせた繋ぎの回として一話更新予定です。
8.
僕はフェンと並んで歩きながら、前を行くカナンたちに問いかける。
「二人はいつこの街に来たの? 同じディオーレ領とはいえ、たしか領都からはだいぶ離れてたよね」
僕はつい先日国から命令を言い渡され、ほとんど準備する時間もないまま、指示通りディオーレ領に属するこの街へ来た。普段ディオーレ領都にいるカナンたちは、僕と同時期に命令されてからここに来たのでは、到底今日に間に合わなかったはず。
ならば、もともと仕事か観光かでこの街にいたのだろうか。
そんな僕の疑問へ、予想だにしない回答が返された。
「わらわたちがテシアにおるのは昨日からじゃ。領都におった時に伝令兵から王命を告げられ、父上の制止を振り切って強行軍で来たのじゃ。今回の任務にお主を推薦すると伝令兵に伝えてから出てきたから、お主に命令が伝達される時間も足して、ちょうどわらわたちの到着とほぼ同じになることは分かっておった」
「……ん? 僕を推薦?」
「うむ。聞いておらんのか? お主はわらわがこの任務に参加するよう推薦したのじゃ。実力が分かっておるし、気心も知れておるしの。一緒にやるのに好都合じゃろ?」
「十年戦争の英雄じゃから、わらわが言わずともこうなった可能性は高いが」と、カナンは付け足した。
たしかにすでに軍を辞しているといえど、実力が担保されていて王都にいる都合のよい貴族など、王国からすれば使いやすいことこの上ない。カナンの言葉がなくとも、僕まで話が来た可能性は十分にあった。
しかし、それはそれ、これはこれである。そんな理屈上の話は、僕の感情とは関係がない。
僕は恨みを込めた視線をカナンの背中にぶつける。
「カナンめ、いらんこと言いやがって……。黙ってればもうちょっと孤児院にいられたかもしれないのに」
「わらわは任務達成のことを一番に考え、わらわが良いと思う者を挙げただけじゃ。……まあ、詫びというわけではないが、今日は好きなだけ料理も酒も楽しめ」
カナンは背中越しに目だけをこちらに向けそう言った。続けて、エディも視線だけ寄越して、冷たく吐き捨てる。
「国王陛下からの勅命など、名誉以外の何物でもないでしょう。貴族とは思えないほど俗物的ですね」
「なんかいやに辛辣だねこの子」
「ううむ、エディはちと潔癖なところがあるからのう。まあ、有能なやつじゃから気にするな」
「うんまあ、いいけどね別に」
僕は苦笑いを浮かべながら、前に向きなおった二人の後に続く。さっきから黙っているフェンは、なにやら怖い目で前の背中を睨みつけているが、僕は何も見なかったことにした。
そうして、四人でしばらく歩いていると、やがて通り沿いに並ぶ店の雰囲気が変わってくる。先ほどまでは、地元客や普通の観光客が訪れるような大衆店が多かったが、次第に店構えも立派な高級店が並ぶ地区へと入っていく。
普通こういった店は街の中央にあることが多いのだが、テシアは交易都市という性質上、商人の往来が多いような場所に店を構えた方がよいのだろう。
僕とフェンは、普段見ることのない有名ブランドのブティックや高級ホテル、高級レストランといった店を、ぽかんと口を開けて眺める。
「なんか、恐ろしい店に連れてかれそうなんだけど」
「ダイヤ兄、緊張してご飯食べられないんじゃない?」
「そうかも」
こそこそ話す僕たちは、いったいどんな店に着くのか戦々恐々としながら高級店の脇を通り過ぎていく。周囲を歩く人も、身なりからしてお金を持っていそうな人ばかりだった。
そうして、いくつもの店と人を見送り通りを歩いていくと、やがて足を止めたカナンが脇に立つを指す。それは居並ぶ他店と比較して、少し小さいながら上品なたたずまいの店だ。白っぽい石材で作られた建物は、小ぎれいなかわいらしさを演出している。
「さあ、目的の店はここじゃ。わらわも空腹ゆえ、さっさと中に入るのじゃ」
カナンはそう言うと、先頭に立って店の扉を開く。そして、堂々と店内に踏み入った。